主人公は切手好きのサラリーマン(36才・独身)。
世の中の切手が好きなすべての人におすすめしたい、ほのぼのイラストストーリー。
好きなことがあるって素晴らしい。
書名:切手な北古賀
著者:木下綾乃
発行:2006/5/5
出版社:WAVE出版
作品紹介
「切手な北古賀」は、切手好きのサラリーマン「北古賀二郎」を主人公にしたイラスト物語です。
ドラマチックなストーリーもなければ、ドキドキするような登場人物も出てきません(個性豊かな登場人物が登場します)。
あるのは、ただひたすらに切手を愛する主人公「北古賀二郎」の切手愛ばかり。
本書は、そんな「北古賀氏」のちょっとコミカルな日常生活を描きながら、切手収集の楽しみを伝えてくれます。
とても簡単でラフなイラストですが、切手収集に必要な知識が学ぶことができるという、予想以上に深い内容に仕上がっています。
巻末には「切手な用語解説」を掲載。
全64ページ。
絵本のようにイラストとストーリーを楽しみたい1冊です。
なれそめ
それは2000年代前半に訪れた謎の切手ブーム。
昭和50年代に少年たちが夢中になって「月と雁」とか「見返り美人」なんかに憧れていた、あの切手ブームではなくて、東欧や北欧のオシャレな切手が、まるで雑貨感覚で若い女性の間でブームとなりました。
当時、そんな流行を少しだけかじってみたくて、何気なく手に取った本が「切手な北古賀」でした。
マニアックなおたくアイテムだと思っていた切手が、実はかわいくてほっこりとしたおしゃれアイテムで、しかも、著者は女性で、近年の流行をしっかりと裏付けるかのよう。
この本を読んで僕も「北古賀氏」のように切手の世界を旅してみたいと考えたのでした。
本の壺
切手収集の道具を知る
本書はコミカルな物語ではありますが、切手収集に関する知識を身につけるための情報も、しっかりと満載されています。
例えば、切手収集家に欠かせないアイテム。
「厳選されたよい切手のみ詰まっている、宝もののフランス郵政の切手帖はなぜかドイツ製で」、この「ドイツ製フランス式切手帖」を、北古賀氏は寝る時も離しません。
「ピンセットの先っぽは平べったくないとダメだぜ」とは、切手を傷つけないためのこまやかな配慮なんだとか。
平日はサラリーマンをしている「北古賀氏」、「労働開始を知らせる切手時計は今日も正確に」。
この「切手時計」は、時間になるとバネが自動で切手を運ぶ、鳩時計と同じような仕組みの腕時計で、切手愛好家には夢のような時計です。
まずは、切手の分類に必要な7つ道具を揃えましょう。
「北古賀氏」の7つ道具は、ルーペ、ピンセット、切手カタログ、目打ちゲージ、紙皿、透かし検査器、切手知識の詰まった頭、、、
切手収集家の暮らしを知る
サラリーマンの「北古賀氏」、土曜日は切手市へ行きます。
切手市三か条は「切手商にスマイル、清潔な手で漁る」「迷うなら買うな、値切らずに」「手元を留守にしない」、、、どろぼうには要注意ですぞ。
切手市で買ったばかりの「北極圏使用済み1キロパック」の切手を盗まれてしまった「北古賀氏」は、その夜、北極の夢を見たそうです。
東京では、春のスタンプショウ、夏のサマーペックス、秋のジャペックスと、大きな切手市が年3回開催されています。本書に登場するような屋外で開催される切手市は、フランスやオランダ、スペインなどヨーロッパでよく見かけるスタイル。
日曜日は切手整理の日。
切手市で偽物をつかまされていないか、入念に検分。
そして「北古賀氏」はなんと、「切手界のウラ番夫婦」と言われる、おしどり5円切手のたてよこエラー切手を発見。
切手業界へ報告すれば、大騒ぎになるでしょう。
我が切手人生に悔いなし。僕の最高にみちたりた気分だ。(木下綾乃「切手な北古賀」より引用)
ストーリーを楽しむ
切手市で寒い中、どのパケットを買うか悩んでいたせいで、風邪をひいてしまった「北古賀氏」。
氷山切手をひたいに貼って雪の冷たさを想像しますが熱は下がらず。
あくる日、小さな郵便局のある病院まで薬をもらいに出かけます。
まずは、郵便局で初日カバーの作成。
氷山切手を貼って、風景印を押して、ちょっとしたイラストを描いて、、、あれ、氷山切手がない!
と困っていたところへ、かわいらしい看護婦さんが切手を見つけてくれました。
しかも、ガーゼ用とはいえ、ピンセットで切手をつまんでくれる細やかな配慮に、さすがの「北古賀氏」もメロメロ。
早速「北古賀氏」は、看護婦さんの似顔絵を描いた初日カバーを作成、これにラブレターを入れれば、成功疑いなしですが、、、
初日カバーとは、記念切手を貼った封筒に、切手発行日の消印を押したもののこと。多くの場合、封筒には切手にちなんだ絵(カシェ)が描かれており、消印も切手にちなんだ図案が押されている。北古賀氏のようにオリジナルの初日カバーを作るのもあり。
それにしても、ラブレターを初日カバーで作るなんて、さすがに切手愛好家ですね。
読書感想
軽い、なんて軽いんだ、、、
マニアックな切手の世界をイメージしていた僕は、そのあまりのスマートな切手収集の世界に言葉を失いました。
本書に登場する切手収集家「北古賀氏」の切手趣味はあっけらかんと明るくて、そして爽やかで、これが、近年「切手女子」なる言葉を生みだしている切手ブームの正体なのかと、そのとき、僕は気がつきました。
本書は、切手収集の趣味の世界へ誘う案内書(ガイドブック)ですが、押しつけがましい解説は一切なし。
主人公「北古賀氏」のコミカルな切手生活を通して、極めてナチュラルに切手収集の楽しさを伝えてくれます。
ユーモア溢れる「北古賀氏」のエピソードは、切手市で出会った個性豊かな蒐集家たちがモデルになっており、一風変わったその名前は、敬愛する祖父のものをお借りしたんだそうです。
確かに「北古賀氏」の愉快なエピソードは、妙にリアリティに溢れています。
切手市で風邪をひいて、病院で出会った看護婦さんを好きになった話とか、初日カバーでラブレターを作った話とか、想像しただけで思わずクスッと笑ってしまうようなほっこりエピソードが、心をヌクヌクさせてくれます。
文化系男子の魅力を満載した主人公が、36歳で独身の「北古賀氏」なのかもしれませんね。
著者・木下綾乃さんのさらりとしたイラストも、爽やかな切手趣味の世界を明るく描き出していて、好感が持てます。
一方で、「水はがし」とか「初日カバー」とか「ヒンジ」とかいう意味不明な切手収集用語も普通に使われているので、物語を楽しみながら切手収集の世界に関する知識を身につけることができます。
ほっこりと温かくて、ほんわりと優しい切手収集の世界。
できれば、この続編も読みたかった!
切手好きの方や、ちょっと切手の世界に興味があるという方に、どうぞ。
まとめ
好きなこと、好きなモノは、心を明るくしてくれる。
マニアックなのに爽やかであたたかい切手収集ストーリー。
切手収集の専門用語の解説付き。
著者
木下綾乃(イラストレーター)
小さい頃から手紙が好きで、やがて切手収集の世界に仲間入り。
切手の博物館へ通ったり、海外の切手市へ遠征したりと、趣味の切手を楽しんでいる。
他の著作に「手紙を書きたくなったら」(WAVE出版)など。