猪熊さんは絵描きさんです。
国際的にも評価の高い高名な抽象画家なのに、なぜか猪熊さんは親しみやすくて温かい。
この本を読んで、僕はますます猪熊さんが好きになりました。
書名:猪熊弦一郎のおもちゃ箱
著者:小宮山 さくら
発行:2018/2/26
出版社:小学館
作品紹介
「猪熊弦一郎のおもちゃ箱」は2018年3月、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の監修で小学館から出版されました。
前半は小宮山さくらさんの文章による猪熊さんの伝記があり、後半には猪熊さんの名著として知られる「画家のおもちゃ箱」が復刻収録されています。
巻末には荒井茂雄さんや岡本仁さん、あーちんさん、坂本美雨さんのコラムも掲載。
猪熊さんについて書かれた、まさに完璧な1冊が、この「猪熊弦一郎のおもちゃ箱」なんです。
なれそめ
僕が猪熊弦一郎という画家に興味を持ったのは、「ku:nel(クウネル)」の2006年7月号(vol.20「ごーろごろ」)がきっかけでした。
当時の「クウネル」はライフスタイル雑誌としてすごく勢いのある雑誌だったんですよね。
「猪熊弦一郎の宝物」というタイトルの小特集で、猪熊さんの著書「画家のおもちゃ箱」の紹介が中心の記事でした。
その頃の僕はアンティークとかレトロ雑貨みたいなものに熱中していて、猪熊さんが蒐集した数々の雑貨にもひどく惹かれました。
「画家のおもちゃ箱」をぜひ読んでみたいと思ったけれど、とうに廃刊。
古本でも8千円くらいの値段がついていて、なかなか手の出ない稀少な本でした。
いつか読んでみたいと思いながらも、その本のことさえ忘れかけていた昨年の4月、オープンしたばかりの銀座無印に行って「MUJI BOOKS」をブラブラしていたとき、偶然この「猪熊弦一郎のおもちゃ箱」を発見しました。
本屋さんでこんなに幸せな気持ちになったのは、おそらく随分久しぶりのことだったと思います。
本の壺
猪熊さんの仕事を知る
猪熊さんは1902年(明治35年)、香川県高松市に生まれました。
幼少の頃から絵が好きだった猪熊さんは東京美術学校西洋画科を卒業後、芸術の絶対的自由を目指す芸術家団体「新制作派協会」の結成に加わります。
焼け跡の東京で製作され、上野駅に飾られたパブリックアート「自由」は、猪熊さんの代表作のひとつ。
1950年に製作された三越の包装紙「華ひらく」は、業界で初めてとなるオリジナル包装紙で、誰もが知っている猪熊さんの作品です。
そんな猪熊さんの趣味は変なもの集め。
骨董屋で購入したアンティークから道端で拾ったガラクタまで、猪熊さんの心の琴線に触れた数々の雑貨は、1984年、「画家のおもちゃ箱」というエッセイ集で一冊にまとめて出版されました。
「画家のおもちゃ箱」は猪熊さんの感性が詰まった歴史的な名著だと思います。
猪熊さんの交友関係を知る
1938年、猪熊さんは、芸術の都パリで芸術活動をはじめ、藤田嗣治やマティス、ピカソらとの親交を深めます。
折から始まった第二次世界大戦でパリから疎開する際には、藤田嗣治夫妻と猪熊弦一郎夫妻の4人が共同生活をしたこともあったそうです。
戦後は日本で生活、来日したイサム・ノグチとも深く交流しました。
パリで猪熊さんは憧れの画家マティスのアトリエを訪ね、自分の作品を見てもらいます。
額縁に入った絵を見るなり「額縁に入れなければよく見えない絵じゃダメだ」と、マティスは言いました。
「ムッシューイノクマ、きみの絵はうますぎる」この言葉に、猪熊さんは大きな衝撃を受けます。マティスの「うますぎる」が、決して褒め言葉ではなく、大きな戒めの言葉であることがわかったからです。うますぎるということは、対象を深く見つめることなく、ただテクニックだけで描いているということ。すなわち、自分の絵になっていないということです。(小宮山さくら「猪熊弦一郎のおもちゃ箱」より引用)
この後40年間、猪熊さんはパリ在住時代の2年間に描いた作品をどこにも発表することはなかったそうです。
自分の絵をつくるために、どれだけ猪熊さんが苦労したか、伝わってくるエピソードだと思います。
「画家のおもちゃ箱」を知る
復刻収録されている「画家のおもちゃ箱」は猪熊さんのエッセイ集です。
そして、このエッセイ集には猪熊さんの愛した数々の「宝物」が美しい写真とともに紹介されています。
どれも皆一つ一つ思い出と愛情があふれていて、ほとんど全部はいつも顔を揃えているのだ。それは高い金を払ってやっと手に入れたものから、歩道で拾った小さなものまで、私にはどれも可愛い友であり宝物である。
私の愛する沢山の友は1冊の本の中に安定し、皆様に見ていただくことは本当に愉快なことだ。この本はある芸術家の顔そのものであり、嬉しい秘密の言葉でもある。(猪熊弦一郎「画家のおもちゃ箱」より引用)
道端で拾った電線、親友のチャーリー・イームズからクリスマスプレゼントとして贈られたアーリ-アメリカン製の錆びた自動車のおもちゃ、200年近く昔のマーボロ(ビー玉)コレクション、銀貨で造られたコインシルバースプーンのコレクション、パリ在住時代の牛乳瓶、古い時代のガラス瓶、ニューヨーク95丁目のアパートの古い壁の破片、捨てられた絵の具、東京空襲中の飛行機の破片、、、
猪熊さんの蒐集品には、本当に心惹かれるものがたくさんあります。
復刻版「画家のおもちゃ箱」を読むだけでも、この本を買う価値は絶対にあると思いますよ。
1978年1月から12月まで「雑誌ミセス」に猪熊さんのエッセイ「現代玉手箱」が連載されました。このときのエッセイに、書き下ろし作品を加えた上で1冊にまとめられたものが「画家のおもちゃ箱」です。「画家のおもちゃ箱」は1984年に文化出版局から出版されました。
読書感想
「猪熊源一郎のおもちゃ箱」は大きく2つの構成で、前半に猪熊さんの伝記、後半に猪熊さんのエッセイ集「画家のおもちゃ箱」が復刻掲載されていますが、正直に言って、僕の目的は復刊した「画家のおもちゃ箱」の方でした。
けれど、猪熊さんの伝記は多くのエピソードに彩られていて、そして、とても温かみがあり、読んでいてほっこりとした気持ちにさせてくれる、非常に楽しい読み物でした。
そもそも、自分は猪熊源一郎という画家のことを全然知らなくて、この伝記で猪熊さんに関するいろいろなことを初めて知りました。
特に、猪熊さんの幅広い交友関係は興味深いものばかりで、パリでは巨匠のマティスや藤田藤田嗣治夫妻と親交を深め、戦後は日本でイサム・ノグチとも交流します。
イームズ夫妻とも友人で、彼らの人間味溢れる付き合いは、芸術家に対する印象を大きく変えるきっかけとなりました。
ずっと読みたかった「画家のおもちゃ箱」は、まさしく期待どおりの内容で、猪熊さんが蒐集していたものを自分も集めたいという気持ちが、ますます大きくなってしまいました(笑)
アート好きな方にも、雑貨が好きな方にもお勧め。
まとめ
「猪熊弦一郎のおもちゃ箱」は戦前から戦後に渡る猪熊さんの生涯を温かい文章で紹介する物語作品集。
猪熊さんの作品もオールカラーで数多く掲載されている。
特別復刻のエッセイ集「画家のおもちゃ箱」は必読必見。