庄野潤三の世界

平松洋子「野蛮な読書」~庄野潤三「ピアノの音」の穏やかな日々

平松洋子「野蛮な読書」~庄野潤三「ピアノの音」の穏やかな日々
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平松洋子『野蛮な読書』の中に、庄野潤三『ピアノの音』が登場している。

昨今の「庄野潤三の静かなブーム」を支えている「夫婦の晩年シリーズ」の作品だ。

ここに書き留めておこう。

文字のシャワーを浴びまくる「野蛮な読書」

“本の海”めがけてざぶんと飛び込み、泳ぎだす。手にした一冊に始まり、次から次へと思いがけず繋がっていく本の世界。時間や場所を問わず、興味の趣くままに読み進めた全103冊、読書の真髄と快楽を余すことなく綴った一冊。食や暮らしの分野で人気の著者初の読書エッセイ。時を忘れて読む楽しさや幼い頃の記憶を呼び起こし、「読みたい」欲をかきたてる。第28回講談社エッセイ賞受賞作。

『野蛮な読書』は、平松洋子さんの読書エッセイ集である。

「本の海へ泳ぎ出す」とあるが、まさしく、広大な本の世界を自由に泳ぎ回るように、次から次へと多様な書籍が登場してくるので、ちょっとした圧倒感がある。

読み込むというよりは「文字のシャワーを浴びまくる」といった方がしっくりくるような「野蛮な」読書法も悪くないなと思った。

気ままな全103冊の本の世界。

日常に響くピアノの音、ハーモニカの音色

そのとき指がもとめる本のうちの一冊が、庄野潤三『ピアノの音』である。老境をむかえた夫婦の日常が、家族との交流や四季折々の変化、小鳥や小動物、近所のひとびととの往来を織り交ぜながら淡々と綴られてゆく。簡潔で平明な文章が朝の時間に、日暮れのひとときに静かな光を注ぎ、そしてまたつぎの日も反復される。その日常に響くのがピアノの音、ハーモニカの音色。(「まずいスープはうまい」)

仕事がたてこんででわしない日が続いたときの息抜きに、平松洋子さんが読んでいる本の一冊が、庄野潤三『ピアノの音』(講談社、1997年)。

『ピアノの音』は、1996年から1997年にかけて『群像』に連載された長編小説で、夫婦の晩年を主題にした「夫婦の晩年シリーズ」としては、『貝がらと海の音』に続く第2作目となる作品である。

2000年前後の頃、若い女性たちを中心に「静かな庄野潤三ブーム」を巻き起こしたという。

いつの時代にも、庄野さんの作品は「静かなブーム」が続いているのだろうか(ある意味で、これはもはや定番なのではないだろうか)。

忙しい毎日の気分転換に、庄野さんの小説を読むという人は多い。

日常から現実逃避するために読む小説が、何の変哲もない日常生活を描いた家族小説という不思議なパラドックスが、現代社会というものかもしれない。

「何の変哲もない暮らし」こそが、「贅沢で豊かな暮らし」となっているということだからだ。

ピアノの音もハーモニカの音色も、十年一日のごとく重ねられる毎日を縫い合わせてゆく糸のようだ

ピアノの音もハーモニカの音色も、十年一日のごとく重ねられる毎日を縫い合わせてゆく糸のようだ。なんというおだやかな日々。そのなかにあって、さまざまな食べものがさかんに行き交う。清水さんの種なし葡萄のピオーネ、伊予のお柿。古田さんの冬瓜のあんかけ。朴葉みそ。焼きたてのフルーツケーキと茹でた栗。誕生日のケーキ。父母の郷里の阿波徳島風のまぜずし「かきまぜ」…(「まずいスープはうまい」)

庄野さんの小説には、食べ物が頻繁に登場する。

食事は人間の生活に欠かせないものであるし、美味しいものを食べることは、生きる喜びの一つであるからだろう。

何の変哲もない日常生活の中の喜びを綴っていくとしたら、食べ物の話が出ないはずはない。

むしろ、食べ物の話は、暮らしを彩る大きな幸福でなければならない。

平松さんは食べ物のエッセイを多く手掛けているから、『ピアノの音』の中の食べ物にも敏感に反応している。

庄野文学の晩年が、若い女性から支持された理由のひとつに、そんな食べ物の存在が影響しているのかもしれない。

「ピアノの音もハーモニカの音色も、十年一日のごとく重ねられる毎日を縫い合わせてゆく糸のようだ」という文章は、夫婦の晩年シリーズの特徴を美しくとらえた、素晴らしい表現だと思う。

書名:野蛮な読書
著者:平松洋子
発行:2014/10/25
出版社:集英社文庫

ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。