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東雅夫「山怪実話大全」登山家たちの不思議な体験

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本書「山怪実話大全」は、雑誌「幻想文学」の編集長を長く務めた著者(東雅夫)の編集によるアンソロジーで、「岳人奇談傑作選」の副題のとおり、古今の登山家たちが体験した「不思議な話」に関するエッセイで構成されている。

作家陣は、深田久彌や串田孫一、上田哲農などの著名な登山家だけではなく、怪奇文学作家の岡本綺堂や大泉黒石、民俗学者の柳田国男、哲学者の務台理作、版画家の関野準一郎、ジャーナリストの竹節作太や斐太猪之介など、各界の名前が見える。

作品の方はといえば、雪山登山の極限状態で見える「幻影」を克明に記録したルポタージュから、登山中の怪奇体験、雪女のような妖怪伝説、ヒマラヤの雪男やツチノコといったUMAまで、一口に「岳人奇談」といっても、その範囲は非常に広くて、文学的価値として玉石混交の印象がある。

1956年から翌年にかけて河出書房から全六巻で刊行された「登山全書・随想篇」からの採録など、歴史的にも貴重な登山随筆に注目したい。

明治期から昭和初期にかけての「実話」を記録したルポタージュの中には、当時の登山風景を知ることができるものも多いし、昔の人々が山に抱いていた畏敬の気持ちに触れることができる。

なぜ、人は山で不思議な体験をするのか。

「怪談集」ではなくて「山の民俗誌」としての視点から読み返してみると、新しい発見がありそうだ。

雪山で出会った不思議な少年

石田君は涸沢でスキーを練習して東京にかえると其の儘得体の知れぬ熱病で寝込んでしまった。春がめぐっても石田君の病は恢復しなかった。其の夏の初め山岳部員の手厚い看護も甲斐なく若くて強かった山のエキスパート石田三郎君は、其の短い生涯を終ったのであった。(下平廣惠「山で見る幻影」)

昭和2年の正月、早稲田大学山岳部のリーダー格だった石田三郎は、チームから遅れて穂高涸沢へ入ったとき、深い雪の中で不思議な少年と出会った。

後になって地元の人たちの話を聞くと、遺書を残して山に入った少年がいるとのことで、早速、捜索隊に加わるが、少年は無残にも遺体で発見された。

不思議なことは、少年の遺体は、石田三郎が出会った時よりも、ずっと前に死亡していた事実を示していたことである。

さては、亡くなった少年が自分の体を探してほしいとの悲しい願いが見せた亡霊だったかと思われたが、帰京して間もなく、石田三郎は奇病に罹り、そのまま死んでしまった。

昭和初期の山登りには、こうした不思議な体験が数多く採集されていたようだ。

夢に現れた男が「寒い」という

それが不思議なんだよ。色の白い、眼鏡をかけた二十二、三の男と言う人相だけじゃなしに着て居た服装まではっきりして居るんだ。霜降りのホームスパンの上着に共生地の鳥打帽、茶色のニッカーズボンをはいてね。(片山英一「怪談『八ガ岳』」)

昭和16年、神戸山岳会が信州八ガ岳で正月の合宿登山を行ったときのことである。

赤岳の石室で眠っていたBは、深夜、誰かのブツブツ言う声で目を覚ました。

シュラフから抜け出してみると、一緒に泊まっていたSが、素っ裸でシュラフの上に座り込み、あらぬ方をぼんやりと見つめながら、一人で何か呟いている。

慌ててSの両肩を揺すぶっているうちに、ようやくSは正気に戻って「変な夢を見た」と言った。

眠っているところを見知らぬ若者が馬乗りになって自分の首を絞めながら「寒いから服を貸してくれ」と懇願するのだという。

それなら服を貸してやろうということで、Sはいつの間にやら裸にされてしまっていたらしい。

最終日に鉱泉の山小屋でこの話をすると、昨年の冬、若い男が、その石室で凍死していたことが分かった。

死んだ男の服装は、Sが夢に見た男の服装とまったく同じだったそうである。

極限状態の雪山には、不思議な体験談が伝わっていることが多い。

書名:山怪実話大全(岳人奇談傑作選)
編者:東雅夫
発行:2017/11/25
出版社:山と渓谷社

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じゅん
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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。