外国文学の世界

チャールズ・ラム「エリア随筆抄」南條竹則の翻訳が岩波文庫に入った

チャールズ・ラム著、南條竹則訳『エリア随筆抄』読了。

本作『エリア随筆抄』は、『完訳エリア随筆』(南條竹則訳・藤巻明注釈、図書刊行会)から十八篇を選んで文庫化したものである。

居酒屋で隣に座ったオジサンの昔話みたいなエッセイ

10月14日、南條竹則の翻訳による『エリア随筆抄』が、岩波文庫から刊行された。

岩波文庫には、戸川秋骨の訳による『エリア随筆』(1940年)があるから、およそ80年ぶりに新しい訳が加わったということになるのだろうか。

今回の『エリア随筆抄』の大きな特徴は、翻訳が新しいことはもちろん、藤巻明による詳細な訳注が付いていることである。

全体で340ページのうち、100ページ近くは訳注に費やされているので、『エリア随筆』をしっかり理解しようという場合には、非常に重宝する。

イギリスのエッセイストであるチャールズ・ラムによって書かれた『エリア随筆』は、なにしろ約200年前の作品であるうえに、古い文献からの引用も多く、その内容をきちんと理解しようと思ったら、なかなか骨の折れる作業だ。

もっとも、ラムのエッセイは、時代の違いを超えた普遍的な人間の営みに根ざして綴られているものが多いので、細部にこだわらなくても、『エリア随筆』を楽しむことは可能だ。

回想の多いラムのエッセイは、居酒屋で隣に座ったオジサンの、昔話を聞いている感覚に近い。

「除夜」というエッセイでは、ラムの過去に対するこだわりが、最もよく感じられる作品である。

こうして女々しいほどに昔をふり返ってばかりいるのが、私の弱点である。人は四十年という時の経過を間に置けば、自己愛の譏りを受けずに己を愛することが許されると言ったら、危言を弄することになるだろうか?(チャールズ・ラム『エリア随筆抄』南條竹則訳)

このエッセイでは、もうすぐ新年を迎えようとしているエリア(エッセイにおける話し手の名前)が、ひたすらに昔を偲ぶというエピソードで構成されている。

今では、私の生涯に起こった大小の不運な出来事を一つでも取り消しにしたいとは思わない。それらを変更したくないのは、良く出来た小説中の事件を変えたくないのと一緒である。思うに、あんなにも激しかった恋の冒険が失われてしまうよりは、アリス・W——nの美しい金髪とさらに美しい瞳の虜になって、青春も真っ盛りの七年という歳月を、思い窶れて暮らした方が良かったのである。(チャールズ・ラム『エリア随筆抄』南條竹則訳)

ラムは、二度の大失恋を経験して、生涯を独身で通すが、振り返ってみると、思いやつれて暮らした青春の日々を懐かしいと思えるようになった。

何事もなかった青春に比べれば、片恋であっても、彼の青春は充実したものだったのかもしれない。

もっとも、こうした美しい過去の回想は、やがて失われてしまう未来への不安へと変化していく。

子供のころだけでなく青年となっても、三十歳までは、自分がいずれ死ぬことを実感しない。たしかに理屈ではわかっているし、必要とあらば、生の儚さについて一説打つことも出来ようが、身にしみては感じないのである。ちょうど暑い六月に、十二月の凍てつく日々を思い描けないのと同じことだ。(チャールズ・ラム『エリア随筆抄』南條竹則訳)

中年を過ぎたラムは、青春時代を懐かしく回想しつつ、「残りの命を勘定しはじめ」ている。

新年を迎えようとしているとき、人はこうして自分の人生と向き合うものなのかもしれない。

味わい深い人生の読み物として綴られる日常生活

「休暇中のオックスフォード」というエッセイは、著者の<エリア>が、休暇中の大学構内を散策しながら、疑似的に大学生活を楽しむという話である。

古い書庫というのは、何と居心地の良いものだろう! あたかも、このボドリーアン図書館に労作を遺したすべての著述家の魂が、寄宿舎か、あるいはこの世と来世の間にでも眠るように、ここに休らっているかと思われる。(チャールズ・ラム『エリア随筆抄』南條竹則訳)

家庭の事情で大学に進学することのできなかったラムが、遅すぎる大学生活を、空想の中で生き生きと楽しんでいる様子が楽しい。

さりげない日常が、味わい深い人生の読み物として綴られているあたり、『エリア随筆』が長く読み継がれている理由かもしれないと思った。

書名:エリア随筆抄
著者:チャールズ・ラム
訳者:南條竹則
発行:2022/10/14
出版社:岩波文庫

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。