チャールズ・ラムの「エリア随筆」を読みました。
イギリス随筆文学の名作、一度は読んでおくべきですね。
書名:エリア随筆抄
著者:チャールズ・ラム、(訳)山内義雄
発行:2002/3/5
出版社:みすず書房
作品紹介
「エリア随筆抄」は、みすず書房「大人の本棚」シリーズの単行本です。
底本は1953年6月に角川文庫から刊行された「エリア随筆抄」。
チャールズ・ラムの書いた、イギリスエッセイ文学の名作と呼ばれる「エリア随筆集(1823年)」「続エリア随筆集(1833年)」から16篇を精選し、収録しています。
「エリア随筆集」最初の作品である「南海商会の思い出」が創刊まもない「ロンドン・マガジン」に掲載されたのは1820年のこと。
ちなみに、「エリア」とはチャールズ・ラムのペンネームで、ラムが勤めていたことのある南海商会の同僚のイタリア人の名前を勝手に借りたんだとか。
F・ベイコン以来の長い伝統を誇るイギリス・エッセイ文学の完成者として知られるチャールズ・ラム。その作品は『エリア随筆集』正・続2作に輝き、わが国の英文学者にも最も愛されてきた。「一種の象眼細工のような趣」(戸川秋骨)、「極めて精緻な用意を以て成る……技巧の神」(平田禿木)、「天下無類の書物」(林達夫)、「至芸の文体」(平井正穂)――これらの賛辞に埋め尽くされた作品は、逆に読者を寄せ付けなくしているのではないだろうか。〈自身が事務机となり、机が私の魂の中に食いこん〉だ、30余年にわたるサラリーマン生活の余暇に書きためられたエッセイ、それが『エリア』でもある。〈花の都ロンドンで、私はサラリーマン〉を一途に勤めあげた、ラムの日々のつぶやきの結晶が、この作品でもあるのだ。
あらすじ
「エリア随筆」は、チャールズ・ラムのエッセイ集です。
タイトルの「エリア随筆」は、「エリア(という人物)が書いた随筆」という意味で、架空のエリアさんの視点で描かれていることが特徴です。
(目次)南海商会/除夜/ヴァレンタイン・デー/私の近親/初めての芝居見物/現代の女性尊重/食前感謝の祈り/幻の子供たち―夢物語/煙突掃除人の讃/豚のロースト談義/H―シャーのブレイクスムア/書物と読書についての断層/懐しのマーゲイト通いの船/年金生活者/婚礼/古陶器あとがき///訳注/略譜/ラムとのつきあい(庄野潤三)
各作品には、訳者である山内義雄さんの詳しい解説が掲載されているので、作品を理解する上で、非常に便利です(なにしろ、1800年頃のイギリスの話なので、地名や人名、文化・風習を理解するのに苦労します)。
巻末に、庄野潤三さんのエッセイ「ラムとのつきあい」を収録。
なれそめ
最近気になる作家ナンバーワンの庄野潤三さんの作品には、チャールズ・ラムの「エリア随筆」のことが、頻繁に登場します。
オリジナルを読む前に、庄野さんの文章でチャールズ・ラムの「エリア随筆」について、いろいろと学ぶことになってしまいましたが、とうとうオリジナルの「エリア随筆」を読むことができました(「抄」ではありますが、、、)。
「抄」になってしまったのは、庄野さんが愛読している岩波文庫版(戸川秋骨訳)が、なかなか入手できなかったことと、できるだけ新しくてきれいな装丁で読みたかったことによります。
みすず書房「大人の本棚」シリーズの「エリア随筆抄」は、非常に読みやすくて良かったです。
本の壺
心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。
私たちは、アリスの子供でもなければ、あなたの子供でもありません。
私たちは、アリスの子供でもなければ、あなたの子供でもありません。いえ、子どもでもなんでもないのです。アリスの子供たちは、バートラムをお父さんと呼んでいます。私たちは空(くう)なのです。そう言うにさえあたらないものなのです。幻なのです。(幻の子供たち)
山内義雄さんの解説によると「『エリア随筆』中、最高傑作の一つとして定評のある作品」とされています。
もしも、かつての恋人と結婚していたなら生まれていたかもしれない「幻の子供たち」が、エリアの夢の中でリアルに描かれています(実際のラムは生涯独身だった)。
庄野潤三さんが初めて読んだ「エリア随筆」の作品も、この「ドリーム・チルドレン」で、「ラムの筆に感動した」と書いています。
物語のプロットが既に非常に切なくて、読み進めていくとラストシーンで強く胸を打たれる作品です。
「楽しかった昔が、もう一度かえってきてくれたら」と、彼女は言った。
「楽しかった昔が、もう一度かえってきてくれたら…」と、彼女は言った。「こんなにお金持ちでなかった昔が…。貧乏になりたいっていう意味ではないけど。でも、ほどほどという時がありましたわ」―彼女は、そんな風にとりとめもなく喋舌つづけた。(「古陶器」)
山内さんの解説には「『まぼろしの子供たち』と共に、このすぐれたエッセイ集の中でも最最高峰に位するもので、まことに英文学随筆の花である」と絶賛されています。
エリアと一緒に暮らしている彼の姉が「貧しかったけれど幸せだった昔」を懐かしむという話で、暮らしぶりが落ち着いたからこそ懐かしい過去があるということを、しみじみと感じさせてくれます。
庄野さんも「私は『古陶器』を読む度に深い感銘を味わったのである」と、自身のエッセイ「ラムとのつきあい」の終わりを締めくくっています。
僕も解説を読む前に、この作品を読みましたが、自然体で読んで、一つの物語として素晴らしく完成されているエッセイだと思いました。
「スウィープ、スウィープ(煤払いましょう、煤払いましょう)」
私は煙突掃除人に行き会うのが好きである―分っていただけますね―大人の掃除人ではなくて―大人の掃除人では話にならない―初めてつけた煤の汚れのなかから、花咲くような顔を覗かせ、母の洗い清めた色艶のあとのまだその頬に残っている、あのいたいけな少年掃除人―夜明けとともに、いえ、それよりも早く姿をあらわして、雛雀のピーピーと鳴く音にも似て、「スウィープ、スウィープ(煤払いましょう、煤払いましょう)」と、可愛らしい商売の声を響かせてゆく連中を言うのである。(「煙突掃除人の讃」)
当時のイギリスの煙突は、子どもでなければ入ることができない大きさであったため、少年の煙突掃除人が、早朝ロンドンの街を「スウィープ、スウィープ」と流し歩いたそうです。
誘拐された少年や孤児が強制労働させられる事件も多く、児童虐待問題として議会でも問題となり、1840年には少年煙突掃除人の制度は廃止されたと、山内さんの解説に書かれています。
古い文学作品には、幼い少年少女が辛い労働を余儀なくされている話も多く、こうした少年や少女が、ロンドン市民の高い関心の中で生きていたことを感じさせられるエッセイです。
「彼らと会ったら、彼らが好きな飲み物や食べ物をご馳走してあげてください」と呼びかけるエリアの言葉は、優しさに満ち溢れています。
読書感想こらむ
エッセイというよりも、これはひとつの物語ではないか。
というのが最初の感想です。
思いついたことを思いついたままに書き散らすというよりは、しっかりとしたプロットと装飾的な文章で仕上げられた短篇小説だとしても、全然おかしくないような気がします。
あるいは、「エッセイ」というジャンルの文学作品は、本来そうであるべきなのかもしれません。
そう、これは完全に文学作品だと思います。
現代日本で「エッセイ」と呼ばれているものよりも、社会的な目線を持ったアメリカの新聞コラムに、より近い印象を持ちます(例えば、ボブ・グリーンのような)。
といって、別に難しい作品だということではありません。
作者チャールズ・ラムの瑞々しい感性によって拾い上げられた題材は、読者にエッセイを読むことの楽しさを教えてくれます。
エッセイ好きな人だけではなく、優れた短篇小説を読みたいという人にもおすすめです。
まとめ
チャールズ・ラムのエッセイ集「エリア随筆」は、1820年代のロンドンを舞台に描かれる、都会の大人たちの物語です。
エッセイというよりも、優れた短篇小説として楽しめそうです。
著者紹介
チャールズ・ラム(エッセイスト)
1775年、ロンドン生まれ。
エリアの筆名による優れたエッセイ集「エリア随筆」を遺した。
姉との共著に「シェイクスピア物語」がある。
山内義雄(翻訳家)
1905年(明治38年)、愛知県生まれ。
東京大学文学部英文学科卒業、明治大学教授。
ほかの訳書にベネット『文学趣味』など。