こんな素敵な文房具に囲まれて暮らしたい! 何気ない文房具には、平凡な日常をほんの少しドラマチックに変える、はっとさせられる色や形、そして物語が隠れています。ジム・ジャームッシュが愛用した手帳に誘惑され、フランス製のボールペンにそそのかされ、昔からずっと変わらないデザインの色鉛筆にとらわれる。雑貨に秘められた魅力と、豊かで愛すべきストーリーを、極上のオールカラー写真と共に紹介するエッセイ。(片岡義男「文房具を買いに」背表紙より)
書名:文房具を買いに
著者:片岡義男
発行:2010/5/25
出版社:角川文庫
作品紹介
片岡義男さんの『文房具を買いに』は、タイトルのとおり、文房具について綴られたエッセイ集です。
片岡さんがコレクションしていたり、愛用していたりする世界各国の文房具が、精緻な文章とカラー写真で紹介されています。
本書に登場する文房具は、一流ブランドや老舗ブランド、あるいはまったく無名のブランドなど、実に様々。
片岡さんの文房具愛に満ちたクールな文章を読んでいるだけで、世界中の文房具が欲しくなってしまいます。
もうひとつ、本書に収録されているカラー写真は、片岡さん本人の写真によるものですが、片岡さんは、ただ単に文房具を紹介する写真を撮影しているのではなく、ビジュアルとして美しい写真作品を撮ろうとしています。
そして、エッセイの中の多くに、写真撮影に関する解説が登場しているのが、本書の特徴。
片岡さん愛用のフィルムカメラ、オリンパス「OM-4 ティタン」で撮影されたカラー写真集としても、この本を楽しむことができそうです。
2003年8月に東京書籍から刊行された単行本を加筆修正して文庫化したもの。
なれそめ
1980年代、僕は片岡義男さんの書く小説のファンでした。
1990年代、僕は片岡義男さんの書くコラム(あるいはエッセイ)のファンとなり、そして、2000年以降、僕は片岡義男さんの撮る写真のファンとなりました。
今、片岡義男さんは、文章と写真の両面で、僕の憧れの人だと言っていいと思います。
次々に出版され続ける片岡さんの著作を次々と買い続けていくだけで、書棚はあっという間に埋め尽くされてしまい、部屋の一部は片岡義男コーナーと化しています。
そして、文系人間の僕は文房具好きの人間でもあり、片岡さんの書く文房具についてのドライタッチな文章は、僕自身をもクールな文房具好きにさせてしまいそうな気がします。
本の壺
心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、僕の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。
クレール・フォンテーヌのクラシカルなノートブック
人生とは、ひょっとして、なにごとかをびっしりと書き込んだ、何十冊もの手帳やノートブックか。ここに紹介したクレール・フォンテーヌの、クラシカルな四種類のノートブックのどれを手にしても、そのたびに僕はそんなことを思う。(片岡義男「文房具を買いに」)
ノートブックの項目で登場する「ロディア」と「クレール・フォンティーヌ」の類似性を、片岡さんは指摘しています。
それは「同じフランスのものというだけではなく」「思考のかたちや論理の筋道の作り方が、それをひとまず文字で紙の表面に固定しては試行錯誤していくにあたって、紙の面積のありかたを規定しているように、僕には思われるからだ」。
東京で手に入るクラシカルなクレール・フォンティーヌのノートブック、すなわち、192ページの背綴じ、角丸で、方眼ないしは横罫という作りのノートブックのうち、四種類のサイズのものを積み重ねて、片岡さんは「ピラミッド」のような造形になることを発見して、その感動を綴っています。
僕もクレール・フォンティーヌのノートブックを使ってみたくなりました(もともとフランスかぶれなんで)。
フランス配色のビックの3色ボールペン
平成十五年の五月現在で、写真に撮ってもいいと思うボールペンは(略)このフランス製のボールペンしかない。ビックというよく知られたブランドの、三色ボールペンだ。(片岡義男「文房具を買いに」)
フランス製のビックのボールペンを、僕も愛用しています。
ただし、3色ボールペンではなく、単色のクリックゴールド。
ビックと言えば、確かに3色ボールペンが人気かもしれないけれど、僕はビックのクリックゴールドが大好きで、カラフルなボディをいくつも集めています。
3色ボールペンは赤・青・白のフランス配色で、確かにフランスっぽいことは間違いなし。
たまには、3色ボールペンも使ってみようかな、、、
ジム・ジャームッシュも愛用したモールスキンの手帳
一九八〇年代の初めに外国で見て気に入り、三十冊ほど買ったのがこのモールスキンとのつきあいの始まりだった。けっして使わないわけではないけれど、縦横に使いこなしているわけでもないという、明らかに中途半端なつきあいだ。(片岡義男「文房具を買いに」)
モールスキンの手帳は超定番だと思っていたけれど、1986年に一度生産中止になっているそうです。
もともと、モールスキンはフランスにある家族経営の小さな会社で製造されていましたが、1986年に倒産、1997年になって、イタリアの小さな出版社が、これを復活させたものなんだそうです。
片岡さんの言う「いかなる季節のどのようなシャツであれ、シャツの胸ポケットには常にかならず、一冊の黒い表紙のモールスキンと、愛用していたとおぼしき透明軸の短いボールペンを入れていた人、として多くの人に記憶されるスタイルをつらぬくことのできる人」、そんな人に僕もなりたいと思うのですが、、、
読書感想こらむ
何十年間も同じ文房具を使い続けている人に、僕は憧れてしまう。
飽きっぽい性格の自分は、雑誌や広告の影響を受けて、ついあれこれを手を出してしまい、ひとつのスタイルを持つことができない、弱い人間だ。
多様で幅広い好みを持つと言えば聞こえは良いが、単に節操がないというだけのこと。
格好良い大人というのは、自分のスタイルをしっかりと確立している人のことだと知っているだけに、自分が情けなくて嫌になる。
まずは、ペンと手帳くらいは、自分らしいスタイルを確立したいものだ。
大人のスタイルというのは、案外そんなところから始まるのかもしれない。
まとめ
かっこよくてオシャレな文房具が満載。
片岡義男さんのクールな文章と写真が世界の文房具と対峙する。
文房具フェチなら読んでおきたい文房具エッセイ集。
著者紹介
片岡義男(小説家)
1940年(昭和15年)、東京生まれ。
デビュー作は『白い波の荒野へ』(1974年)。
『文房具を買いに』出版時は70歳だった(!)