あの頃、アメリカにはたくさんの夢があった。
そんなアメリカの夢を抱えた、たくさんの本があった。
片岡義男が、そんなアメリカの本を案内する。
書名:ブックストアで待ちあわせ
著者:片岡義男
発行:1987/8/15
出版社:新潮文庫
作品紹介
「ブックストアで待ちあわせ」は、片岡義男さんのエッセイ集です。
アメリで出版された本が片岡義男流に紹介されていて、ひとつの書評・読書案内と言えるでしょう。
片岡義男さんは、雑誌「ポパイ」でアメリカ・カルチャーを紹介するコラムを連載していましたが、その連載は「ポパイ」創刊号に始まり、本書の書籍化作業を行っている1983年の夏の時点では、125回の連載になっていました。
このポパイ連載コラムの中から、「アメリカの本について書いたものだけを抜き出して1冊にまとめて」書籍化したしたものが、本書「ブックストアで待ちあわせ」です。
「アメリカの静かな町の、ストックの状態のとてもいいブックストアでゆっくりと時間をかけて本を見たり選んだりするときの楽しさがすこしでも伝わるなら」という、片岡義男さんの思いが込められています。
目次///ブックストアで待ちあわせ/デリア・エフロンの2冊の本が描くアメリカの子供の世界/ダイム・ストアに胸おどらせた1940年代の少年たち/ニール・サイモンを新幹線のなかで読む楽しさ/フォルクスワーゲンを元気に生かしつづけておくには/カウボーイは、なぜカウボーイ・ブーツをはくのか/女性ボディビルダーの魅力を支える、苦しみの個人史/ジェーン・フォンダというアメリカ女性の場合/1959年12月、いつものダイナーに集まった5人の青年たち/発情期少年の興味にこたえて、アメリカのSFがはじまった/スーパー・ヒーロー、怪奇恐怖コミックス、そして『マッド』へ/エドワード・ホッパーが描いたアメリカの光/雨が、ぼくにオードリー・フラックの画集を開かせた/LAの大通りを巨大なビルボード・アートが見おろしている/岩波写真文庫が切り取ったモノクロームのアメリカ/1950年代のハリウッド映画スターたちのポートレート集/マンハッタンの10番通りと14番通り/ニューヨークとシアトル、ふたつの大都会の光と影///文庫版のためのあとがき
なれそめ
2000年代のことだと思いますが、リサイクルブックチェーン「ブックオフ」には、1980年代から1990年代にかけて刊行された文庫本が、まだたくさん並んでいました。
かつて流行作家だった片岡義男さんの文庫本は、とりわけ在庫が豊富で、どこの店舗に行っても、たくさんの著作がずらりと並んでいました(しかも100円コーナーに)。
僕が片岡義男さんの著作を一生懸命に集めたのは、おそらく、この頃だったように思います。
あんまり頻繁に片岡さんの本ばかり買っているので、同じ本を何冊も買ってしまうこともしばしばで、角川文庫の「ぼくはプレスリーが大好き」なんて5冊くらい持っていたような気がします(笑)
「ブックストアで待ちあわせ」も、その頃に入手した片岡さんの著作の1冊です。
あらすじ
大都会の光と影をとらえた写真集、サーフィン・サウンドについてのお勉強の本、フォルクスワーゲンを元気にしておくための本、ブローティガンの短編集、カウボーイ・ブーツの参考書、ホッパーの画集、1950年代の映画スターたちのポートレート集…。
とっておきのアメリカの本の数々を紹介する魅力あふれるエッセイ。
ほんとうのアメリカを知るための楽しく愉快な本でいっぱいの本。
(背表紙の紹介文より)
本の壺
心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。
ヴァーガス・ガールという、架空の美しい女性たち
アルベルト・ヴァーガスの描く美人画は、新しいものではヌードも多いが、主としていわゆる薄物をまとったセミ・ヌードの美人画だ。脚といい腰といい胸といい、男の夢のそのまた夢のように申し分なく成熟したグラマラスな女性の、明るくて健康的で力の強そうな色気ある肢体を、きわめてセクシーなタッチとポーズで、入念をきわめたディテイリングの水彩エアブラシで描ききっている。(「ヴァーガス・ガールという、架空の美しい女性たち」)
アメリカのヴィンテージを蒐集していた頃、「ヴァーガス・ガール」はコレクションのひとつの大きなテーマでした。
ヴァーガスの描く女性は、アメリカの夢をひとつの形として表現したような存在で、健康的なエロティシズムが、ある意味で古き良き時代のアメリカそのものという感じがしたものです。
ヨーロッパ生まれのヴァーガスは「若く明るく華やかで、自分のぜんたいを抑制なしに外へむけて全面的に主張していた」ニューヨークの女性たちを見て、「ヨーロッパで自分の感覚のなかに叩きこんできた美人画の技法で、この素晴らしいアメリカ女性たちの美しさを描こう」と決意したのだとか。
ヴァーガス・ガールはピンナップの切抜や雑誌の表紙、ポスターや絵葉書など、様々なカテゴリーでコレクションの対象となっていますが、僕は当時のポストカードを中心に集めていました。
女性と一緒に描かれている小物にも、当時のアメリカン・カルチャーが感じられたものです。
L・L・ビーン社のアウトドアーズ哲学をつくった人
L・L・ビーンを略さずに言うと、リーオン・リーオンウッド・ビーンだ。L・L・ビーン社の創設者で、1872年に生まれ、長生きをして1967年に他界している。生前は、友人や知人からはL・Lの愛称で親しまれ、いまでも彼のことをL・Lと語る人が多い。(「L・L・ビーン社のアウトドアーズ哲学をつくった人」)
初めて買ったL・L・ビーン社のアイテムは、スプリングコートでした。
オリーブ色のロングコートは、釣りやトレッキングへ出かけるときに、まるで相棒のように、いつでも一緒で、L・L・ビーンの機能性と耐久性を、実感することがコートだったわけです。
そんなL・L・ビーンのポリシーは「よくできた製品をできるだけ安く提供し、お客は自分と同じ人間としてまったく対等にフェアに扱う」で、「1920年代のなかばには、フィッシング、キャンピング、ハンティングなどのために必要な道具のほとんどすべてが、L・Lのカタログにのるようになった」そうです。
確かに、シーズンごとに送られてくるL・L・ビーンのカタログは、眺めているだけでもアウトドアへ出かけているような高揚感をもたらしてくれたもの。
それにしても、L・L・ビーンがリーオン・リーオンウッド・ビーンという人の名前だということを、僕はこのコラムで初めて知りました。
発情期少年の興味にこたえて、アメリカのSFがはじまった
若い女性の脚や、かたちよく張り出した胸をすこしていねいに描くとたちまち読者から批判された1930年代のはじめに、女性の脚や胸をマンガのコマの中で効果的にたくみに描いて批判されなかったのは、アレックス・レイモンドの『フラッシュ・ゴードン』という、SFマンガだけだった。(「発情期少年の興味にこたえて、アメリカのSFがはじまった」)
1930年代、SF小説に「魅力的な肉体を持った若い女性」は不可欠な存在で、「彼女たちは、どこよりもまず、表紙に登場した」そうです。
そうした表紙のイラストは「なかにおさめてある物語とは関係なく」「しばしば半裸体の若い女性が、異星の奇怪な生き物やロボットにとらえられてもだえている絵を表紙にしたSF雑誌が数多く登場し、どれもよく売れた」んだとか。
英語の小説を読むことは難しそうですが、表紙のイラストを目的にコレクションするのも楽しそうなジャンルですね。
読書感想こらむ
どこを切り取っても、古き良き時代のアメリカの匂いが漂ってくる。
『ブックストアで待ちあわせ』は、片岡義男さんによる、そんな読書案内です。
コラムを読んでいると、そこで紹介されている本が欲しくなって、早速インターネットで探してみる。
本書を読みながら、僕はそんな作業を何度も繰り返しました。
なにしろ1980年代の読書案内ですから、残念ながらほとんどの本は入手困難で、そもそも当時から日本国内で入手が難しかったものも少なくないように思います。
新しい本の世界へと続く地図は手に入れたけど、その道は遠く険しい。
だけど、地図を見ながら、まだ見ぬ世界を想像する楽しみがある。
『ブックストアで待ちあわせ』は、そんな時間を与えてくれる本です。
古き良きアメリカに興味がある人は必見ですよ。
なお、雑誌「POPEYE」2020年8月号では、BOOK IN BOOKとして「ブックストアでまた待ちあわせ」が収録されています。
片岡義男さんのコラムも掲載されている「ブックストアでまた待ちあわせ」については、別記事「POPEYE-SUMMER READING 2020-ポパイの読書案内で夏に読む本を探す」をご覧ください。

まとめ
1980年代のPOPEYEに連載された片岡義男流の読書案内。
古き良き時代のアメリカが、そこにはある。
アメリカの夢は、まだ失われてはいない。
著者紹介
片岡義男(小説家)
1939年(昭和14年)、東京生まれ。
1975年(昭和50年)、『スローなブギにしてくれ』で野性時代新人文学賞を受賞。
本書刊行時は48歳だった。