外国文学の世界

ボブ・グリーン「街角の詩」僕たちの人生は小説よりずっと優れた物語だ

ボブ・グリーン「街角の詩」あらすじと感想と考察

ボブ・グリーンの「街角の詩」を読みました。

普通の人生さえ小説より面白いものだっていうことを教えてくれます。

書名:街角の詩
著者:ボブ・グリーン
訳者:香山千加子
発行:1992/3/25
出版社:新潮文庫

作品紹介

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「街角の詩」は、ボブ・グリーンのコラム集です。

翻訳者の香山千加子さんの「文庫本のためのあとがき」には、「本書はボブ・グリーンの1970年代前半のコラムを集めて、1976年に出版された、Johnny Deadline Reporter の中から、作者自身が選んだ約50編を翻訳したものである」とあります。

日本での単行本は、1989年3月、NTT出版より刊行されています。

ボブ・グリーン自身の「イントロダクション」にも、「シカゴはこの種の仕事にはうってつけの街であった。『シカゴ・サンタイムズ』に毎日連載されるコラムを、何の制約もなしに、自由に書かせてもらっていた。これら1970年代前半に書いたコラムを集めたのが本書である」と綴られています。

また、「Johnny Deadline Reporter」の日本での翻訳刊行について、ボブ・グリーンは、「これまで何冊かの著書が日本で翻訳されているが、デビュー作となった『ジョニー・デッドライン』がこのたび翻訳されることは、とりわけうれしく思われると、言葉を寄せています。

クリスマスだけでも人並の暮らしをしようと、毎年わずかな金を求め、質屋通いをする孤独な男たち。今は落ちぶれているが、若い頃尊敬していた老ブルースマンを自分たちのコンサートに招待したローリング・ストーンズ―。’70年代前半、日々の締切りに追われ、シカゴの街中を駆けずり回る若き日のボブ・グリーン。彼の温かい眼差しが捉えた心に沁み入るベスト・コラム全45編。(カバー文)

あらすじ

「街角の詩」に収められた短い物語は、『シカゴ・サンタイムズ』で毎日連載されていた、いわゆる新聞コラムです。

特定のテーマがあるわけではなく、ボブ・グリーンも「イントロダクション」の中で、「コラムには特別定まった焦点がないと思われるかもしれない。あの頃コラムを書くに当たって唯一決めていたことは、興味を引くことがあれば街に出ていき、それについて書く、ということだった。朝起きたときには頭の中は空っぽで、引き出しの奥を探ってみても、手持ちのコラムなど一つも出てこない。とにかく誰かが読みたいと思うような題材を探し出し、翌朝の記事にするだけで精一杯の日々であった」と回想しています。

目次///ローリング・ストーンズが忘れた男/ワイマンとウルフ/あるディスクジョッキーに捧げるレクイエム/月から来た男/ロック・スター/ジャック・ベニー/スピレーン/長老フォンダ/チキン・キング/ファッツ/バーン・ダンスの幻影/ウッドワードとバーンスタイン/見知らぬ町へ/一人旅/真実の叫び/デヴィッドの賭け/父の贈物/凍りついた夢/ウィンプの仕事/ネステレンコ/ディマジオ/ゴンザレス/ヘフの館/ボブ・グリーンのバラード/イエスと暴走族/本屋の塊/燃える恋/トニーに心をかけて/ジョフリーバレエの舞台裏/歌う少女/住宅街の静かな恐怖/九十九歳のイエロウ・キッド/手紙/左目売ります/大食い/ラブ・ストーリー/文明/殺人者/車中に一年間/八十歳の最後の涙/ミス・アメリカを探せ/夏の日の午後の殺人/感謝祭の思い出/質屋のクリスマス/洗い場の大晦日///エピローグ/訳者あとがき/文庫版のためのあとがき

なれそめ

日本における随筆文学を楽しく読むのと同じように、僕はアメリカの新聞コラムを読むのが好きです。

理由は、まず第一に、それぞれの作品が短いこと。

新聞の片隅に掲載されるコラムだから、朝の忙しい時間帯にも、さっと眼を通せるくらいのボリューム感が、ちょうど良い感じ。

第二に、人生の断片をスナップしたような物語を読むことができること。

特別の創作がなくても、優れた表現力さえあれば、人生は十分に味わい深いものなんだということを、しみじみと感じさせてくれます。

1980年代というのは、アメリカの優れた新聞コラムに大きな注目が集まった、そんな時代だったようです。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、僕の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

うちに来る人たちも人並みにクリスマスをしたいんだ

「うちに来る人たちも人並みにクリスマスをしたいんだ」シドニー・スウェスニックがいう。「子供たちにクリスマスプレゼントのひとつもと思うのさ。クリスマスの二、三日前になると、お金を工面するには質屋しかないと気がつくんだ」(「質屋のクリスマス」)

ボブ・グリーンのコラムの特徴のひとつは、著名人ばかりではなく、普通の一般市民を主人公にした物語も少なくない、ということです(僕は、むしろ、無名の人々の物語を多く読みたい)。

「質屋のクリスマス」は、クリスマスで賑わう老舗の質屋を取材した物語です。

貧しい人々が、クリスマスのお祝いをするために、「ダイヤの指輪。ラジオ。腕時計。メダル。指輪。毛皮ジャケット。貴金属アクセサリー。カメラ。ブレスレット。指輪。腕時計。テレビ。クラリネット」と、様々な質草を持ちこみます。

店の前には長い列ができて、彼は次々と品物をチェックして、壊れていないかどうかを確かめます。

「彼らが金額をはじき出し、その値で話がつく。客には取り引きをもっと有利にしよう、という気力などないようだ」

客は押し黙ったままで腕時計を渡して寄こし、何も言わずに現金を受け取って立ち去ります。

立ち去って行く客の背中に、彼は「メリー・クリスマス」を声をかけました。

返事が返って来ることは決してないだろうということを承知の上で。

大都会の夜、喧騒に包まれ、ただ一人、彼は八時間の夜勤明けを待っている

大晦日の夜、新年の十分前に、ジェイムズ・L・ディクストンは、ひびのはいったプラスチックの皿から、チーズバーガーとフレンチフライの食べ残しをかき落としていた。周囲をゴムで覆った穴の中に投げ込まれたごみは、このひと晩に客が食べ散らかしていった安料理の残骸の仲間入りをした。(「洗い場の大晦日」)

新年を待ち焦がれた人々が浮かれる街角のレストランで、ディクストンは今夜も働いています。

35年前にミシシッピーからシカゴへ出てきた彼は、既に47歳で、今や「バスボーイ(レストランで客の食べ終えた食器を下げたりする下働きの男)」の名称さえ似つかわしくない年齢となっていました。

「彼の人生における唯一の仕事は、台所に運ばれた皿を受け取り、客の食べ残しを皿からかき落とすこと」

たとえ大晦日であっても、彼にとってはいつもの夜と同じで、仕事が終われば「高架電車に乗ってサウス・サイドの自分の家で帰る。あとは次の交替の時刻まで眠るだけ」。

同僚が彼を勤務後のパーティーに誘いますが、「今夜もいつもと同じことさ」と、にこりともしないで答えます。

カウンターで流れるラジオのカウントダウン中継を聴きながら、彼は、ただ一人、8時間の夜勤明けだけを待ち続けているのです。

父はよくいつもより一時間早く起き、昨夜から読みかけていた本を読み切ってから、満足げに仕事に向かうのだった

読書が過去の楽しみとして追いやられようとしているこの時代に、ブレントのような人間は珍しい。ハードカバーの単行本の読者層は薄い。一万五千分も売れれば、もう全国的なベストセラーである。レコードなら百万枚売れても異例の大ヒットとはみなされないというのに。(本屋の塊)

「本屋の塊」は、「アメリカで一番すぐれた本屋のひとつ」を経営するスチュアート・ブレントの物語です。

営業時間を過ぎた店を訪れた客を招き入れると、ブレントは何の前置きもなく、「それ」を読み始めます。

「父の手はなんでも完璧にこなす奇跡の手だった」

30年間、本屋をしてきたブレントは、今59歳で、本だけが彼の生きがい。

「彼は気むずかしく、しゃべり出すととめどもなくしゃべり続ける。ちょっと付き合いにくい男だ。ブレントを好いている人は、彼はネアカの変人だと思っている。気分を害されたことのある人は、彼は少々気が変だと思っている」

閉店後の店内で一人椅子に座り、今の自分に至った物語を自身の言葉で書き溜めてきた彼は、今、その原稿を誰かに読み聞かせることができる喜びに夢中になっていました。

「人から何かひとつでももらおうと思ったこともない。一人になり、本を読み、ものを思い、聞いてもらうこと、望んだのはただそれだけだった」のです。

読書感想こらむ

ボブ・グリーンと言えば、一般市民の人生の断片を切り取ったようなコラムというイメージが強いのですが、著名人に関するコラムも少なくありません。

本書「街角の詩」の前半には、ハウリン・ウルフ(ブルース奏者)、ビル・ワイマン(ローリング・ストーンズ)、ジム・ラニオン(ディスク・ジョッキー)、ロッド・スチュワート(ミュージシャン)、ジャック・ペニー(コメディアン)、ミッキー・スピレーン(小説家)、ヘンリー・フォンダ(俳優)、カーネル・サンダース(ケンタッキー・フライドチキン)、ファッツ・ドミノ(ミュージシャン)、カール・デーヴィス(ミュージシャン)など、アメリカを象徴する人々が登場します。

もっとも、彼らの多くは全盛期をとっくに過ぎていて、「あの人は今」的ゴシップな視点が、そこには含まれているようにも感じられますが、スターとしての役割を終えた後も、彼らの人生はもちろん続いている、そんなメッセージが隠されているようにも思います。

とは言え、僕が個人的に好きなのは、著名人ではなく、かつて著名人だったこともない、一般市民の物語です。

社会的な成功者とも言えない彼らも、アメリカという国を支えるアメリカ国民であることに間違いはなく、様々な人生の形があるということに、僕はどうやら惹かれてしまうようです。

近年、他者への関心を共有する時代は終わったような気もします。

そして、それはとても寂しいことだと思うのです。

まとめ

「街角の詩」はボブ・グリーンのデビュー作です。

ロックスターからレストランの洗い場係まで、社会を織り成す人々の人生の断片。

僕たちは、自分が生きている街に、もっと関心を持つべきなのだ。

著者紹介

ボブ・グリーン(コラムニスト)

1947年(昭和22年)、アメリカ生まれ。

1977年(昭和52年)、最優秀コラムニストとして、The National Headliner’s Awardを受賞。

「街角の詩」翻訳刊行時は42歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。