日本文学の世界

安西水丸「たびたびの旅」人はどうして旅の思い出を抱いて生きるのか

安西水丸「たびたびの旅」人はどうして旅の思い出を抱いて生きるのか

安西水丸さんの「たびたびの旅」を読みました。

気軽に読める旅エッセイ、読書の秋にもおすすめです。

書名:たびたびの旅
著者:安西水丸
発行:1998/10/1
出版社:フレーベル館

作品紹介

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「たびたびの旅」は、安西水丸さんの旅行エッセイ集です。

あとがきによると、「この本は、仕事であちこちの雑誌やPR誌に書いたもので、どれをとっても実にとりとめがない」「もちろん本にすることなど考えてもみなかったことで、長い間段ボールの箱に眠っていたものだ」そうです。

旅というのは自分の意思の確かさを再確認するようなものかもしれません…。心にしみる旅のぬくもり、出会い、発見、感動を独特のユーモアで描き、綴ったスケッチ&エッセイ集。

あらすじ

「たびたびの旅」は、様々な雑誌やPR誌に掲載された旅エッセイを一冊にまとめたものです。

比較的短いものが多く、隙間時間の息抜きに読むのもお勧めです。

目次///【第1章 遠くの町に来ています】仙台より/オスロより/博多より/コペンハーゲンより/松本より/小樽より/ハイデルベルクより/長崎より/青函連絡船の中より/ペルーより/早春のオリーブ園より///【第2章 夜の街に出てみました】石段下のバーで(代官山)/芝居のあとの、いい酒、いい肴(下北沢)/美女を並べて鮨を喰う(青山三丁目)/トゥデイズ・フィッシュに極上の日本酒(南青山五丁目)/歌は世に連れ、世は歌に連れ(六本木)/酒がよく、メニューを見る楽しさがある(四谷)/女用心棒Kと飲む夜(渋谷二丁目)/深夜の程よいざわめきのなかで(南青山)/銀座の路地と俳人のママ(銀座一丁目)/青山のスノー・ポイント(青山三丁目)/川を渡ってコーヒーを飲みに行く(市川)/究極の夜の果て(千駄ヶ谷)/雨の音と酒(日比谷)/ガード下で偲ぶ秋刀魚も味(日比谷)/深夜のカレー・パーティ(麹町)/ワサビと小鰭が好きだ(青山)/学生街で正当的飲み方(江古田)/白い花園の夜(渋谷)/ひどい目に遭った蟹座でAB型の男(銀座)/ふぐは本当においしいか(池尻)///【第3章 旅のスケッチを書きました】ベンガラの町(吹屋)/雪の町、運河の町(小樽)/温泉と東南アジアの民芸(河津)/フクラギを食べに行く(富山・氷見)/東京から二時間のバリ島気分(千倉)/麦田町の隠れ味(横浜)/北アルプスと清流とワサビ(安曇野)/法善寺横丁を抜けて(大阪)/ハコフグを食べに西端の島へ(五島列島)/梁山泊へ行く(京都)/奥伊豆の温泉郷(伊豆大沢)/水沢うどんと街道を歩く(渋川)///あとがき

なれそめ

旅行ものは、しっかりとした紀行文のような随筆もいいけれど、気軽な旅エッセイも好きです。

読書の合間の「息抜きの読書」というわけですが、読書に疲れたときに安西水丸さんのエッセイを読むと、何だかリラックスできます。

鋭い観察眼とか美しい風景描写とか、そういうものを越えて単に楽しい。

それもまた読書のひとつの楽しみだと思います。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

そう言えば日本では村上春樹の<ノルウェイの森>が大ベストセラーでしたね

昨夜、夕食の時バンドが入っていて、サービス係がリクエストをと言うのでビートルズの<ノルウェイの森>をやってもらいました。そう言えば日本では村上春樹の<ノルウェイの森>が大ベストセラーでしたね。東京を発つ前に、ローマから帰国した村上氏と夕食をしたことを思い出しました。彼はまだノルウェーにもオスロにも来たことはないとおもうので、今度すすめてみます。(「オスロより」)

「たびたびの旅」はノルウェーを訪れたときのエッセイ「オスロより」から始まります。

「もしかしたら世界の首都の中でも、もっとも都会化されていない街」なのかもしれないという、オスロのホテル。

夕食時にはバンド演奏が入っていて、水丸さんはビートルズの「ノルウェイの森」をリクエストします。

ちようど、日本では村上春樹さんの「ノルウェイの森」が大ベストセラーとなっていることを水丸さんは思いだしますが、おそらく、これは順番が逆でしょう。

旅に出る前に一緒に夕食をした村上さんのことを思い出しながら、水丸さんは「ノルウェイの森」をリクエストしたのではないでしょうか。

それにしても、ノルウェイのオスロで聴く「ノルウェイの森」、すっごく贅沢ですよね。

今、ぼくのいる喫茶店の窓からは、古い橋と呼ばれているカール・テオドール橋が見えます

今、ぼくのいる喫茶店の窓からは、古い橋と呼ばれているカール・テオドール橋が見えます。茶色の石でできた橋が、日本の眼鏡橋みたいに川に映り、輪をつくっています。喫茶店の壁には、学生たちの卒業記念らしい古い写真が飾られています。(「ハイデルベルク」より)

西ドイツのネッカー川のほとりにある喫茶店で、水丸さんは手紙を書いています。

「今、ハイデルベルクは初夏で、新緑がさわさわと風に吹かれています」なんて書いてあるのを読んだところで、旅っていいなあと、しみじみ感じました。

旅先で楽しみのひとつと言えば、見知らぬ街の喫茶店でコーヒーを飲むことでしょう。

そこが有名な観光地であれ、人知れぬ住宅街の片隅であれ、喫茶店には、街の人々が過ごしてきた時間が積み上げられているような気がします。

喫茶店でコーヒーを飲んでいるだけで、あたかも、街の息吹きが感じられるような。

「喫茶店の壁には、学生たちの卒業記念らしい古い写真が飾られています」というところで、僕は再び、旅っていいなあと思いました。

銀座のママは有名な俳人、鈴木真砂女さんだった

「卯波」では、いつも鯵のたたき揚げと和風シューマイを食べ、ビールからはじまる。二つの肴は、「卯波」の名物料理なのだ。着物の似合う小柄なママさんは、八十をすぎているというのにいつも元気でしゃきしゃきしている。育ちの良さというのか、彼女の魅力ある笑顔を見るため、ついつい銀座に足が向くといったことがある。(「銀座の路地と俳人のママ(銀座一丁目)」

「銀座の路地と俳人のママ」というタイトルを見たとき、水丸さんも鈴木真砂女さんのお店に通っていたんだあ、と嬉しくなりました。

鈴木真砂女さんといえば、「羅や人悲します恋をして」の代表句で知られる女流俳人で、「人悲します恋をして」という著書もあります。

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鈴木真砂女さんの実に様々な人生経験については、著書の中で詳しく語られていますが、そんな彼女の職業は、銀座の飲み屋の女主人でした。

俳人ママのお店ということで、文化人が集まるお店だったと聞いたことがありますが、水丸さんも最初は「世界でナンバー1の広告代理店」で「東大法学部を卒業」した「超エリートのSさん」に、このお店を案内されたそうです。

Sさんは「どことなく文士といった風貌」を持つ「正統派インテリ」で、鈴木真砂女さんの「卯波」には、こういうインテリな方々が、夜ごと集まっていたのでしょうね。

いつか行ってみたいお店でした。

読書感想こらむ

文学というのは疲れるものです。

読書を趣味としている以上、当たり前のことなんですが、時には息抜きがしたくなる。

水丸さんのエッセイは、そんなとき本当にリラックスさせてくれます。

プロの文筆業の人ではない、イラストを職業とする人のエッセイだからこその親しみやすさがあるのかもしれません。

後半は東京都内の飲み屋の話が多くて、これはもはや旅とも呼べないのでは?などという疑問はさておき、ちょっと日常を離れる感覚を純粋に楽しみたいエッセイ集です。

オフの時間を過ごしたい人におすすめ。

まとめ

「たびたびの旅」は、安西水丸さんのエッセイ集です。

一応「旅エッセイ」ですが、東京都内で酔っぱらっている話も多数あり。

水丸さんのイラスト満載です。

著者紹介

安西水丸(イラストラーター)

1942年(昭和17年)、東京生まれ。

電通や平凡社を経て独立。

「たびたびの旅」刊行時は56歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。