日本文学の世界

石割透「芥川竜之介随筆集」都会の文士はなぜ孤独を愛したのか

石割透「芥川竜之介随筆集」都会の文士はなぜ孤独を愛したのか

芥川龍之介さんの随筆集を読みました。

小説に劣らない、傑作が満載です。

書名:芥川竜之介随筆集
編者:石割透
発行:2014/3/14
出版社:岩波文庫

作品紹介

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「芥川竜之介随筆集」は、石割透さんの編纂による随筆集です。

志賀直哉は、芥川の死を受けて「暫く小説の筆を放ち、随筆の執筆を自由に愉しむ境地に遊んでいれば良かったのに」と記し、久米正雄も「エッセーを書かしておけば、実際古今独歩の文人だと云う気がします」と発言するなど、芥川の随筆は、文士仲間たちからも高く評価されていたそうです。

本書は、本格的な随筆をはじめとする芥川の散文が、非常に幅広く収録されています。

あらすじ

「芥川竜之介随筆集」は、全部で7つの大きな章で構成されています。

編纂者である石割透さんの解説によると、Ⅰ章では、芥川の育った環境を扱った回想記、Ⅱ章は「雑筆」「点心」「澄江堂雑記」など芥川の随筆の中核をなすもの、Ⅲ章は1923年から発表された「侏儒の言葉」に似た、短章を連ねる形式の作品、Ⅳ章は芥川の文学について知るには基本的な、度々引用もされる馴染み深い文章、Ⅴ章には文学的な評論、Ⅵ章には夏目漱石をはじめとする文壇交友録、最後のⅦ章には関東大震災での芥川の感想が収められています。

目次///「Ⅰ」大川の水/あの頃の自分の事/追憶/本所両国///「Ⅱ」雑筆/点心/澄江堂雑記/野人生計事///「Ⅲ」動物園/僕は/都会で/東北・北海道・新潟///「Ⅳ」私と創作/「昔」/文学好きの家庭から/眼に見るような文章/小説を書き出したのは友人の煽動に負う所が多い/芸術その他梅花に対する感情/わが俳諧修業/小説作法十則///「Ⅴ」漢文漢詩の面白味/仏蘭西文学と僕/「井月句集」の跋/長崎小品/鏡花全集目録開口/発句私見/徳川末期の文芸/「道芝」の序///「Ⅵ」漱石山房の秋/合理的、同時に多量の人間味/森先生/漱石山房の冬/恒藤恭氏/飯田蛇笏/佐藤春夫氏/久保田万太郎氏/学校友だち/田端人/滝田哲太郎氏/萩原朔太郎君/内田百間氏///「Ⅶ」大震に際せる感想/古書の焼失を惜しむ/鸚鵡/廃都東京/震災の文芸に与うる影響/東京人/妄問妄答///隅田川周辺地図/解説(石割透)/初出一覧/注解(石割透)

古今東西にわたる深い学識に根ざした鋭い批評、気品に富む機知とユーモア、友人に対する優し過ぎる感情、創作に賭ける決意、郷里への想い…。厳しく完成された小説の奥に秘められた、芥川竜之介の柔らかな素顔を垣間見せる随筆を、精選してまとめる。(カバー文)

なれそめ

僕は随筆を読むのが好きです。

随筆とは何か?を議論し始めると、なかなか難しいのですが、ともかく僕は随筆が好きです。

多くの読書好きの方は、有名な代表作品などを中心に読むと思いますが、僕は、むしろ、あまり有名ではない(というよりも、ほとんど知られていない)随筆から読み始めることが多いです。

もちろん、代表作品を読み終えた後で、随筆を読む場合もあります。

芥川龍之介の随筆をまとめて読むというのも、今回の岩波文庫が初めてでした。

著名な文豪の随筆集というのは、豪華なデザートみたいな感じがして、とても贅沢だと思いました。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

随筆は清閑の所産である

随筆は清閑の所産である。少なくとも僅に清閑の所産を誇っていた文芸の形式である。古来の文人多しと雖も、未だ清閑さえ得ないうちに随筆を書いたと云う怪物はいない。しかし今人は(略)清閑を得ずにさっさと随筆を書き上げるのである。いや、清閑を得ずにもではない。寧ろ清閑を得ない為に手っとり早い随筆を書き飛ばすのである。(「野人生計事」1924年)

そもそも、随筆とはひとつの文学的な形式でしたが、明治以降、文学としての随筆の地位が著しく低下したと言われています。

かつての日本は「枕草子」や「徒然草」など、名作と呼ばれる随筆集を生み出してきましたが、西洋文学が幅を利かせるようになった近代は、長篇小説が重視される一方で、随筆のような形式の作品の肩身は、だんだん狭くなっていったようです。

そのことをしっかりと意識していた芥川さんは「清閑を得ずにさっさと随筆を書き上げるのである」「寧ろ清閑を得ない為に手っとり早い随筆を書き飛ばす」と、現代(大正時代)の文学者を皮肉っています。

随筆文学とは何かということの、ひとつの提案が、ここには示されているような気がします。

我々と前後した年齢の人々には、漱石先生の「それから」に動かされたものが多いらしい

我々と前後した年齢の人々には、漱石先生の「それから」に動かされたものが多いらしい。その動かされたと云う中でも、自分が此処に書きたいのは、あの小説の主人公長井代助の性格に惚れこんだ人々の事である。その人々の中には惚れこんだ所か、自ら代助を気取った人も、少なくなかった事と思う。(「点心」1921年)

夏目漱石の小説「それから」は、当時ベストセラーとして社会的な反響を呼び、主人公の高等遊民・長井代助の模倣者が多数あったことが、芥川さんの随筆では紹介されています。

もっとも、長井代助のような生き方をする人間は「我々の周囲を見廻しても、滅多にいなそうな人間である」「彼等のような人間は、滅多にいぬのに相違ない」と、芥川さんは指摘しています。

誰もが憧れる人間であって、どこかにはいそうだけれど、実際にはいない。

そんな人間だからこそ、誰もが長井代助の模倣者になったと、芥川さんは綴っていますが、多くの若者に影響を与えた夏目漱石の「それから」という作品は、やっぱり凄いんだなあと思いました。

ちなみに、夏目漱石の「それから」が新聞に連載された1909年(明治42年)、芥川龍之介は17歳でした。

いかにも影響を受けそうな年頃ですよね。

夏目漱石「それから」あらすじと感想と考察
夏目漱石「それから」親友の人妻を愛したアラサー世代の純愛不倫物語夏目漱石の「それから」を読みました。 毎年夏になると読みたくなる小説のひとつですが、今年も夏が終わる前に読むことができました。 ...

孤独を感じるのに善いのは人通りの多い往来のまん中

何かものを考えるのに善いのはカッフェの一番隅の卓子、それから孤独を感じるのに善いのは人通りの多い往来のまん中、最後に静かさを味うのに善いのは開幕中の劇場の廊下、…(「都会で」1927年)

芥川龍之介という作家は、こういう記の利いたフレーズの創作に関しては、本当に天下一品だと思います。

芥川さんの他で言うと、太宰治と村上春樹が、フレーズづくりの名人だという気がしますが、太宰さんや村上さんと違って芥川さんの言葉には、気取りというものがありません。

極めて自然体で、さらりと言葉を流している。

その辺りは、東京生まれの東京育ちという都会っ子のスマートさなのかもしれませんね。

生まれながらに洗練されているというのは、芥川さんの文学にとっても大きな武器であって、それは随筆もまた同じです。

大正から昭和にかけての東京が、芥川さんの随筆の中ではたくさん登場しています。

読書感想こらむ

芥川龍之介は随筆の名手である。

そんな話は、あまり聴いたことがないけれど、この随筆集を読むと、随筆に対する芥川さんのこだわりが伝わって来て、決して駄文を書き散らしているのではない、芥川さんの随筆の文学性の高さを思い知らされます。

小説も大事だけど、随筆もまた大事。

そんなことを改めて思いました。

そして、あまり知られていない随筆の世界を、これからも極めていきたいと思います。

まとめ

「芥川竜之介随筆集」は、芥川龍之介の随筆作品を幅広く収録した随筆集。

幼少の回想記から文学交友録、関東大震災の感想まで、幅広く綴られる芥川龍之介の世界。

小説だけを読んで満足してはいけない作家だ。

著者紹介

芥川龍之介(小説家)

1892年(明治25年)、東京生まれ。

1927年(昭和2年)、服毒自殺。

満35歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。