庄野潤三の世界

トマス・ヒューズ「トム・ブラウンの学校生活」を少年少女世界の名作文学で読む

トマス・ヒューズ「トム・ブラウンの学校生活」を少年少女世界の名作文学で読む
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庄野潤三「エイヴォン記」の中で、近所の清水さんからエイヴォンという名前の薔薇の花をもらった庄野さんが、妻に向かって、こう話す場面がある。

エイヴォンといえばイギリスの田舎を流れている川の名前だ。ほら、『トム・ブラウンの学校生活』のなかで、トムが学校の規則を破って釣りをする川が出て来るが、あの川の名がエイヴォンだよ。(庄野潤三「エイヴォン記」)

「エイヴォン」は、こうしてフーちゃんシリーズ最初の作品のタイトルとなり、『トム・ブラウンの学校生活』というイギリスの小説も、『エイヴォン記』の「エイヴォンの川岸」という題名の随筆で、詳しく紹介されているが、この『トム・ブラウンの学校生活』(岩波文庫、トマス・ヒューズ作、前川俊一訳)は、現在では入手が難しい書籍らしく、古本屋を探してもなかなか見つからない。

ところが、小学館の『少年少女世界の名作文学(イギリス編2)』の中に、『トム・ブラウンの学校生活』が、簡単な物語としてではあるけれど収録されているということが分かった。

今回、初めて『トム・ブラウンの学校生活』を読んだので、ここに書き留めておきたい。

パブリック・スクールでの学校生活を描く

ブラウン家は、イングランドの西部、いわれのある古いウィンザー宮殿で有名な、バークシャー州にある旧家であった。村のまわりを、白馬が丘という小高い山やまに囲まれていたので”白馬が谷”といわれていた。トムの生まれたころは、そう、今から百四十年ばかり前のことだが、この村にはまだ鉄道も開通していなかった。村には、たったひとつの大きな道があって、その道を、駅馬車が日に何度か通るだけの不便な村だった。(「(一)やんちゃなトム=ブラウン」)

『少年少女世界の名作文学(イギリス編2)』に収録されている『トム・ブラウンの学校生活』は、後藤楢根の訳で、全15章から構成されている。

第1章は「やんちゃなトム・ブラウン」で、本作の主人公であるトム・ブラウンが生まれたブラウン家は、イングランドの西部、バークシャー州の「白馬が谷」と呼ばれる田舎村にある旧家だった。

自分より年上の人の言うことでも、間違っていることだと思ったら、黙って見過ごすことができないし、自分と意見の違う友だちとは、納得のゆくまで意見を戦わせる、トムは、そんな男の子だった。

トムにはチャリティー・ラムという子守りの少女が附き添っていたが、負けずぎらいで、すばしこくって、ぐずぐずしていることの嫌いなトムは、このチャリティーと喧嘩ばかりしていた。

子守り役はチャリティーからベンジー老人へと引き継がれるが、やがて、トムも私立小学校へ通う年齢となり、さらに11歳のとき、トムはイギリスのウォリックシャー州のラグビーという町にあるラグビーという名前のパブリック・スクールへ入学する。

両親の元を離れて「校長寮」で寄宿舎生活を始めたトムは、イーストやアーサー、マーティンといった仲間たちと、楽しいパブリック・スクール生活を過ごす。

卒業する上級生を送る「歌の会」や、その後の毛布による胴上げ、寮対抗の「散らし紙競争」、理不尽な上級生と戦った独立戦争、友人アーサーを守るための「げんこ試合」など、トムの学校生活は、実に愉快で波乱に満ちたものだった。

庄野さんが清水さんからエイヴォンという名前の薔薇の花をもらって思い出した「『トム・ブラウンの学校生活』のなかで、トムが学校の規則を破って釣りをする川が出て来るが、あの川の名がエイヴォンだよ」のエイヴォン川は、第10章の「さかなつり事件」に登場している。

「エクボン川」と訳されている「エイヴォン川」

ラグビーの町に、エクボン川という川が流れていた。ラグビー校からは二キロそこそこのところにあって、その一区域は、ラグビー校の生徒の水泳場のために借りきっていた。それで、夏になると、トム=ブラウンたちは毎日のように、この川に泳ぎにいった。この川には、うぐいやはやなどのさかながいて、つりもできた。それで、生徒たちは、泳ぎにあきるとつりをたのしんだ。(「(十)さかなつり事件」)

この物語の中で、川の名前はなぜか「エクボン川」と訳されている。

あるいは、地元の人たちの発音によっては、「エイヴォン川」が「エクボン川」と聞こえることもあるのだろうか。

魚釣り事件の概要は、この少年少女向けの物語よりも、庄野さんの「エイヴォン記」で紹介されているものの方が具体的で詳しいが、やんちゃなトムが、禁止されている向う岸で魚釣りをしているところを番人に見つかりそうになって、木の上に登って隠れるところは、やはり楽しい場面であった。

それにしても、「時は初夏の夕刻、羽虫が水面を飛びかい、そいつをねらう大きなはやが、待ちかまえているところに糸をたれるのだから、調子はよい。トムは、たちまちのうちに大きなはやを三匹もつり上げた」などという描写を読むと、トムが実に幸せな環境の中で、生活を送っていたことが伝わってくる。

立派な大学生になったトム・ブラウンの成長物語

ぼくは、クリケットやフットボール、そのほかのゲームの第一人者になりたいよ。腕ずくでは、誰にも負けない強い男になりたい。学校を去るまえに、六級生に進んで校長を喜ばせたい。それから、オックスフォード大学に進学できるだけの、ラテン語とギリシア語を覚えたい。それから、もうひとつ忘れていた。下級生を一度もいじめたこともない、上級生に対して、けっしてうしろを見せたこともない人間”ブラウン”という名を学校に残したい。(「(十四)アーサーの病気」)

『トム・ブラウンの学校生活』の大きな筋書きとしては、やんちゃだったトム・ブラウンが、真面目な友人アーサーの影響を受けて、少しずつ心を入れ替え、立派な生徒に成長していくというものである。

強い向上心を持つトムは、アーサーとの約束を守って、地道に努力を積み上げ、目標だったオックスフォード大学への進学を果たす。

物語の終わりで、トムは若い先生と話をする中で、校長先生がいかに自分たちのことで心を砕いて、細かい配慮をしてくれていたかという事実を知って感動し、自分はそこまで校長先生をきちんと理解していなかったということを反省する。

シンプルと言えばシンプルな構造ではあるが、正しいものと正しくないものとを明確に区別しながら、トムの成長ぶりを描いているという部分で、『トム・ブラウンの学校生活』は非常におもしろい物語だった。

いずれは、岩波文庫版にも挑戦してみたいと思った。

書名:少年少女世界の名作文学(イギリス編1・2)
監修:川端康成、中野好夫、浜田廣介
発行:1977/5/20
出版社:小学館

 

 

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じゅん
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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。