庄野潤三の世界

庄野潤三「卵」平穏な食卓風景の中に家族の幸せがあった

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庄野潤三「卵」読了。

本作「卵」は、1967年(昭和42年)3月、「朝日新聞」に発表された短篇小説である。

作品集では『丘の明り』(1967、筑摩書房)に収録された。

文庫では『絵合せ』(講談社文庫、講談社文芸文庫)に入っている。

明夫と良二という兄弟の日常を描く

いわゆる「明夫と良二」シリーズ初期の作品で、作中、明夫は中学三年生、良二は小学五年生として登場する。

五人家族の朝食風景をスケッチしたような作品だが、その中に、明夫と良二という兄弟の日常の暮らしぶりがうかがえる。

冒頭、風邪で熱を出して四日も学校を休んでいる良二に、明夫が「むつき、きさらぎ、、、」と、和風の月名を思い出させようとしている。

食べるのが誰よりも早い明夫は、とうに食事を終えていて、食べるのが誰よりも遅い良二の食事を邪魔しているかのようだ。

弟の良二は、よくご飯の途中でおなかが痛くなって、みんなに、「また冷え腹か」とからかわれながら、自分のしいている座布団をおなかに当てて、体を二つに折って、しばらくまるまっている。お尻を上へ立てて、さかさになっていることもある。おさまると、また食卓へ戻る。それで、どうしても長くかかる。おなかいたが起らなくても、大体、食べるのは遅いのである。(庄野潤三「卵」)

食事中に勉強みたいなことをさせるのは消化に良くないのだが、明夫は「いいよ。平気だよ」と澄ましている。

大体、良二はいつでも明夫に、いろいろなことでからかわれていた。

そのせいかどうか知らないが(まだほかにもいろいろ乱暴なふるまいをしていることは、間違いない)、となりの部屋で夜おそくまで起きている和子は、「明ちゃん、やめて」という良二の寝ごとをよく耳にする。寝ごとは、いつも「明ちゃん、やめて」に決っているのだった。(庄野潤三「卵」)

この「寝ごとは、いつも「明ちゃん、やめて」に決っているのだった」というところがいい。

良二の優しくて穏やかな性格と、穏やかな家族の暮らしぶりが、そこはかとなく伝わってくる。

五月の和名をなかなか思い出すことができない良二は、「冬の旅」の中の「おやすみ」という歌をまず思い出してみる。

「おやすみ」は、シューベルトの連作歌曲『冬の旅』の最初の曲名だが、日本語訳のものがあるなんて知らなかった。

「最初に和子が高校の時の音楽の教科書をみながら、ここでうたっているのを聞いた時」とあるから、高校の音楽の授業で習う作品だったのだろう(なにしろ、昭和42年の作品である)。

物語の語り手(庄野さん自身だろう)は、シューベルトの「おやすみ」を聴きながら、どうして『冬の旅』の中に「さつきの花」なんてものが出てくるのだろうと考える。

そもそも、和子が「おやすみ」を歌っていたのは、あれは冬休みの間であったか、それとも、もう学校が始まってからであったか。

「良二が四十雀のあとを追っかけて行ったのは、冬休みで家にいる時だった」と、ここで庄野さんの気持ちは、シューベルトから四十雀へと移っていく。

良二は、四十雀を捕まえるための餌にするつもりで、お小遣いの中で熟した柿を買ってきて、近所の笹やぶに「おとし」をかけておいた。

すると、夜、寝るときになって「柿、食べてあるよ」と明夫が言う。

良二は、明夫が食べたものだと思って「食べないで」と明夫に言った。

いつの間にか、話がまた、明夫と良二のエピソードに戻ってきている。

家族の幸せを感じている父親の温かな視線

良二は、ようやく十二月までを言い終えて、手をつけずに残してあった半熟卵に取りかかった。

お箸をさかさに持って、卵をかるく叩く。それから皮をむく。全部むいてしまったのを人差し指と親指ではさんで、押えたり、ゆるめたりする。すると、卵がちぢまったり、のびたりする。「ちょっとやらせて」と明夫がいった。(庄野潤三「卵」)

まるで散文詩のように、物語の主題が描かれているところがいい。

このあと、明夫は良二と、再び愉快な揉めごとを起こすのだが、そんな兄弟間の小さな揉めごとの中にも、家族の幸せを感じている父親の温かな視線がある。

平穏な暮らしをしているからこそ、こんな小さな揉めごとにも目が行くのだろうか。

朝の食卓風景の中に家族の幸せがある。

書名:丘の明り
著者:庄野潤三
発行:1975/4/25(新装版)
出版社:筑摩書房

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。