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高田渡「バーボン・ストリート・ブルース」酔いどれ人生に嘘はない

高田渡「バーボン・ストリート・ブルース」酔いどれ人生に嘘はない

ガンコであり続けた男のあっぱれ人生!

世の流行に迎合せず、グラス片手に歌い続けて40年。

いぶし銀のような輝きを放ちつつ逝った、フォークシンガー高田渡の酔いどれ人生記。

書名:バーボン・ストリート・ブルース
著者:高田渡
発行:2008/4/9
出版社:ちくま文庫

作品紹介

「バーボン・ストリート・ブルース」は、伝説のフォークシンガー・高田渡さんが綴った自伝&エッセイ集です。

単行本は2001年8月に「山と渓谷社」から発行されていましたが、渡さんの没後に「ちくま文庫」で文庫化されました。

「序章 自衛隊に入ろう」「第一章 貧乏なんて怖くはない」「第二章 初めてのレコードからかれこれ三十年」くらいまでがいわゆる自伝、「第三章 普通の人々の生活を歌に」はフォークソング論、「第四章 旅のおもしろさはなんといっても人と街」は旅行の回想記、「第五章 文化鯖が好き」は映画や文学についてのカルチャーエッセイ、「第六章 街の記録写真家」は写真論&写真作品集、「第七章 今日も僕は『いせや』で焼酎を飲む」は酒エッセイと、非常に幅広い構成になっているのが特徴。

巻末に著者による「あとがき」のほか、スズキコージさんの「解説」、「ディスコグラフィ・年譜」が収録されています。

なお、書名の「バーボン・ストリート・ブルース」は、1977年に発表されたアルバム「ヴァーボン・ストリート・ブルース」に由来しています。

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なれそめ

いちばん最初に聴いた渡さんの曲は「自衛隊に入ろう」でした。

フォークソングが社会を変えるんだと、みんなが信じていた時代の、攻撃的なこの曲で瞬間的に高田渡のファンとなった僕は、あっという間にアルバムを買い揃えてしまいました。

2005年、高田渡は56歳という若さで逝ってしまうのですが、今となっては、このような本を残してくれていて、本当に良かったなあと思います。

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本の壺

お酒のフォークシンガーとして知られる高田渡さんですが、本書からは渡さんの持っていたいろいろな顔が見えてきます。

高田渡のバックボーン

本書の前半は、高田渡というミュージシャンが生まれたバックボーン、つまりは極めて個人的な歴史が綴られています。

初期の渡さんの作品は「プロテストソング」として知られていますが、渡さんの「プロテストソング」は理屈の中で生まれたものではなく、困窮の暮らしを経験したという実体験が大きな背景となっています。

早くに妻を亡くした父は、子どもたちと一緒に流浪の旅を続け、東京深川にある父子寮に流れ着きます。

小学校の卒業式で「君が代」を歌わない、中学校では学生服を着ないという渡さんは、かつて共産党員だった父の影響を色濃く受けていたようです。

中学校卒業後、「赤旗(当時はアカハタ)」を印刷していた印刷会社で文選工として働いた後、苦学しながら定時制高校を卒業します。

父の信条は「貧乏はしてもいいけど、慣れ親しんではいけない」というものでした。

貧乏に慣れ親しんでしまうと、いつの間にか「まあいいや」と思えるようになり、それはそれで楽に生きていけるかもしれないが、それではいけないと、渡さんの父は考えていたそうです。

そんな環境で育ったからなのか、渡さんの昔話には悲惨なものが多いのに、悲壮感はあまり感じられません。

「いつも前向きに、貧乏でも明るさは失わず」が渡さんの生き方でした。

今でもときどき、兄と当時のことを話すことがある。「深川にいるとき、オレたちは落ちるところまで落ちてドン底まで行ったから、なにが来ても怖くはない」と。まわりに住んでいるのもまた、ほんとうに貧乏を絵に描いたような人たちばっかりだった。(高田渡「バーボン・ストリート・ブルース」)

高田渡の音楽仲間

30年以上も音楽を続けてこられたのは、親しい仲間に何度も救われてきたからだと、渡さんは綴っています。

デビュー当時、よく部屋に遊びにきていたメンバーとして、中川五郎、中川イサト、松田幸一、シバ、岩井宏、加川良の名前がありました。

特に、中川五郎さんとは仲が良かったらしく、二人で京都の喫茶店をハシゴして歩いたということで、そんなときにできた曲が「コーヒーブルース」だったそうです。

プロテストフォークの時代が過ぎても、渡さんは淡々と自分の歌を歌い続けます。

1993年に「ハウス・シチュー」のコマーシャルソングを歌ったときには、1年分のシチューの素が送られたそうですが、肉や野菜も送って欲しかったと、渡さんは言っています(笑)

そんな渡さんにとって「歌は古い家」

これは、ピート・シーガーの有名な言葉ですが、器さえしっかりとしているなら、その中のものはどんどん変えていくべきだという意味で、だからこそ渡さんは、昔の曲を新たに録音し直しているのだそうです。

普通の人々の日常を歌うというスタンスは、昔も今も変わらない。そして二十年以上も前につくった歌を、僕は今も歌い続ける。その歌は、時代を経ることにより、また違った命を与えられるような気がする。歌というのは古い家だ。(高田渡「バーボン・ストリート・ブルース」)

高田渡の写真

本書の最大の見せ場、それはもしかすると、高田渡さんが撮影したという数々の写真作品なのかもしれません。

「街の記録写真家」とも称された渡さんの写真は、一瞬の路上をとらえた鋭いストリートスナップで、完全に素人の域を飛び越えています。

写真家の木村伊兵衛さんを好きだというだけあって、渡さんの写真は、木村伊兵衛ばりに時代の証言者としての視点を持って、街の風景と対峙しているかのようです。

僕がカメラに惹かれたのは、一本のギターから奏でられる音楽が弾く人によって異なるように、一台のカメラで写された写真も、写す人によってすべて違ったものになるからだった。きわめて、現代的な道具なのに、その人の性格が必ず出るのだ。(高田渡「バーボン・ストリート・ブルース」)

読書感想コラム

渡さんってやっぱりいいな。

「自衛隊に入ろう」「東京フォークゲリラの諸君を語る」のように尖ったプロテストソングが好きだったけれど、「生活の柄」「コーヒーブルース」のような名曲はやっぱりいい。

「ヴァーボン・ストリート・ブルース」とか「フィッシング・オン・サンデー」なんかは、昔より今の方がずっと好きになっている。

渡さんが亡くなってしばらくしてから、友部正人さんの「朝の電話」という曲を聴いた。

「♪君が倒れたって聞いてから朝の電話がこわかった~」という歌い出しを聞いただけで、これは渡さんのことを歌っているって分かった。

死んでしまっても、他の人が歌っていても、渡さんは渡さんなのだ。

渡さんの古いレコードを聴きながら、僕は今、渡さんの書いた「ヴァーボン・ストリート・ブルース」を読んでいる。

「棺が霊柩車に納められたとき、誰からともなく拍手が起きたという渡さん。

「君はまだそこにいる」。

そう、あなたはまだ「そこにいる」のだ。

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まとめ

壮絶な人生を明るく飄々と生き抜いてみせた伝説のミュージシャン

最初から最後まで、彼は何も変わらなかった。

最初から最後まで、高田渡は高田渡であり続けたのだ。

著者紹介

高田渡(ミュージシャン)

1949年(昭和24年)、岐阜県生まれ。

1969年(昭和44年)、レコードデビュー。

本書出版時は52歳だったが、2005年(平成17年)、公演先の北海道で客死。

享年56歳。

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じゅん
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札幌在住の文化系社会人。文学散歩とカフェ読書を楽しんでいます。札幌中央図書館の2階辺りに棲息中。