日本文学の世界

夏目漱石「それから」親友の人妻を愛したアラサー世代の純愛不倫物語

夏目漱石「それから」あらすじと感想と考察

夏目漱石の「それから」を読みました。

毎年夏になると読みたくなる小説のひとつですが、今年も夏が終わる前に読むことができました。

ちゃんとした文学って、やっぱり良いですね。

書名:それから
著者:夏目漱石
発行:1953年10月5日
出版社:角川文庫

作品紹介

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「それから」は夏目漱石が書いた長編小説です。

1909年(明治42年)6月27日から10月14日まで朝日新聞に連載され、単行本は1910年(明治43年)1月に春陽堂から刊行されました。

漱石は、新聞連載の予告の中で、この小説について「いろいろな意味においてそれからである」と書いていますが、一般的に「それから」は好きな女性との恋愛が成就しなかった青春小説「三四郎」の続編と言われています。

また、人妻と不倫の恋に落ちた「それから」の続編として「門」があり、「三四郎」「それから」「門」を三部作と考えることが通説となっています。

なれそめ

夏目漱石の「それから」は夏を舞台にした長編小説です。

6月から10月まで新聞に連載されていたためと思われますが、全体に夏の季節感に溢れているので、日本の夏を味わいたいときにぴったりの作品なのです。

漱石の代表作であり、日本において超メジャーな作品なので、内容はもちろん頭の中に入っているのですが、何度も読み返したくなる小説だと思います。

今回は、角川文庫の平成5年版で読みましたが、表紙イラストがわたせせいぞうさんです。

当時、一連の漱石作品の表紙をわたせさんが手掛けていたようなので、ブックオフで見つけるたびに少しずつ買い集めています。

この夏はスマホの壁紙も、わたせせいぞうさんの「それから」のイラストを使っていました(笑)

あらすじ

三部作の前作『三四郎』で描かれた淡い恋愛は、この作で、より深刻な人間的苦悩にいろどられる。

自然の情念に引きずられ、社会の掟に反して友人の妻に恋慕をよせる主人公の苦しみは、明治四十年代の知識人の肖像でもある。

三角関係の悲劇を通して漱石が追及したのは、分裂と破綻を約束された愛の運命というテーマだった。

明治四十二年作。

(背表紙の紹介文より)

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

三十になって遊民として、のらくらしているのは、いかにも不体裁だな

「三十になって遊民として、のらくらしているのは、いかにも不体裁だな」代助は決してのらくらしているとは思わない。ただ職業のためにけがされない内容の多い時間を有する、上等人種と自分を考えているだけである。(夏目漱石「それから」)

「それから」は不倫をテーマにした恋愛小説ですが、主人公・代助のライフスタイルが、もうひとつの大きなテーマになっています。

大学で高等教育を学んだものの卒業後は特に定職に就くこともなく、父親から経済的援助を受けながら本を読んだり歌舞伎を観たりして過ごす自分の生き方を、代助は非常に大切にしています。

学生時代の親友である平岡が、生きるために必死で働いている様子を見ては「僕はいわゆる処世上の経験ほど愚なものはないと思っている。苦痛があるだけじゃないか」とか「むろん食うに困るになれば、いつでも降参するさ。しかし今日に不自由のないものが、なにを苦しんで劣等な経験をなめるものか」などと批判します。

代助にとって「生活の堕落は精神の自由を殺す点において彼のもっとも苦痛とするところ」でした。

しかし、「僕から言わせると、これほどあわれな無経験はないと思う。パンに関係した経験は、切実かもしれないが、要するに劣等だよ」とまで断言する代助の信念は、やがて、平岡の妻・三千代との恋愛が展開していく中で、切実で大きな問題となっていきます。

「僕の存在にはあなたが必要だ。どうしても必要だ」

「あんまりだわ」と言う声がハンケチの中で聞こえた。それが代助の聴覚を電流のごとくに冒した。代助は自分の告白が遅すぎたということをせつに自覚した。打ち明けるならば三千代が平岡へ嫁ぐ前に打ち明けなければならないはずであった。(夏目漱石「それから」)

代助にとって三千代は、学生時代の親友の妹で、この兄妹と代助とはまるで家族のように深い付き合いをしていました。

「兄は趣味に関する妹の教育を、すべて代助に委任したごとにみえた」ほどでしたが、その兄が亡くなった後、代助は平岡の申し出を受けて、平岡と三千代との結婚を仲裁します。

平岡との結婚生活に苦しむ美千代の姿を見て、結局、代助は平岡から三千代を略奪することを決意しますが、不倫の恋は「三千代以外は、父も兄も社会も人間もことごとく敵であった。彼等は赫々たる炎火のうちに、二人を包んで焼き殺そうとしている」ことにまでなります。

代助の不倫は、平岡の訴えにより、たちまち家族の知るところとなり、家族の怒りを買った代助は断絶を言い渡されてしまいました。

こうして経済的援助の道を断たれた代助は「パンを離れ水を離れた贅沢な経験をしなくちゃ人間の甲斐はない」とまで考えていた自分の信念を棄てて、仕事を求めざるを得ない状況へと追い込まれていくことになるのです。

焦げる焦げる。ああ動く。世の中が動く。

煙草屋の暖簾が赤かった。売出しの旗も赤かった。電柱が赤かった。赤ペンキの看板がそれから、それへと続いた。しまいには世の中が真っ赤になった。そうして、代助の頭を中心としてくるりくるりと炎の息を吹いて回転した。代助は自分の頭が焼きつけるまで電車に乗って行こうと決心した。(夏目漱石「それから」)

家族から断絶された代助は「僕はちょっと職業を探して来る」と言うやいなや、街へ飛び出し、炎天の街の中、焦げる心持を感じながら「焦げる焦げる」「ああ動く。世の中が動く」とつぶやきます。

「自分の頭が焼きつけるまで電車に乗って行こうと決心した」で終わるラストシーンは、代助の人生が、次のステージへと進んだことを暗示しているものでしょう。

最後に残るのは、自分のライフスタイルをすべて失うと分かっていながら、愛する女性との禁断の愛に生きる道を選択した、代助の純愛です。

「お前には誠実と熱心が欠けている」と父親から非難されていた代助が、三千代との愛を前にしたときに初めて、自分なりの「誠実と熱心」を行動してみせることになるわけですが、「高等遊民」を自認する代助が、その生き方を棄て去ってしまうところに、不倫の愛の重さが描かれていると感じました。

読書感想こらむ

何度も繰り返し読んでいる「それから」ですが、何度読んでも胸の中に響いてくるものがあります。

特に今回は、読み終えた後の余韻が凄くて、その余韻も、読み終えた直後より、時間が経ってからじわじわと湧いてくるものの方が多かった感じです。

大学卒業後も就職せずに親の援助を受けて暮らす「高等遊民」の生き方は、令和の現代ではちょっと理解しにくい部分がありますが、「パンを離れ水を離れた贅沢な経験をしなくちゃ人間の甲斐はない」という代助の主張は、確かに一理ある主張でしょう。

そして、そんな代助の哲学も愛の前には非力であったというところに、人間にとって真に大切なものは何かという問題を突きつけられているような気がします。

最近の小説と違って会話が多いわけではなく、表現もいちいち凝っているので、読書慣れしていない人は最初苦労するかもしれませんが、ストーリーとして難解なものではないので、ぜひ一読されることをお勧めします。

一生のうちに一度は読んでおきたい名作です。

まとめ

夏目漱石の「それから」はアラサー世代の不倫物語です。

明治時代の小説ですが、生きることと人と愛することという二つの大きな主題は、現代でも通用する普遍的なテーマ。

夏の情緒感たっぷりなので、ぜひ夏に読みたい小説ですね。

著者紹介

夏目漱石(小説家)

1867年(慶応3年)、東京生まれ。

38歳のとき、「吾輩は猫である」で小説家としてデビュー。

「それから」執筆時は42歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。