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吉屋信子「底のぬけた柄杓~憂愁の俳人たち」俳句に埋もれた数奇な運命

吉屋信子「底のぬけた柄杓~憂愁の俳人たち」名句の影に数奇な運命あり

俳句の世界にも表街道があれば裏街道がある。

晴れやかな歴史に埋もれて消えた歴史がある。

十一人の憂愁なる俳人の物語。

書名:底のぬけた柄杓 憂愁の俳人たち
著者:吉屋信子
発行:1979/6/5
出版社:朝日新聞社

作品紹介

「底のぬけた柄杓 憂愁の俳人たち」は、1964年(昭和39年)7月に新潮社から出版された俳人列伝です。

戦時下から占領期にかけて俳句界と関わった著者の吉屋信子さんが、当時既に忘れられつつあった薄倖の俳人たちに今一度スポットライトを当てて、ルポタージュ的手法の取材を織り込みながら、11人の俳人の生涯と作品とを紹介しています。

ここで紹介されている俳人は、杉田久女「私の見なかった人」、富田木歩「墨堤に消ゆ」、岡本松浜「一身味方なし」、渡辺つゆ「つゆ女伝」、尾崎放哉「底のぬけた柄杓」、高橋鏡太郎「月から来た男」、安藤赤舟・林蟲「河内楼の兄弟」、岡崎えん「岡崎えん女の一生」、石島雉子郎「救世軍士官」、村上鬼城「盲犬」の10編11名。

尾崎放哉や村上鬼城、杉田久女を除くと、現代でもほとんど話題になることのない、歴史に埋もれた俳人たちの名前が並んでいます。

タイトルの「底のぬけた柄杓」は、尾崎放哉の巻のタイトルであり、「底のぬけた柄杓で水を飲まうとした」の句に由来しています。

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なれそめ

古本屋の均一棚でこの本を見つけたとき、最初に僕が考えたことは、「吉屋信子って俳句も書いていたかな」ということでした。

知識の貧しさ故に、吉屋信子さんに対する理解が勉強不足だったわけですが、俳句に関するエッセイだったら、とりあえず買っておこうと思いました。

目次を繰ると、杉田久女に始まり、村上鬼城で終わるという構成で、ちょうど中間に尾崎放哉の名前が見えます。

よくある名句解説の類だと簡単に考えて、帰って読み始めたわけですが、、、

今にして思うと、3人以外の俳人の名前にぴんと来なかったということさえ意識の外で、その理由は本書を読み進めていくうちに理解することとなりました。

本の壺

数奇な運命を知る

本書は、それが執筆された当時(昭和30年代、幅広い言葉で言うと「戦後」)、既に歴史に埋もれつつあった俳人を再評価する形で紹介されています。

例えば「足袋つぐやノラともならず教師妻」の句で知られる杉田久女。

彼女は大正から昭和初期にかけて、高浜虚子門下で活躍した女流俳人の一人で、一時期は俳句誌「ホトトギス」の常連として知られていました。

しかし、他の女流俳人に対する攻撃的な奇行が目に余るようになり、太平洋戦争が始まる直前の頃に「ホトトギス」を除籍され、以降、俳句界から姿を消します。

著者の吉屋信子さんは、戦後の杉田久女の跡をたどり、精神分裂症の病名によって、福岡県の保養施設で彼女が亡くなるまでの生涯を紹介します。

また、現在では放浪の俳人として人気のある尾崎放哉についても、生涯の友人であった荻原井泉水を取材し、大正15年に小豆島の小さな庵で一人寂しく亡くなるまでの境遇を解き明かそうとしています。

女性の筆者に理解できなかった放哉ですが、彼の句「底のぬけた柄杓で水を飲まうとした」を詠んだときに、彼女は放哉の無茶苦茶な人生を理解できたような気になります。

放哉は最後まで底のぬけた柄杓を離さずに生き続けようとしていたのだということに。

無名の俳人を知る

本書では、決して著名とは言えない俳人が登場します。

例えば、「つゆ女伝」の主人公である渡辺つゆの兄・渡辺水巴は高名な俳人ですが、妹の渡辺つゆ自身は、俳句の世界においてほとんど知られていない存在です。

つゆは生涯を兄への献身に捧げ、昭和16年10月、太平洋戦争開戦の直前に58歳で亡くなっていますが、その一生は兄・水巴の名前とともに長く記憶されるべきだと思えるくらい、水巴の俳句にとってなくてはならない存在でした。

また、「岡崎えん女の一生」として描かれる岡崎えんも、一般にはほとんど知られていない女流俳人です。

彼女は、永井荷風の「断腸亭日乗」にも度々登場する銀座の飲み屋のおかみで、戦時中は荷風の「食物の恩人」としても記載されている人物でした。

彼女の店「おかざき」は戦前、泉鏡花や久保田万太郎、井伏鱒二、堀口大学、中島健蔵など、多くの文化人の溜まり場となっていましたが、戦時下の空襲で店が吹き飛ばされた後は行方知れずとなっていました。

そんな彼女が再び登場したのは、踏切で列車にはねられて即死した新聞記事が掲載されたときのこと。

老人ホームに入所していた彼女は、仲間に食べさせるお菓子を買うために施設を外出していたところを、不幸な事故に見舞われたのでした。

こうした渡辺つゆや岡崎えん女の存在は、「あとがき」を書いた石塚友二にとっても未知の俳人であり、本書は極めて貴重な記録となっています。

隠れた俳句史を知る

岡本松浜は明治後期の「ホトトギス」で、高浜虚子の信頼を一手に引き受けて、その編集から会計までを担当していた、いわば「ホトトギス」の大番頭でした。

「ホトトギス」に投句される作品を選者でもあった岡本松浜は、慶応大学の学生であった久保田万太郎を初めて見出したことでも知られており、昭和38年5月6日に久保田万太郎が急逝したときには、岡本松浜の名前が記載された追悼文も登場しました。

もっとも、当の岡本松浜は「ホトトギス」の会計時代に、会の公金に手を出して解雇されており、昭和14年に61歳で亡くなるまで困窮の暮らしを極めたと伝えられています。

本書には久保田万太郎の名前が随所で散見されますが、「月から来た男」高橋鏡太郎の回にも久保田万太郎の名前が登場しています。

高橋鏡太郎は、戦後、親友の安住敦とともに、久保田万太郎を擁した俳誌「春灯」の立ち上げに参加した俳人で、昭和37年5月4日、信濃駅近くの崖下で意識不明の状態で発見された後に亡くなりました。

二度も三度も妻に逃げられた鏡太郎は、孤独な人生を新宿の酒場で飲む焼酎で紛らわし、「酔ってアパートへ帰るのも面倒だから」と言っては、信濃駅近くの崖っぷちでひと眠りする夜も珍しくなかったそうです。

鏡太郎が亡くなったとき、その亡骸は行き倒れの行路病者扱いで、身元不明の遺体として焼かれる寸前に、彼の火葬場を探し歩いた俳句仲間に発見されたというエピソードが残されています。

読書感想

「切なすぎる」というのが、本書を読み終えたときの、僕の一番最初の感想でした。

そして次に自分を襲ってきたのが、「自分は何もかもを知らすぎる」という自分自身に対する強い怒り。

どうして自分は今まで、こんなに大切なことを知らなかったんだろうと、呆れかえるような気持ちに落ち込みました。

正直に言って、この本を読むまで知らなかった歴史が、本書にはたくさん登場します。

何となく知っているつもりでいた尾崎放哉のことでさえ、知らないエピソードが次から次へと登場するあたり、自分はまだまだ勉強不足だなと反省することしきり。

同時に「もっともっと勉強しなくてはいけない」という、強い叱咤激励をもらったような気持にもなりました。

自分の一番好きな話は、高名な俳人・渡辺水巴に生涯尽くしたという渡辺つゆの物語

最後まで彼女の良き理解者であり続けた土方花酔が墓石に語りかける「おつゆさんの命日にふさわしい雨だ。あなたは春を知らずに過ぎた秋のさびしい女だった」という言葉は、読む者の胸を打つ美しい場面です。

つゆが遺した「圧し鮨の笹の青さや春の雪」の句も秀逸。

俳句の好きな方には、ぜひお勧めしたい名著です。

まとめ

著者曰く「俳人哀史」。

俳句界に埋もれた俳人たちの貴重なルポタージュとも言えるだろう。

ありきたりじゃない俳人列伝だ。

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じゅん
じゅん
札幌在住の文化系社会人。文学散歩とカフェ読書を楽しんでいます。札幌中央図書館の2階辺りに棲息中。