庄野潤三の世界

庄野潤三「和子・明夫・良二」の三姉弟が登場する全作品(長篇・短篇)

昭和中期、庄野さんは自分の家族をモデルとした家族小説を数多く発表しています。

中でも、長女・長男・次男の三姉弟は、庄野文学の中で大きな役割を果たしていて、この三人がいたから庄野文学があったと言っても過言ではないほど。

やがて、この三人は「和子・明夫・良二」という名前を与えられて、多くの小説に登場するようになります。

実際の家族をモデルにしているので、年代とともに三人が成長していく過程を見るのも、昭和の庄野文学の楽しみと言えるようです。

今回は「和子・明夫・良二」の三姉弟が登場する小説を、長篇・短篇合わせて全作品を御紹介したいと思います。

昭和の心温まる家族小説の世界へ、ようこそ。

鳥(『鳥』)

「群像」昭和38年7月号掲載、単行本『鳥』収録。

和子が中学3年生、明夫が小学5年生、良二が小学1年生で、「和子・明夫・良二」シリーズの原点となった短編小説。

家族の歌をテープレコーダーで録音するなど微笑ましいが、全般に「死」を意識させる場面が多く、庄野さんの家族小説の方向性が、まだ定まっていなかったことを感じさせる。

卵(『丘の明り』)

「朝日新聞」昭和42年3月掲載、単行本『丘の明り』収録。

明夫は中学3年生、良二は小学5年生。

姉の年齢は書かれていないのは、二人の男の子が物語の中心となっているからだろう。

いつも兄にいじめられている良二の寝言は「明ちゃん、やめて」

丘の明り(『丘の明り』)

「展望」昭和42年7月号掲載、単行本『丘の明り』収録。

長男は高校1年生、次男は小学6年生、長女は去年の春に高校を卒業したばかりで、三人に名前は与えられていない。

丘の上の家の周辺が、どんどん開発されていく様子が描かれている。

アメリカ民話「口まがり一家」の話が、冒頭で紹介されている。

雉子の羽(『雉子の羽』)

「文学界」昭和41年12月号~昭和42年12月号連載、単行本『雉子の羽』収録。

父である「蓬田」と細君である「彼女」、大学生である長女「女の子」と高校生の長男「上の男の子」、小学生の次男「男の子」という五人の家族が、自分の見たり聞いたりしたおもしろい話を、「蓬田」が書き留めていくというスタイル。

それぞれの家族が収集してきたエピソードを、ひとつの物語としてまとめることで、高度経済成長期の一般的な庶民の暮らしが見えてくる。

171篇の断片的な物語から構成されている実験的な色彩の強い長篇小説だ。

星空と三人の兄弟(『小えびの群れ』)

「群像」昭和43年2月号掲載、単行本『小えびの群れ』収録。

グリム童話「こわがることをおぼえようと旅に出た話」と、自分の子どもたちのエピソードを関連付けた短篇小説。

長男は高校生、次男は小学6年生、長女の年齢は明らかにされていない。

三姉弟シリーズだが、「和子・明夫・良二」の名前は登場していない。

尺取虫(『小えびの群れ』)

「季刊藝術」昭和43年冬季号掲載、単行本『小えびの群れ』収録

明夫は高校1年生、良二は小学6年生、和子の年齢は明らかにされていない。

和子が採ってきた花の中に尺取虫がいるのが珍しいと言って、家族総出で尺取虫を観察する。

生田の家の庭にある「ムラサキシキブ」が初めて登場。

さまよい歩く二人(『小えびの群れ』)

「文芸」昭和45年3月号掲載、単行本『小えびの群れ』収録。

会社勤めをしてまだひと月にならない和子、中学1年の良二の二人が、展覧会を観に行ったときのエピソード。

グリム童話「水牛の革の長靴」「金の毛が三本はえているおに」が下敷きとして使われている。

高校二年の明夫は、サッカー部の練習があるので、朝早くから学校へ行って留守だった。

戸外の祈り(『小えびの群れ』)

「夫人之友」昭和44年5月号掲載、単行本『小えびの群れ』収録。

良二は中学1年、明夫は高校生、

豆まきの夜に明るい満月を見たエピソードが表題となっている。

豚肉の水たきの時に御飯の上に塩を少しかけておいて、海苔をちぎったのをのせて、水だきのスープをかけて食べる「ざんねん雑炊」の話がいい。

小えびの群れ(『小えびの群れ』)

「新潮」昭和45年1月号掲載、単行本『小えびの群れ』収録。

中学2年の良二が、科学雑誌の付録のブラインシュリンプを飼育する話が中心になっている。

明夫は高校3年生。

庭に出ていた良二に指示をして、枯れた枝を取ってもらったときに、父が「鼠色の細長いお化けが、さまよっていて、そいつをうまくつかまえて、用事をかためて云いつけてやった。いまのは、そんな気分であった」などと考えているところが楽しい。

絵合せ(『絵合せ』)

「群像」昭和45年11月号掲載、単行本『絵合せ』収録。

良二は中学2年生で、明夫はひと月前に高校を卒業したが、大学の入学試験は生憎どこも受からなかったので、予備校の入学手続きをしてきたばかり。

姉の和子は会社勤めをしていて、あと二月とちょっとで結婚して、黍坂というところに借家を借りて住むことになっている。

五人家族がもうすぐ四人家族になるという、その直前の一家の様子を描いた物語。

蓮の花(『絵合せ』)

「文芸」昭和46年1月号掲載、単行本『絵合せ』収録。

兄は高校2年生、弟は中学1年生。

家族で広島旅行をしたときに、親戚と一緒に海辺の宿へ遊びにいったときのエピソードが描かれている。

兄弟に名前はなく、姉が登場していない。

カーソルと獅子座の流星群(「絵合せ」)

「文学界」昭和46年3月号掲載、単行本『絵合せ』収録。

明夫は予備校生、良二は中学3年生、姉の和子はもう結婚しているので、一家が四人家族になった後の物語である。

明夫と良二のおかしな日常が、父親の愛情の眼差しをもって描かれている。

喧嘩しながら仲良しの兄弟がいい。

明夫と良二(『明夫と良二』)

「岩波少年少女の本」シリーズのために書かれた児童文学だが、庄野さんのいつもの家族小説である。

良二は中学3年生、明夫は予備校に通っている。

和子は二年間勤めた会社を辞めたばかりで、この物語の中で結婚して、家を出る。

物語としては「絵合せ」の続編として楽しむことができる、ほのぼのとした長篇小説だ。

一家には「井村家」という名前が与えられている。

野鴨(『野鴨』)

「群像」昭和47年1月~10月まで連載、単行本『野鴨』収録。

和子は結婚して、あまり遠くないところに世帯を持ち、七月の末に男の子が生まれたばかりである。

明夫は一年浪人をしてから大学へ入り、良二は高校一年生である。

「明夫と良二」に続いて、一家には「井村家」の名前が与えられた。

おもちゃ屋(『おもちゃ屋』)

「文藝」昭和48年新年号、4月号~12月号掲載、単行本『おもちゃ屋』収録。

「燈油」「おんどり」「甘えび」「くちなわ」「ねずみ」「泥鰌」「うずら」「おもちゃ屋」の九篇から成る連作短編集。

良二は高校2年生、明夫は大学生。

結婚して黍坂に住んでいる和子は、あと四か月で満二歳になる男の子(正夫)と、下の男の子(竹夫)、二人の母親となっている。

昭和38年の「鳥」から10年が経過し、小学1年生だった良二が高校2年生となり、父親は、二人の孫の祖父となった。

組立式の柱時計(『休みのあくる日』)

「新潮」昭和46年11月号掲載、単行本『休みのあくる日』収録。

明夫は予備校生、良二は中学3年生。

上の女の子が結婚して、五人家族が四人になって最初に迎える冬の話なので、時期的には「明夫と良二」と重なる。

姉の和子はいなくなったが、明夫と良二のエピソードは相変わらず楽しい。

餡パンと林檎のシロップ(『休みのあくる日』)

「文学界」昭和47年1月号掲載、単行本『休みのあくる日』収録。

明夫は予備校生、良二は中学3年生で、相変わらず「昨夜、明ちゃんにおどされる夢をみた」などと言っている。

全部で8篇の日常スケッチから構成された短編小説だが、姉の和子がいなくなって、明夫と良二の存在感が増したような感じがする。

三宝柑(『休みのあくる日』)

「毎日新聞」昭和49年4~6月掲載、単行本『休みのあくる日』収録。

掌篇小説集だが「四月の雨」「暗やみ」では大学生の兄が、「戸じまり」では下の子が、「饅頭」「大家さんの猫」「質問」では結婚した長女が二人の男の子を連れて登場している(上の男の子は数えで四つになる)。

引越し(『休みのあくる日』)

「海」昭和49年7月号掲載、単行本『休みのあくる日』収録。

黍坂の借家にいる和子のエピソードで、和子が別に世帯を持ったことによって、庄野さんの家族小説は「地域小説」とも呼ぶべき幅が生まれた。

和子の話を通して、地域で生きる人々の姿が積極的に描かれている。

葡萄棚(『休みのあくる日』)

「群像」昭和49年10月号掲載、単行本『休みのあくる日』収録。

これも、黍坂で暮らす和子の言葉によって伝えられた地域の人々の物語である。

和子の長男の正夫は、つい四日前に三歳の誕生日を迎えた。

明夫と良二は二人とも大学生で、二人ともサッカーの練習に出かけている。

息子二人が大学生ともなってしまうと、あまり滑稽なエピソードも得にくいのかもしれない。

鍛冶屋の馬(『鍛冶屋の馬』)

「文学界」昭和51年1月~12月連載、単行本『鍛冶屋の馬』収録。

「鍛冶屋の馬」「七草過ぎ」「ユッカ蘭の猫」「花瓶」「草餅」「ココアと筍」「梅の実」「雲の切れ目」「シャボン玉吹き」「納豆御飯」「真夜中の出発」の全十一篇から成る連作短編集。

黍坂に住む和子の話を中心に、地域社会を描いている。

「和子・明夫・良二」を登場人物とする姉弟シリーズの最終形で、家族小説は発展的に解消したと言っていいだろう。

やぶかげ(『屋上』)

「海」昭和51年1月号掲載、単行本『屋上』収録。

『鍛冶屋の馬』の流れに属する地域小説で、近所の小橋さんのところに蛇が出る話を書いている。

庶民の暮らしに「はかなさ」を感じることの多かった庄野さんらしい短篇小説だ。

分れ道の酒屋(『屋上』)

「別冊文芸春秋」昭和51年6月刊掲載、単行本『屋上』収録。

「やぶかげ」同様に、黍坂に住む和子から聞いた話を書いたもので、物語の語り手には「井村」の名前が与えられている。

「妻と一緒に黍坂を訪問した時、近くの鍛冶屋の主人が、要らなくなった競走馬を買って、大事に飼っているという話を和子がした。この馬がどうしているか、聞いてみたい」とあるのは、この物語が『鍛冶屋の馬』の延長線上にあることを示しているからだ。

コルクの中の猫(『屋上』)

「海」昭和52年8月号掲載、単行本『屋上』収録。

黍坂に暮らす和子のところの大家さんのうちのタマがいなくなったというエピソードから始まっている。

長男の明夫は東京のホテルに勤めていて、次男は大学生。

和子は、三人の男の子の母親で、長男の正夫は正月から幼稚園へ通っている。

自分と次男の誕生日(同じ日)に、長男からワインをプレゼントされた作者は「これを機会に、みんなで飲んだ記念にラベルと一緒にコルクも残しておこう。そうすれば、あとで振り返ってみる楽しみが加わる」と書いている。

双眼鏡(『屋上』)

「群像」昭和52年12月号掲載、単行本『屋上』収録。

ホテルに勤めている上の子から聞いた話(アメリカ人の家族の話)を書いたものだが、作者の家族は登場していない。

アメリカ人の一家を描いた家族小説と言うことができる。

三河大島(『屋上』)

「群像」昭和54年1月号掲載、単行本『屋上』収録。

夫婦で海水浴へ出かける話を書いたもの。

「子供が小さい頃は、夏になるとみんなで房州へ出かけた」「長女が結婚したあとも、親戚のいる広島へ出かけて行って、宮島の沖でキスゴ釣りをしたり、船頭さんに船を浜へ着けて貰って泳いだりした年が何度かあるにはあったが、大体そのあたりで終りになった」「まだ家に二人、男の子がいるが、それぞれ勤めを持っているので、自分の休みの日に日帰りで海へ行く」などとあり、かつて毎年海水浴へ出かけていた五人家族が、現在は夫婦二人で海水浴へ出かけるようになった様子が伝わってくる。

まとめ

以上、和子・明夫・良二という三人の子どもたちが登場する庄野文学の作品をご紹介しました。

こうして見ると、三人の姉弟シリーズの物語は、昭和40年代を通して書かれているものの、三人が一緒に暮らしていた昭和40年代前半に、特に良い作品が見られるようです。

言い方を変えると、三人の姉弟シリーズは、兄弟の名を関した「明夫と良二」をピークとしていて、それは、ちょうど長女の和子が結婚して家を出ていく時期と重なっているということです。

昭和40年代後半は、黍坂で暮らす和子から聞いた話を多く作品化していますが、庄野さんの関心は、家族(三人の子どもたち)から、地域社会で暮らす人々へと移行していた時期だったのでしょう。

この後、庄野さんは、大きなテーマの作品を集中して手掛けるようになり、次に家族小説へ戻ってくるのは、足柄山へ引越しをした長女から送られてくる手紙を題材とした『インド綿の服』ですが、この作品の中では、長女の子どもたち(正夫や竹夫)は健在ですが、次男は「たっさん」として登場(しかも「たっさん夫婦」として)するなど、庄野文学晩年の代表作である夫婦の晩年シリーズへの転換の兆しが見られ始めています。

やがて、次男のところに最初の孫娘である「フーちゃん」が生まれた後、庄野さんの家族小説は本格的に復活していくことになるのですが、この辺りの作品については、また別の機会にご紹介したいと思います。

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。