庄野潤三の世界

庄野潤三『旅人の喜び』女の真の幸福な結婚生活のあり方を追求した庄野文学の結晶

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庄野潤三『旅人の喜び』読了。

『旅人の喜び』は、昭和38年に河出書房新社から刊行された庄野さんの作品集で、表題作「旅人の喜び」のほか、「ニューイングランドびいき」「三つの葉」を収録している。

庄野潤三『旅人の喜び』(河出ペーパーバックス)庄野潤三『旅人の喜び』(河出ペーパーバックス)

「旅人の喜び」は、昭和31年5月から翌32年2月にかけて、当時の河出書房から発行されていた雑誌「知性」に連載された作品で、庄野さんにとって雑誌の連載小説は、これが初めての仕事だった。

単行本の帯には「女性の真の幸福とは何か?」「『静物』の著者が全女性におくる傑作長編」と書かれている。

裏表紙には作品紹介があり、「『プールサイド小景』で芥川賞を受賞後、全力を傾けて取り組んだ長編小説」「日常生活の完璧な小説化という庄野文学の神髄を発揮して、『静物』(新潮文学賞)への起点となった記念碑的な名作」と記されているが、「プールサイド小景」や「静物」に比べると、今日では語られることの少ない作品となっている。

「戦争中に青春をすごした女性が、平凡な結婚生活を送りながら、心の深奥に何を秘め、何を求めて生きてゆくのかそれは波瀾であろうか、平安であろうか。女の真の幸福な結婚生活のあり方を追求した庄野文学の結晶である」という紹介文は、次の世代を代表する作家となった立原正秋をイメージさせるけれども、庄野さんは「女性の生き方」を描き続ける道を歩むことはなかった。

『旅人の喜び』裏表紙に作品紹介文が掲載されている『旅人の喜び』裏表紙に作品紹介文が掲載されている

表紙をめくると、巻頭に「作者のことば」が掲載されている。

戦争中に女学生で日の丸の鉢巻をして工場へ通ったような人が、戦後にみなそれぞれ結婚して、子供も生れて、いったいどういう気持で日常生活を送っているのだろう。素晴らしいといえるようなことは少しも起らなくて、これでは詰らないと思っているか。いや、これが当り前で、無事なのが何よりだと思っているだろうか。それとも、その両方とも本当なのだろうか。「旅人の喜び」は、そんなことを考えながら書いた小説であるが、このような疑問は、多分、まともな気持で生きている人に取っては、永遠に続くものかも知れないのである。(「作者のことば」)

「戦争中に女学生で日の丸の鉢巻をして工場へ通ったような女性」は、庄野文学に登場する人妻たちの原風景である。

夫婦小説から家族小説へと、時代に会わせて変化していくスタイルの中で、庄野さんの作品に登場する「妻」や「子どもたちの母」は、みな「戦争中に女学生で日の丸の鉢巻をして工場へ通った」というような原風景を持っている。

晩年になって書かれた「夫婦の晩年シリーズ」に登場する「妻」にも、だから「戦争中に女学生で日の丸の鉢巻をして工場へ通った」原風景があるわけで、そのことを考えると、昭和という時代の長さと、社会の移り変わりの激しさに対し、今さらながら驚かずにはいられない。

あとがきの中で、庄野さんは「丁度一回目の原稿を書いている時に郷里で母が亡くなった」「それまで私は母に会うのを楽しみに帰省していたが、これでその楽しみもなくなった」「私はふだん東京に暮していて、母に会うといっても年に二回くらいであったが、両親がいなくなるとこんなにも身辺がさびしくなるものとは思わなかった」と綴っている。

そして、「この仕事を続けていた間のことを思い出すと、毎月毎月、同じように難渋した記憶しかなくて、『旅人の喜び』という題をつけたことが皮肉に思われるほどだった」「最後に近づくにつれて、私の気持はますますこの題名からほど遠いものになって行った」と、連載当時の苦しみを率直に吐露している。

『旅人の喜び』の紹介文を読む

庄野さんの夫婦小説を好きな人にとって、表題作「旅人の喜び」は必読の作品かもしれないが、自分は、夫婦小説ではない庄野作品が好きだと思った。

それは、本作品集に収められている短篇「三つの葉」(「小説新潮」昭和29年7月号発表)を読んだときにも感じたことである。

本書の中では、ガンビアへ留学したときの体験に基づいて書かれた「ニューイングランドびいき」がいい(「婦人画報」昭和34年9月号発表)。

この作品を読むためだけのために、本書を購入する価値があると思った。

書名:旅人の喜び
著者:庄野潤三
発行:1963/2/25
出版社:河出書房新社

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じゅん
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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。