庄野潤三の世界

庄野潤三「葦切り」梅の匂う日本も亡びてしまうのだろうかと考えました

庄野潤三さんの「葦切り」を読みました。

福原麟太郎さん推薦の名作短編集です。

書名:葦切り(よしきり)
著者:庄野潤三
発行:1992/1/5
出版社:新潮社

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作品紹介

「葦切り」は、庄野潤三さんの短編集です。

庄野さんは「あとがき」の中で、「『葦切り』を書いたのはもう大分前になるが、これがなかなか本にならなかった。これ一つで本にするには枚数が不足しているから」「今度『ガンビア停車場』や『泣鬼とアイルランドの紳士』など五つの短編がたまって後押ししてくれたお陰で新しく一冊の本となったのは、嬉しい」と、「葦切り」が短編集となった経緯について触れています。

タイトル「葦切り(ヨシキリ)」は、河原で見られる鳥の名前で、「ああ、葦切りは結構鳴いてますね」という会話が作品中にも登場しています。

家をはなれ、利根川流域などを転々としながら治水工事に従事してきた、ある地方生活者の戦中戦後を、その短歌をまじえながら絶妙なリズムで描いた佳篇ほか五短編。(帯文)

あらすじ

庄野潤三さんの「葦切り」は、雑誌掲出作品を収録した短編集です。

テーマに統一性はありませんが、どの作品からも庄野文学に共通する「優しさ」や「温かさ」が感じられます。

表題作「葦切り」は、昭和49年の古い作品ですが、雑誌発表時に福原麟太郎さんから「こんどの『葦切り』は、僕はとても傑作だと思うんですね」「これはいいものを見つけたと思いました」と、非常に高い評価を得ていたものです。

葦切り(新潮/昭和49年12月号)
メイフラワー日和(海/昭和59年2月号)
ガンビア停車場(文学界/昭和61年1月号)
失せ物(新潮/昭和55年5月号)
おじいさんの貯金(文藝/昭和57年1月号)
泣鬼とアイルランドの紳士(文学界/昭和58年11月号)

なれそめ

庄野潤三さんの「丘の上に憩いあり」には、庄野さんと福原麟太郎さんとの対談が収録されていて、その中で、福原さんは雑誌で発表されたばかりの「葦切り」について、「僕はとても傑作だと思う」と、庄野さんを激励する発言をしています。

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対談から察するに、それは庄野文学のひとつの系譜である「聞書き小説」であり、土木工事従事者の短歌作品を通して描かれているものと思われました。

早速、僕は「葦切り」を探して読んでみました。

意外だったのは、「葦切り」は短編集であったことです。

しかし、「ガンビア停車場」のように、これも庄野文学のひとつの大きなテーマである「ガンビアもの」が含まれていたので、非常に楽しく思いました。

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読書は次から次へとつながっていくものですね。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、僕の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

神崎の駅に経済警察が入っている時は、旗をちょっと下げておく。何もいない時はいっぱいに上げる。

あの頃は闇屋も素朴なところがありました。堤防の上の見張所の小屋にわれわれがいるわけですが、仕事をやっている時は旗を上げて、休む時は下ろす。結局、いまの工場のサイレント同じようにしていたわけです。ところが、神崎の駅に経済警察が入っている時は、旗をちょっと下げておく。何もいない時はいっぱいに上げる。闇屋さんの方では、それで一遍に分る。そうすると、一ヵ月くらいたってから、向うで米を二升くらい置いて行ってくれるわけです。(「葦切り」)

表題作「葦切り」は、ある堤防工事従事者の回想を元にした、いわゆる「聞書き小節」ですが、一人の土木工事関係者の生きざまからは、利根川流域に生きる人々の暮らしぶりと、戦中戦後の混乱という。ふたつの大きなテーマを読むことができます。

縦軸と横軸がしっかりと絡み合うことで、この短編小説に大きな広がりをもたらしていて、それが「聞書き」の形態を取ることで、繊細なリアリティをあぶり出しているとも感じました。

さらに、主人公がこれまでに作ってきた短歌を織り交ぜながら、その歴史をたどることによって、「聞書き」がただの記録に終わらない、小説としての味わいを生み出しているのではないでしょうか。

オーケストラ・ボックスにはもう楽士の人たちが全員入っていて、思い思い音を出しているのが聞える—あの気分で行きたい。

宝塚の前にちょっとした遠足気分を味わえるのは有難い。いつまでに何をどうしないといけないとか、そろそろあれを考えなくては間に合わないといった、さまざまな「心配苦労」はドンブラコと流して、この道行きを楽しみたい。オーケストラ・ボックスにはもう楽士の人たちが全員入っていて、思い思い音を出しているのが聞える—あの気分で行きたい。(「メイフラワー日和」)

「メイフラワー」は宝塚の演目の題名で、「メイフラワー日和」は、宝塚の公演を見に出かけたときの回想記ですが、テーマは宝塚ではなくて、宝塚に向かうまでの道中を楽しむというもの。

神戸線から宝塚線を利用して宝塚に向かいながら、著者は大阪の街を懐かしい思い出とともに楽しんでいるのですが、宝塚公演に向かう高揚感と、思い出の中の人々の姿が交錯しながら、単なる道中記を超えた物語としての躍動感が生まれています。

それにしても、庄野さんは、こういう日常の中の感情の微妙な起伏を描くのが、本当に上手な作家だと感じました。

テーマの選定や素材の組み合わせ方などを間違えれば、ただの回想記になってしまうと思うのですが、道中記がきちんと文学になっている。

敬愛するチャールズ・ラムの随筆文学を現代に再現した作品だと思います。

それほど前のことではないが、アイルランドの一人の紳士と泣鬼の話が本の中に出て来て不思議な気持がした。

それほど前のことではないが、アイルランドの一人の紳士と泣鬼の話が本の中に出て来て不思議な気持がした。本というのはポウプからブランデンに至る詩人、批評家、随筆家(歴史家のギボンもいる)などの十九篇を選んで訳注を加えた福原麟太郎著『英国近代散文集』(研究社)だが、私の興味を惹いた泣鬼は、アイルランド及びスコットランド高地地方の農民の間に伝えられている超自然的存在で、鳥鳴きのように家人が死ぬ間際に窓の下へ来て泣き声を立てるといわれる。(「泣鬼とアイルランドの紳士」)

庄野さんの小説や随筆には、かなりの回数で、福原麟太郎さんの作品が登場しています。

庄野さんは、よほど福原さんの文章がお気に入りだったんでしょうね。

僕も庄野さんの本を読んでから、福原さんの本を読むようになりましたが、福原さんの随筆は、奥深い知識に裏打ちされた物語みたいで、本当におもしろいと思います。

「英国近代散文集」は、まだ読んだことがないので、古本屋で探してみたいと思います。

それにしても、出典を当たってみたいと思えるような、庄野さんの紹介文も味わい深いんですよね。

読書感想が短編小説にまで膨らんでいくんですから。

読書感想こらむ

「葦切り」は、庄野潤三という小説家の。いろいろな断面を一冊で味わうことのできる、お得な短編集だと思います。

いわゆる「代表作」とはちょっと違うかもしれないけれど、庄野潤三という作家を理解するために必要なものが一式揃っている。

表題作「葦切り」は、市井の人に取材した「聞き書き小説」で、庄野文学ではひとつのスタイルとして確立している分野の短編です。

「メイフラワー日和」は、宝塚公演を観劇に行くまでの道中の様子をエッセイ風に描いた物語で、庄野さんが敬愛するイギリスの随筆家チャールズ・ラムを感じさせる、味わい深い文学作品。

「ガンビア停車場」は、かつて留学していた頃に暮らしていたアメリカのオハイオ州ガンビアの街に関する小品で、「ガンビアもの」と言っていい、庄野文学のひとつの系譜に連なる作品です。

「失せ物」は、いつか長男が手作りしてくれた、野鳥用の脂身を入れて木の枝にぶら下げておくための籠が失くなってしまった話で、これは「夕べの雲」以来の庄野文学の本流とも言える家族小説。

「おじいさんの貯金」は、近所の床屋のおじいさんを描いたもので、家族ものと言えますが、庄野家以外の人間の第三者を主役に据えているという部分で、本短編集では最も物語性の強い作品になっています。

最後の「泣鬼とアイルランドの紳士」は、福原麟太郎さんの著作で読んだ物語を、庄野流に膨らませながら紹介していくという話で、これも庄野さんの作品ではしばしば見られる「読書譚」として位置付けることが可能でしょう。

こうして振り返ると、本短編集に収録された作品は、他のどの作品とも被っていないという特徴があり、庄野文学の裾野の広さを感じさせられるメニューになっていることが分かります。

「いつも同じようなことばかり書いている」という印象のある庄野さんですが、決してそんなことはないということが、この作品集で理解できるのではないでしょうか。

まとめ

「葦切り」は、庄野潤三さんの短編小説集。

表題作「葦切り」は、庄野さんお得意の聞き書きによる人間物語。

アメリカ留学時代の経験を生かした「ガンビア停車場」も収録。

著者紹介

庄野潤三(小説家)

1921年(大正10年)、大阪府生まれ。

1955(昭和30年)、「プールサイド小景」で芥川賞受賞。

「葦切り」刊行時は71歳だった。

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じゅん
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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。