庄野潤三の世界

庄野潤三「さまよい歩く二人」和子と良二とグリム童話がつながっていく

庄野潤三「さまよい歩く二人」あらすじと感想と考察
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庄野潤三「さまよい歩く二人」読了。

本作「さまよい歩く二人」は昭和45年3月号の「文芸」に発表された短篇小説である。

作品集では『小えびの群れ』(1970年、新潮社)のほか、文庫版『絵合せ』(講談社)に収録された。

和子と明夫と良二の三人姉弟が登場する、いわゆる「明夫と良二」シリーズの一篇である

古い童話や昔話を素材として盛り込んでいるシリーズの作品だが、特にグリム童話集を下敷きにしているということでは、「星空と三人の兄弟」(1968)の続編とも言える。

物語は、中学一年の良二と会社勤めをしてまだひと月にならない和子が、展覧会を観に行ったところから始まる(高校二年の明夫はサッカー部の練習で学校へ行っていた)。

1968(昭和43)年10月から12月にかけて、国立西洋美術館では『レンブラントとオランダ絵画巨匠展」が開催されている。

それは二年前、十七世紀のオランダの画家の作品を集めた展覧会に行ったときのことで、お婆さんが椅子に腰かけているところを描いた絵が良かったと、二人は言った。

食堂でサンドイッチを食べた後、二人は動物園へ行って猿を見てから、鳩にピーナッツをやったという。

二人の話しぶりでは、展覧会も良かったことは良かったが、会場を出てから公園の中を連れ立って歩いた時の方が楽しかったように聞こえる。

その後、物語は、グリム童話集にある「水牛の革の長靴」へと続いていく。

それは、「おひまの出た兵隊があちこち歩きまわっているうちに、森の中で迷い子になった一人の狩人に出会って、仲間になるという物語」だった。

空腹のあまり、盗賊の隠れ家に入りこんだ二人は、留守番のお婆さんにかくまってもらい、盗賊たちと食事や酒をともにする。

森の中の盗賊のすみかには、どうして情け深いお婆さんが留守番のようなことをしているのだろう。(略)朱に交われば、赤くなる。よその家へ押し入って金を奪ったり、旅人を待伏せしては身ぐるみはいで、突いたり刺したり吊したりはお手のものという連中と一緒に暮しているのだから、したたか者の婆さんになってもいいはずである。(庄野潤三「さまよい歩く二人」)

童話の筋書きを紹介しながら、あちこちに入っている庄野さんの感想がいい。

物語は、さらに「金の毛が三本はえているおに」という、別の物語へとつながっていく。

「お婆さん」に対する庄野さんの穏やかで温かい眼差し

王様のたくらみにかかって、お后さまへ手紙を届けに行く男の子が、盗賊の住み家へ迷い込んでしまうが、親切なお婆さんの機転で、無事にピンチを切り抜けることができる。

さらに、地獄の鬼の家まで行った男の子は、今度は鬼のお母さんに助けられて、めでたく王様の言いつけを果たして元の世界へ戻ってくる、という物語だ。

盗賊のかしらがお后に届けるという手紙の封を切って読んでみると、この子が着き次第、殺してしまえと書いてある。身分の高い人ほど、手の込んだことを考えるものだ。かしらは男の子を不憫に思い、別の手紙を書いて、すりかえる。着いたら、すぐにお姫さまと結婚させるようにと書いた。危ない橋をわたって生きている人間にも、こういう味のあることをやってのける者がいる。(庄野潤三「さまよい歩く二人」)

「危ない橋をわたって生きている人間にも、こういう味のあることをやってのける者がいる」といったあたり、いかにも庄野さんらしい。

この短篇小説で紹介されているエピソードに共通していることは、いずれの話にも「お婆さん」が登場している、ということである。

「金の毛が三本はえているおに」講談社『少年少女世界文学全集(ドイツ篇(2)』より「金の毛が三本はえているおに」講談社『少年少女世界文学全集(グリム童話集)』より

展覧会の絵画のお婆さん、盗賊の住み家のお婆さん、鬼のお母さん。

そして、こうした「お婆さん」に対する庄野さんの穏やかで温かい眼差しが、この短篇小説をふっくらとした味わいのある作品として仕上げている。

あるいは、庄野さんは、昔話に登場する優しいお婆さんの中に、かつて自分が幼かった時代の母親の姿を、懐かしく思い出していたのではないだろうか。

もしも、本当にそうだとしたら楽しい。

講談社『少年少女世界文学全集(ドイツ篇(2)』

それにしても、庄野さんの小説の中に登場する物語は、どれもみなおもしろい。

庄野さんの小説を読んだ後で、庄野さんが読んだという、その原典にあたってみたくなる。

ちなみに、「金の毛が三本はえているおに」は、講談社『少年少女世界文学全集(ドイツ篇(2)』に収録されている。

講談社『少年少女世界文学全集(ドイツ篇(2)』講談社『少年少女世界文学全集(グリム童話集)』

「星空と三人の兄弟」に登場している「こわがることをおぼえようと旅に出た男の話」も、同じ本の中に入っている物語だ。

講談社『少年少女世界文学全集(グリム童話集)』は、1959年(昭和34年)に刊行された。

ついでに、「さまよい歩く二人」という作品名は、グリム童話の作品名でもあることを記しておきたい(同じ本に載っているので)。

「さまよい歩く二人」講談社『少年少女世界文学全集(ドイツ篇(2)』より「さまよい歩く二人」講談社『少年少女世界文学全集(グリム童話集)』より

 

書名:小えびの群れ
著者:庄野潤三
発行:1970/10/20
出版社:新潮社

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。