外国文学の世界

レイモンド・チャンドラー「かわいい女」解読不能な超難解ミステリー

レイモンド・チャンドラー「かわいい女」あらすじと感想と考察

レイモンド・チャンドラーの「かわいい女」を読みました。

とにかく読み終えた後の余韻がすごい小説です!

書名:かわいい女
著者:レイモンド・チャンドラー (訳)清水俊二
発行:1959/6/20
出版社:創元推理文庫

作品紹介

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「かわいい女」はレイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説です。

翻訳は清水俊二さん。

なお、2010年に、村上春樹さんによる新訳『リトル・シスター』も刊行されています(いずれ、本ブログでも紹介したいと考えています)。

フィリップ・マーロウを主人公とした長編小説の5作目で、1969年(昭和44年)には映画化もされています。

原題は「The Little Sister」(直訳すると「妹」ですが、、、)。

ちなみに、マーロウシリーズの長編小説リストは次のとおり。

大いなる眠り(1939年)/②さらば愛しき女よ(1940年)/③高い窓(1942年)/④湖中の女(1943年)/かわいい女(1949年)/⑥長いお別れ(1954年)/⑦プレイバック(1958年)

本ブログでは『②さらば愛しき女よ』と『⑥長いお別れ』を紹介済みなので、よろしければ併せてご覧ください。

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あらすじ

田舎からやってきた若い女性(オーファメイ・クエスト)が、私立探偵マーロウに、連絡の取れなくなった兄(オリン・P・クエスト)を探すよう依頼するところから、物語は始まります。

オリンの捜索を続ける中で、マーロウはいくつもの殺人事件に巻き込まれていきます。

美しいハリウッド女優(メイヴィス・ウェルド、ドロレス・ゴンザレス)やギャング(泣き虫モイヤー、お天気スタイン)、謎の医師(ヴィンセント・ラガーディ)など、多様なキャラクターが次々と登場して、事件はどんどん複雑になっていきますが、、、

映画の都・ハリウッドを舞台に繰り広げられるハードボイルド・ミステリーです。

失踪した兄を探してくれと、かわいい娘がマ-ロウのもとへあらわれた時、彼は娘の態度の中にある奇妙ないつわりに興味を抱いた。娘のさし出す虎の子の20ドルを受けとって、彼は腰をあげることにした。報酬の多寡は問題ではなかった。それは真実をあばき出すことを天職とする者だけが知る、権力にも金にも女にも屈せずに進む非情のむなしさであった。舞台は映画王国ハリウッド。街の顔役、ギャング、映画女優、愛欲と物欲が十重二十重に錯綜する背景をさぐるマーロウの行く先には、死体と拳銃の雨がふる! 正統派ハードボイルド文学の真髄を示す不朽の名作!

なれそめ

レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウ・シリーズは、僕の大好きなハードボイルド・ミステリーです。

と言っても、ミステリー小説のマニアックなファンというわけでもないので、純粋にフィリップ・マーロウという一人の中年男性(私立探偵)のファンだと言って良いかもしれません。

マーロウの生き様には、男の美学があります。

マーロウの言葉には、男の哲学があります。

大人の男としての自信を失いかけたとき、僕はマーロウが登場する小説を読むことが多いです。

地面を這いつくばるようにして生きているマーロウが、なぜにここまで魅力的で、多くの人々を虜にしているのか。

「男が生きていく上で、本当に必要なものとは何か?」ということを、フィリップ・マーロウが教えてくれるのです。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

百貨店のようなカリフォルニア。なんでもあるが、ことごとく、くだらない。

私はオクスナードまで行って、海岸に沿って、引き返した。高級自動車が何台も、北へ北へと走っていた。右側は太平洋だった。月もなく、波の音も聞えない。海の匂いもしない。それがカリフォルニアの海だ。百貨店のようなカリフォルニア。なんでもあるが、ことごとく、くだらない。(レイモンド・チャンドラー「かわいい女」)

「かわいい女」は、映画の都ハリウッドを舞台に繰り広げられるハードボイルド・ミステリーです。

1950年前後のハリウッドが持つ映画界の姿が、この作品のストーリーに大きな影響を与えていると考えて良いようです。

ほんとうの都会なら、もっと違うものがあるさ。浮薄な表面の下に骨っぽい個性がある。ロサンゼルスはハリウッドを持っていて―それをいやがっている。幸運を喜ばなければいけないんだ。ハリウッドがなかったら、通信販売の都会じゃないか。カタログにのっているものはなんでも、ほかのところへ行けばもっと質のいいものが手に入るんだ。(レイモンド・チャンドラー「かわいい女」)

シャネルの五番、接吻、美しい脚、誘うような碧い目。それだけのことさ。

「酒を飲んでいなさるな」と、彼はゆっくりいった。「シャネルの五番、接吻、美しい脚、誘うような碧い目。それだけのことさ」「男は女のためには気が弱くなるものですな」(レイモンド・チャンドラー「かわいい女」)

「かわいい女」はプロットに難があるとたびたび指摘されますが、マーロウらしい気の利いた台詞に関しては、他の作品に劣らぬほど、豊かで素晴らしいと思います。

特に、男と女の関係に関する素晴らしい言葉が、本作では多いような気がします。

「恋愛なんて、退屈な言葉ね。英語にはいくらでも詩的な言葉があるのに」「三十分だけ、セックスはお預けにしよう。素敵なもんだよ。チョコレート・サンデーみたいなもんだ」などという大人の男女向きの言葉。

「あんたにかかると、女は意気地がないのね。どんな秘密があるの。(略)服装やお金じゃないわね。あなたにはお金はないし、若くもないし、いい男でもないし」「僕が結婚したいと思う女は、向うで気に入らないというんだ。そのほかの女なら、結婚する必要はない。ただ、口説けばいいんだ」などのように、マーロウのキャラクターに関する言葉。

とにかく、ストーリーよりも言葉を楽しみたい、そんな小説ですね。

彼らが見ているのは文明の欠陥と汚点と滓と行き過ぎといやらしさだけなのだ

流行を軽蔑しているような、レディ・メイドの見栄えのしない服。貧しいながらもその力を誇りにしている人間の表情。力を行使する時は容赦しないが、しかし、つねに苛酷であるというわけではない。彼らにどんな人間になれというのだ。文明は彼らにとって、なんの意味もない。彼らが見ているのは文明の欠陥と汚点と滓と行き過ぎといやらしさだけなのだ。(レイモンド・チャンドラー「かわいい女」)

「彼ら」とは警察官のことです。

取り調べ中、豚革の手袋をはめたマグレイシャンからひどく殴られたマーロウは、ただ冷徹に客観的な頭で警察官を見つめています。

感情的に怒りをぶちまけるのではなく、冷徹に、ただ冷徹に、マーロウは憎き警察官と静かに向き合います。

そこにも、ひとつの大人の男性像が示されているのではないでしょうか。

読書感想こらむ

男が生きていく上で、本当に必要なものとは何か?

それは、女でも金でも名誉でもない。

男としての「誇り」だ。

しがない私立探偵マーロウは、自身の生き様をもって、そのことを教えてくれます。

それにしても、何度読んでも読後の余韻がすごい小説です。

湖のさざ波みたいな余韻が、いつまでも胸の中で揺れている感じです。

の小説が非常に複雑な設定によって作り込まれているということも、その理由の一つかもしれません。

とにかく登場人物が多い。

そして、登場人物の相関関係が、かなり入り組んでいる。

一つ一つの事件の背景が複雑で、マーロウによる謎解きが何度も繰り返される。

どんでん返しに継ぐどんでん返し。

あんまり複雑なので、メモを取りながら読んだこともあるのですが、入り組んだ設定を完璧に読み解くことは、かなり難しい作業のようです。

パーフェクトなトリックを求めるミステリーファンの方は、頭が痛くなるかもしれません(そして、おそらくパズルを解くことはできない)。

そもそも作品の中で「丁寧な説明が十分ではない」という事情もあるんですが、その辺りのモヤモヤ感も合わせて楽しむのがマーロウ流ということなのかもしれませんね。

まとめ

フィリップ・マーロウの言葉が光るハードボイルド・ミステリー。

トリック以上に、マーロウの生き様が魅力です。

「雰囲気」で楽しみましょう(笑)

著者紹介

レイモンド・チャンドラー(作家)

1888年(明治21年)7月、アメリカ・シカゴ生まれ。

44歳で小説家としてデビュー。

「かわいい女」刊行時は61歳だった。

清水俊二(翻訳家)

1906年(明治39年)、東京生まれ。

洋画の字幕翻訳で活躍、アメリカ文学の翻訳でも多くの作品を残した。

翻訳版「かわいい女」刊行時は53歳だった。
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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。