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大佛次郎「終戦日記」鎌倉文士が見た敗戦と美徳を忘れた醜い日本人

大佛二郎「終戦日記」鎌倉文士が見た敗戦と大和魂を忘れた日本人

歴史作家が直面した「敗戦」という現実。

そのとき日本人はどのように生きていたのか。

これは、非日常の中に生きる人々の日常を冷静に記録した文学である。

書名:終戦日記
著者:大佛次郎
発行:2007/7/10
出版社:文春文庫

作品紹介

大佛次郎の「終戦日記」は2007年に文春文庫から出版された日記文学です。

1995年に草想社から出版された「敗戦日記」をベースに、当時書かれていた書簡やエッセイを新たに加えた増補版となっています。

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一方で、単行本では掲載されていた大佛次郎直筆のスケッチや当時の新聞記事などの補完的な部分は割愛されており、あくまでも大佛次郎の文章を主とした潔い構成。

日記は昭和19年9月に始まり、昭和20年10月に終わります。

ほぼ1年間に渡る日々の記録ですが、日記部分だけで370頁を超えるボリュームは、記録文学としての充実度を物語っているかのようです。

書簡は、著者の姪っ子である「野尻みか子」に宛てたもののほか、「鞍馬天狗」の読者と思しき「後藤安代」なる人物に宛てたものなどが収録されています。

さらに、エッセイとして、この日記が書かれていた時期に新聞などに掲載されていたものが7編収録されていますが、本書の注目は戦時中の日本を克明に記録している日記に尽きますす。

原本となった日記は、第一書房発売の「自由日記」2冊に万年筆で綴られており、その1冊目は、昭和19年9月19日の日付で唐突に開始され、昭和20年6月23日で日記を使いきる形で終了します。

また、2冊目の冒頭には「昭和20年後半期」と記され、日記本分の前に「六月を終ろうとして」という題名の散文が書かれて始まりましたが、この2冊目は10月10日まで記入された後、半分以上の空白を残して唐突に終わっています。

こうした日記帳は、その他の寄贈品とともに、長く大佛次郎記念館で保管されてきましたが、1995年(平成7年)、戦後50年の時を経て、関係者の了解のもとに初めて出版化されました。

当時、鎌倉で暮らしていた現役作家が、敗戦前後の街を克明に記録した戦争文学として、非常に貴重なものと言えるようです。

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なれそめ

僕は戦時中の日記文学が好きです。

新聞や雑誌に掲載するための飾られた文章ではなく、作家個人の感情や主張が、日記には込められているような気がするからです。

それに、普通の読者が関心を持たないような個人的な生活も、日記には書いて残しておくことができます。

そんなわけで、僕はこれまでにもいろいろな文学者が遺した戦時中の日記を読んできましたが、大佛次郎のものは、まだ読んだことがありませんでした。

そもそも時代小説を読まないので、大佛次郎という作家に対する知識もほとんどなく、ただ古本屋の棚で見つけた「終戦日記」の文字に惹かれて、そのままお持ち帰りすることになったのですが。

しっかりとした文学者の日記は、日記であってもやはり良いなと思うのです。

本の壺

戦争を知る

多くの文学者が遺している戦中日記の最大の功績は、戦争という非日常を一般庶民の目線で冷静に記録しているというところにあります(新聞や書籍にはデタラメな記録しか残されていない)。

鎌倉在住の大佛次郎は、日本文学報国会での活動や、新聞社での仕事、文士のネットワークなどを通じて得られる情報から、日本の戦争がどのような推移をたどっているのかということに冷静に向き合おうとしています。

夏になる頃には、上層部の人間たちが「戦後に向けて」動き始めていることなども記し、ジャーナリズムの中で「敗戦」は、早くから既定路線であったことがうかがえます。

また、東京都内をはじめとする日本各地の都市が、アメリカ軍の空襲によって焼失していく現実と直面しながら、明日をも知れない戦争の恐怖を一市民の立場から客観的に受け入れようとしています。

日記文中には空襲警報の状況や米軍爆撃機が飛来する様子などを詳細に書き綴られ、制空権さえ持たない軍部に対するあきらめの感情が伝わってきます。

また、空襲被害を受けた市民の様相も記録されており、東京大空襲直後の日記では、「火の為目をつぶした人多い。焼け出された人はあきらめがいいそうである(3月14日)」など多くの記載があります。

8月8日の日記では、「広島爆撃」(原子爆弾投下のこと)に関する大本営発表が「損害若干」となっていることをとらえ、「今度の戦争でV一号とは比較にならぬ革命的新兵器の出現だということは国民は不明のまま置かれるのである」とも指摘していました。

戦時の暮らしを知る

日記中には、アメリカ軍による空襲被害のほかに、当時の庶民の暮らしに触れたエピソードが数多く登場します。

例えば、著者は戦時中の物価高騰に早くから注目しており、「餅菓子の闇一個五円(9月11日)」「靴の裏を町でなおしたが一枚はっただけで二十八円とられ、それが一週間目で浮いてくる(12月20日)」など、細かな記述が多くあります。

文士仲間が本を疎開させるため運送屋2人を呼んだところ、「一人は全然素人で何もできず四時間二人で働いて九十円くれと云い」、さらに「その荷物は駅へやってから二十日間、トタン屋根はあるが吹きさらしのところに置いたままだったと云う」(11月6日)などと、世の不人情を嘆いてみせます。

日記中で特に散見されるのは、日本人の不人情を嘆くエピソードで、戦時下の一般市民が日本人としての魂を失い、利己主義に走っていく様子を、著者は非常に寂しい気持ちで見つめていたように思われます。

もっとも、多くの市民は生き延びるために精一杯の暮らしを強いられており、一定の暮らしが約束されていた高名の文士のように悠長に構えている余裕などなかったことは確かで、こうした著者の目線は、著者が戦時であっても比較的安定的な暮らしを維持できていたことを寡黙に物語っていると言えるでしょう。

鎌倉文士を知る

戦時中とは言え、著者の周りには常に多くの文士仲間が集っている様子が、日記からはうかがえます。

酒好きの著者は原稿書きに追われつつも、文士仲間が来たと言ってはビールを空け、妻・酉子の手料理を振る舞います。

その来客の多さはさすがに現役の人気作家と思わせるもので、文士との付き合いだけを見ていると、まるで戦時中とは感じられない賑やかさですが、酒の席の話題は、食糧難や空襲被害のことが中心だったようです。

東京都内在住も含め、日記中に登場する文士の名前をざっと拾ってみると、吉野秀雄(歌人)、海野十三(作家)、山田珠樹(仏文学者)、横山隆一(漫画家)、永井荷風(作家)、野尻抱影(作家)、小杉天外(作家)、吉屋信子(作家)、里見弴(作家)、久米正雄(作家)、小島政一郎(教育家)、川端康成(作家)、島木健作(作家)、林房雄(作家)、高見順(作家)、永井龍男(作家)、佐々木信綱(歌人)、森田たま(作家)などなど、実にバラエティに富んでいます。

鎌倉文庫にも設立時から参加していた大佛次郎は、当時の文壇の活動を生き生きと記しているのが分かります。

興味深いのは、実兄の野尻抱影に対するコメントで、「老境はわかるが昔のままの感傷癖、悪いと思うが素直に受け切れぬ也、弱ったもの(9月22日)」など、ネガティブなものが散見されています。

非公開の日記だからこそ書ける思いのようなものがあったのかもしれませんね。

読書感想

日記で読み解く戦争は、作家の個性が非常に強く現れるものだと思います。

本書を読んで、僕が最も印象に残ったことは、空襲被害の凄惨さでもなく、物価高騰に喘ぐ日本国民の苦難ではなく、戦争に追い込まれて自分のことしか考えなくなってしまった日本人の醜い姿でした。

通いの女中が大佛家の醤油を掠め取っていくなんて序の口で、死んだ人間が貸したものを借りていないと言い張るこすっからさや、困った庶民の弱みに付け込んで暴利を貪る強欲張りの醜さ。

日本人というのは、どんな逆境にあっても美しいものだと漠然と信じていた僕は、何だかがっかりしてしまったわけですが、考えてみると、日本人をそこまで醜い存在に変えてしまうというところに、戦争の真の恐ろしさがあるのかもしれません。

「金持ち喧嘩せず」の姿勢を貫いた著者は、いつでも冷静に戦争と向き合い、市民の暮らしを淡々と記録していきますが、むしろ、これは非常時の例外であって、今日明日を必死で生き延びた戦争の暮らしとは言い難いようです。

戦時中とは言え、毎晩のように文士仲間と酒盛りをしているなんて日記を読んでいると、ちょっと浮世離れしているような印象を受けてしまうのは自分だけでしょうか(笑)

戦争が国民性を変容させてしまったという、その意味では、陳腐な小説を読むよりもずっと真理を得た文学作品だと思います。

現代のぬるま湯に危機感を覚えている人へお勧めしたい作品です。

まとめ

鎌倉文士は戦時中の庶民の暮らしをいかに冷静に観察していたか。

文壇ネットワークが探る大本営発表の嘘と真実。

歴史は無名の庶民が織り成すドラマだということを思い出させてくれた。

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じゅん
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札幌在住の文化系社会人。文学散歩とカフェ読書を楽しんでいます。札幌中央図書館の2階辺りに棲息中。