庄野潤三の世界

三浦哲郎「おふくろの妙薬」酔っぱらうと小刻みに手が震えた庄野潤三

三浦哲郎「おふくろの妙薬」酔っぱらうと小刻みに手が震えた庄野潤三
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三浦哲郎「おふくろの妙薬」読了。

本書は、三浦哲郎初めての随筆集である。

最初に、郷里(青森県八戸)についての随想があり、次に身辺雑記がある。

それから、旅行記の類があって、最後に文学関係の文章という構成で、全部で五十七篇の随筆が収録されている。

一番最初にある「シバレの晩の記憶」は、青森県八戸の紹介で、二十歳の頃に郷里の漁師町に新しくできた中学校で助教員をしていた頃の体験談などは、いかにも青森県ならではという感じがする。

これは昭和42年に発表されたものだが、均一化・グローバル化されていない時代の日本は、地域的多様性がまだ豊かで、青森県の風土や風習にも畏怖の思いを抱いてしまう。

そもそも書名が『おふくろの妙薬』となっているが、母親に関する文章が全体に多いことが、本書の特徴だろう。

文壇関係の章では、師匠である小沼丹をはじめ、井伏鱒二や庄野潤三などが登場する。

「庄野さんの酒」は、酒席での庄野さんの姿を描いたものだが、この随想によると、酒を飲んでいる間、盃を持った庄野さんの手はこまかく震えているらしい。

「こんどは私が盃を持って、庄野さんのお酒を受けようとすると、庄野さんの徳利の口が、私の盃の縁にちいさな音をつづけさまに立てることがある」とあるから、一緒に飲んでいる人であれば、庄野さんの手の震えは、すぐに分かったことだろう。

著者は見たことがないが、昔の庄野さんは酩酊すると、「いきなり道傍の街路樹によじ登って、「ウオー、おれはゴリラだぞ、ウオー」を吠え立てながら、ざわざわと枝を揺さぶる癖があったそうである」と紹介しているのも、庄野さんの静かな印象の作品とはかけ離れた、豪快なエピソードである。

今の庄野さんは、そんな豪快な酔っぱらい方をしたりしないが、庄野さんには「チータカタン」という楽しい隠し芸がある。

一人二役となった庄野さんは、神社の神主と、その神社の境内を穢しにきた不埒な男女の男の方とを交互に演じるのだが、演技をしている庄野さんが合図をしたところで、みんなで声を揃えて「チータカタン」と囃し立てる。

「相も変りませず、チータカタンとご唱和願います」という前口上に始まって、歌とも祝詞ともつかない古代風な節回しで交わされる神主と若者とのやりとりや、簡にして要を得た仕種のおかしさで、一座は捧腹絶倒する。

庄野さんの両手のタクトで、次第にチータカタンの合唱が低くなり、それにつれて庄野さんも大きな体をだんだん縮めていって、遂には畳の上に背中をまるめて小さくなり、一瞬の沈黙がきて、チータカタンはおしまいになる。

この庄野さんの隠し芸は「容易ならぬことをさりげなく語って、その語り口の絶妙さは、ちょうど庄野さんの短篇小説に似ている」と、著者はこの随想を締めくくっている。

作品からは知れない庄野潤三の素顔を見たような思いがした。

三月書房の随筆集

本書「おふくろの妙薬」は、真四角に近い小さな変型判の単行本である。

外函付きの上に、表紙がクロス張りなので、小さいけれども高級感がある。

大人のための随筆集という感じがする。

巻末の「既刊随筆集」を見ると、多くの随筆集が並んでいて、胸がわくわくする。

福原麟太郎『諸国の旅』『変奏曲』『春のてまり』、安藤鶴夫『百花園にて』、木山捷平『角帯兵児帯』、池田新平『歴史好き』、奥野信太郎『おもちゃの風景』『町恋いの日記』など、大人向けの随筆集がたくさんある。

積極的に集めたいと思わせてくれる随筆シリーズである。

書名:おふくろの妙薬
著者:三浦哲郎
発行:1971/7/31
出版社:三月書房

ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。