名著・旧刊

永井龍男「わが切抜帖より/昔の東京」文藝春秋社員が綴る大正・昭和

永井龍男「わが切抜帖より/昔の東京」文藝春秋社員が綴る大正・昭和

新聞・雑誌などの記事や文章の切抜き、それらへの感想、ささやかな集積が、やがて永井龍男の美学と結びつき、精妙な確かなある空間と人生を静かに形成して行く。

読売文学賞受賞の「わが切抜帖より」と、著者がかぎりなく愛する“昔の”東京にかかわる随筆群を併せて収録する、“昔の”東京の“背骨”と呼ぶべき1巻。

(背表紙の紹介文より)

書名:わが切抜帖より/昔の東京
著者:永井龍男
発行:1991/12/10
出版社:講談社文芸文庫

作品紹介

本書は、1968年(昭和43年)2月に講談社より出版された「わが切抜帖より」を文庫化するとともに、永井龍男の「東京」に関するいくつかの随筆を1冊にまとめたものです。

永井さんの「雑文集 わが切抜帖より」は、昭和39年から40年にかけて「銀座百点」に掲載された短い随筆を単行本化したもので、翌1969年には「第20回読売文学賞」を受賞しています。

かねてから集めていた新聞や雑誌の切り抜きを題材として短い文章を書くというシリーズでしたが、非常に幅広い話題に触れているところが大きな特徴となっています。

わが切抜帖より/水晶/銭湯/春めく/野球開幕/身上相談/少年/銀座の着物・巴里のベレ/ある随筆の筆者/キリンの死/月を往復する距離/祝儀不祝儀/月の表面/カンディダの話/デンキ屋問答/犬と猫/耳と鼻と/億という数字/銀座の水溜り/歯医者の庭/蓮ひらく/「死ぬほど良心に」/下足札/五右衛門について/フォークと箸と/ビルとネズミ/昔の東京/ステッキと文士/わが寄席行灯/二昔三昔/ライスカレーとカツレツ/大震災の中の一人/武道館界隈/魚河岸春夏秋冬(以上「わが切抜帖より/昔の東京」収録作品一覧)

また、本文庫化にあたって、永井さんが書いた東京に関する随筆作品も併せて収録されています。

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なれそめ

最近の僕の趣味は「講談社文芸文庫」シリーズの本を集めることです。

以前からいいなあとは分かっていたけれど、今年に入ってから古本屋で良き出会いが続いたりしたので、最近は良い気になって「講談社文芸文庫」シリーズの棚ばかり集中的に探すようになってしまいました。

もちろん、手当たり次第になんでもかんでも買っていくわけにもいかないので、とにかく自分の守備範囲である随筆集の類を中心に集めるようにしています。

「講談社文芸文庫」シリーズには都合の良いことに「現代日本のエッセイ」なるシリーズもあるから、随筆好きの人はこの「現代日本のエッセイ」シリーズに注目しておけば良いということになります。

ただし、贅沢なことで有名な「講談社文芸文庫」シリーズは、たたでさえ定価が高い上に版元品切れとか絶版とかいうものも多いので、文庫本だからといってガバガバ買っていると、意外と結構な金額になっていて驚くので注意が必要です。

そんなわけで、永井龍男さんの「わが切抜帖より/昔の東京」も講談社文芸文庫シリーズの棚から見つけ出して買ってきました。

「随筆」「東京」「切抜帖」と自分の好きなテーマが3つも揃っている、珍しい本でもあります。

本の壺

永井龍男さんの「わが切抜帖より/昔の東京」では非常に幅広い話題が取りあげられていますが、今回は特に僕の「ツボ」にハマったお話を3つだけ、ご紹介したいと思います。

直木三十五の思い出

創刊当初の「文藝春秋」に辛辣な、あるいは軽妙な匿名記事を書きまくって、文壇人を喜ばせたり怒らせたりしたことで有名な直木三十五は、現代も「直木賞」の名前で広く知られている文人です。

雑文を書き始めた頃のペンネームは「直木三十一」でしたが、毎年「三十二」「三十三」と齢を重ね、「三十四」を飛ばして「三十五」になってからは動きませんでした。

名字の「直木」は、本名の「植村宗一」の「植」の字を二つに割って用いたものです。

この直木先生、非常に口数の少ないことで有名な作家で、映画や出版などの事業に手を出して失敗して多額の負債を負った際も、複数の債権者から吊るしあげを食らいながら、発した言葉はたった一言「金は一文もない」でした。

文藝春秋社のビルの中に書斎を持ち、30過ぎの愛人が世話を焼いていたそうですが、昭和9年、43歳の若さで病没しました。

当時、文芸春秋社の社員で「オール読物編集部」に所属する編集者だった永井さんは、直木先生が書斎に連れてきた女性に結婚を申し込んだ回想文を寄せています。

私は小生意気で身勝手な、始末におえぬ若者であったが、菊池さんには一方ならずお世話になり、さらに直木さんには、不思議なほど目をかけてもらった。(「二昔三昔」)

銀座の乞食

近頃見かけなくなった商売のひとつに「乞食」があると、著者は綴っています。

昭和39年のことです。

かつて銀座には有名な乞食の婆さんがいて、数寄屋橋の上で土下座をしているだけで、一日平均600円を稼いでいたとか。

夕方5時になると仕事を終えて、横丁のごみ箱の陰で着物に着替えて、小ざっぱりとした身なりで帰っていったそうですが、この婆さんが半月ほど姿を見せないということがありました。

聞けば、、泥棒に入られて着物を持っていかれてしまったという。

しかも、盗まれた着物が乞食をする際に必要な商売道具だったとあって、婆さんはしばらく乞食に出ることもできなかったそうです。

正宗白鳥「知人あれど友人なし」

昭和37年元旦の日本経済新聞に掲載されていた正宗白鳥先生の随筆の話。

「私は長生きをしたため、昔の知人、若い時分からの親しい知人は、殆んど逝去しているたようである」「目下私は後事を託するような知人は一人もない。親友のないことがそれでも証明される」と、正宗先生は書いています。

実は、永井さんは、かつて文藝春秋社の近くで正宗白鳥の姿を見つけたことがあり、その時に挨拶をしそびれたという思い出がありました。

新聞に掲載された随筆を読んで、永井さんは孤高の正宗白鳥の姿を思い出し、「先生亡き現在読み返すと、さらにゆるぎのない境地を感じる」と結んでいます。

近年、文学碑というものが全国的に流行して、なにかといえば碑が建つが、先生の場合はどうだろう。幸いなことに、正宗白鳥全集が刊行された。私にとってはこれがあれば充分である。(「銀座の水溜り」)

読書感想コラム

世の中には新聞や雑誌の記事を切り抜いて、これをスクラップ帳に貼り集めることを趣味とする人たちがいる。

奇特な趣味にも思えるが、僕の趣味は、そうした彼らが切り抜いて貼り集めた新聞記事の塊(いわゆるスクラップ帖)を探し集めてくることである。

どういうことかと、彼らが生前命を賭けて作り続けたスクラップ帖は、彼らが死んだ瞬間にゴミとなる。

多くの場合は「燃えるゴミ」として処分されるが、運の良い場合には、その他のガラクタと一緒に骨董屋に買い取られることもある。

骨董屋に買い取られたスクラップ帖は、やがて埃を被ったままの状態で骨董市へと登場し、二束三文の値札を付けられて叩き売りされる。

もとより「燃えるゴミ」同然だから高い値段なんか付けようがないのだが、世の中には、そういう誰かが切り貼りしたスクラップ帖ばかりを買い集めている重宝な人間がいる。

その一人が僕自身であって、我が家にはそうやって買い集めた古い切抜帳が、もう数十冊は溜まっているだろうと思う。

明治時代から戦後まで、政治からスポーツ・文化まで、とにかくいろいろな人たちが、いろいろなテーマのもとに、彼らだけにしか分かり得ない切抜帳を作り続けてきた。

チャンスがあるなら、永井龍男さんが切り貼りしてきた切抜帳も、一度見ておきたいと考えている。

まとめ

東京で生まれ育った著者が綴る「東京」の姿。

市井の人々の暮らしの中に「日本」の今を知る。

忘れてはいけない街の記録がここにある。

著者紹介

永井龍男

1904年(明治37年)、東京生まれ。

文藝春秋社に入社後は「オール読物」「文藝春秋」編集長等を歴任、「芥川賞」や「直木賞」創設の際には、準備事務も担当した。

1968年「雑文集 わが切抜帖より」を出版したのは64歳のときだった。

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じゅん
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札幌在住の文化系社会人。文学散歩とカフェ読書を楽しんでいます。札幌中央図書館の2階辺りに棲息中。