村上春樹の世界

村上春樹「午後の最後の芝生」夏におすすめの初期短編集

そうだった。村上春樹の初めての短編集『中国行きのスロウ・ボート』が安西水丸の洒落たカヴァーで出版されたのは、1983年の初夏のことだった。僕たちは我れ先にと取り合い、結局、二冊買って、どっちがよけいにボロボロにするか競ったものだ。あれから三年弱、1986年が明けて早々、その文庫本が出た。この小さな書物が、新たなどんな思い出を作ってくれるのだろうか。嵐や小波はいくつかあったけれど、僕たちの大いなる夏は続いている。(裏表紙より)

書名:中国行きのスロウ・ボート
著者:村上春樹
発行:1986/1/10
出版社:中公文庫

作品紹介

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「風の歌を聴け」でデビューした村上春樹最初の短編小説集で、単行本は1983年に中央公論社から出版されています。

表紙イラストは安西水丸さんで、これが水丸さんと村上さんとの初めてのコンビでの仕事でした。

中公文庫版の裏表紙の紹介文にも「村上春樹の初めての短編集『中国行きのスロウ・ボート』が安西水丸の洒落たカヴァーで出版されたのは、1983年の初夏のことだった」と、わざわざ表紙イラストにまで触れられているあたりに、水丸さんの存在感の大きさを感じさせます。

収録作品は7作品。

本書は1980年から1982年夏にかけて発表された七つの短編が年代順に収められている。長編を里程標にすると、「1973年のピンボール」の発表後に最初の四編が書かれ、「羊をめぐる冒険」のあとに後半の三編が書かれた。したがって「カンガルー通信」と「午後の最後の芝生」のあいだには一年近くのブランクがある。これは僕にとっての最初の短編集である。

収録作品の初出は、「中国行きのスロウ・ボート」が「海」80年4月、「貧乏な叔母さんの話」が「新潮」80年12月、「ニューヨーク炭鉱の悲劇」が「ブルータス」81年3月、「カンガルー通信」新潮81年10月、「午後の最後の芝生」が「宝島」82年8月、「土の中の彼女の小さな犬」が「すばる」82年11月、「シドニーのグリーン・ストリート」が「海」臨時増刊「子どもの宇宙」82年12月。

「ブルータス」や「宝島」でも、村上さんの小説を読むことができる時代でした。

なれそめ

いつも行く古本屋さんで見つけた中公文庫版の「中国行きのスロウ・ボート」

ずっと昔に単行本で買って読んで以来、そういえば全然読み返していなくて、懐かしい気持ちで手に取ってみたら、裏表紙の紹介文がすごく胸に刺さってくるものでした。

あれから三年弱、1986年が明けて早々、その文庫本が出た。この小さな書物が、新たなどんな思い出を作ってくれるのだろうか。嵐や小波はいくつかあったけれど、僕たちの大いなる夏は続いている。

文庫版には、こんな格好良い文章があったんですね。

まさしく「The 80年代」なオシャレな紹介文を読んで、そうだ、村上春樹と言えばオシャレな小説を書く作家で、みんな、村上春樹の書く小説の世界に憧れていたんだよなあというようなことを思い出しました。

そして、この文庫本を買って家に帰りました。

だから、この文庫本は裏表紙のために買ったようなものです。

本の壺

ネタバレにならない範囲で、僕の好きな作品を3つ紹介します。

中国行きのスロウ・ボート

村上春樹さん初めての短編小説で、1980年4月の「海」に発表された作品です。

エッセイとも私小説とも区別のつかない構成は、デビュー作「風の歌を聴け」の影響を色濃く残した作品ということができそうです。

「風の歌を聴け」を好きな人だったら、何の違和感もなく自然に入ることができると思います(つまり、それが僕だ)。

高校が港街にあったせいで、「僕」の周りには結構数多くの中国人がいました。

この小説は、そんな僕の周りにいた「中国人」についての物語です。

いろいろな中国人が登場しますが、2人目の中国人は女の子で、「僕」は彼女に恋をしますが、彼女との付き合いの中で「僕」は、とても大きな過ちをしでかします。

甘酸っぱい青春の記憶をなぞるようなピュアな文体が、今となっては恋しいなあと思うわけで(笑)

それでも僕はかつての忠実な外野手としてのささやかな誇りをトランクの底につめ、港の石段に腰を下ろし、空白の水平線上にいつか姿を現すかもしれない中国行きのスロウ・ボートを待とう。そして中国の街の光輝く屋根を想い、その緑なす草原を想おう。だから何も恐れるまい。クリーン・アップが内角のシュートを恐れぬように、革命家が絞首台を恐れぬように。もし、それが本当にかなうものなら。友よ、友よ、中国はあまりにも遠い。(村上春樹「中国行きのスロウ・ボート」)

ニューヨーク炭鉱の悲劇

1981年3月の「ブルータス」に発表された短編小説です。

村上さんとブルータス、すごくお似合いです。

小説の冒頭で、ビージーズの「ニューヨーク炭鉱の悲劇」が引用されています。

地下では救助作業が続いているかもしれない。それともみんなあきらめて、もう引き上げちまったのかな。

「ブルータス」掲載ということで、ページ数わずか25ページの掌編小説ですが、当時はこういった短い物語が流行していたような印象もあります。

特段のストーリーがあるわけでもなく、いくぶん哲学的な暗示に満ちた、ある意味でとても村上春樹さんらしい作品で、深読みしていくとなかなか暇潰しになると思いますよ。

「音楽は好き?」と彼女は僕に訊ねた。「良い世界で聴く良い音楽ならね」と僕は言った。「良い世界には良い音楽なんてないのよ」と彼女は言った。「良い世界の空気は振動しないのよ」(村上春樹「ニューヨーク炭鉱の悲劇」)

午後の最後の芝生

本書の中で、僕のいちばん好きな作品が「午後の最後の芝生」です。

1982年8月の「宝島」に発表された作品。

本書の中でというよりも、村上さんの書いた短編小説の中でも、特に大好きな短編小説だと言っていいと思います。

なんだかんだ言って、僕は初期村上春樹の良き読者なんですね。

「記憶というのは小説に似ている、あるいは小説というのは記憶に似ている」なんていう冒頭のフレーズは、デビュー作「風の歌を聴け」に通じるものがあります。

芝刈りのアルバイトをしていた大学生の「僕」は、その夏の始まりに恋人と別れ、芝刈りのアルバイトを辞めることを決めます。

この物語は、そんな僕の「最後の芝刈り」についてのお話です。

文章はすごく瑞々しくて、ところどころ妙に尖っていて、いかにも青くさい。

いわゆる「村上春樹」的な雰囲気に満ちた作品なので、昔の村上さんの作品が好きだという方には、きっと受け入れられると思います。

いつまでも、こういう青春の断片みたいな小説を読みたかったけれど、村上さんも今では大先生なので、それを望むことが間違っているということは、もちろん、よく理解しています。

ボブ・ディランの言葉を借りて言えば「時代は変わり続けている」

そういうことなんですよね。

だけど、僕は今でもこの作品を読むことで幸せな気持ちになることができます。

それだけは、本当に村上さんに感謝したいと、心から思います。

「あなたは私にいろんなものを求めているのでしょうけれど」と恋人は書いていた。「私は自分が何かを求められているとはどうしても思えないのです」僕の求めているのはきちんと芝を刈ることだけなんだ、と僕は思う。(略)そうじゃないか、と僕は声に出して言ってみた。返事はなかった。(村上春樹「午後の最後の芝生」)

読書感想こらむ

僕が若かった頃、村上春樹という作家の作品を好んでよく読んでいた。

若者向きの作品を書く、いくぶん若手の作家だったらしい。

どこかすねたような、妙にひねくれた文章は、そのまんま当時の若者たちの生き方と似ているような気がした。

だからこそ、僕たちは、村上春樹という作家を溺愛していたのかもしれない。

僕たちは、ただ感性だけで村上春樹の小説を乱読していた。

小難しい評論家の批評なんて糞食らえだと思っていた。

それが僕たちの村上作品の読み方だった。

自分の好きなものだけを、好きなように読むことができた時代の話だ。

今、世の中は少々面倒くさくなっている。

まとめ

村上春樹初めての短編小説集。

デビュー直後の村上春樹の作品を読むことができる貴重な1冊だ。

アーリー村上春樹が好きな方にお勧め。

著者紹介

村上春樹

1949年(昭和24年)、神戸生まれ。

1979年(昭和54年)、「風の歌を聴け」でデビュー。

この短編小説集が出版されたときは34歳だった。

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じゅん
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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。