読書感想文

森田たま「もめん随筆」これが随筆文学だ!森田たまワールドへようこそ

森田たまさんの「もめん随筆」を読みました。

美しい日本語と自由な視点で描かれた随筆集ですよ。

書名:もめん随筆
著者:森田たま
発行:2008/2/25
出版社:中公文庫

作品紹介

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「もめん随筆」は森田たまさんの随筆集です。

たまさんは明治生まれの女流随筆家として多くの随筆集を残していますが、これが初めての随筆集でした。

市川慎子さんの解説には「『もめん随筆』は、随筆家森田たまのデビューを飾った記念すべき一冊だから、少々盛りだくさんで、ちょっとばかり力が入りすぎなところがある」と紹介されています。

単行本は、1936年(昭和11年)に中央公論社から刊行されています。

男と女のこと、大好きな着物のこと、家族のこと、そして内田百閒や宇野千代たち交流のあった文士のこと……自由な雰囲気の札幌に育ち、文学を志して上京、結婚して大阪に住まう。女性エッセイストのさきがけともいうべき森田たまが現代的かつ自由な視点で描いた第一エッセイ集。(カバー文)

あらすじ

市川慎子さんの解説には、「もめん随筆」は「生い立ちから、今の境遇、好きな着物や食べ物、男女とは夫婦とはといった話まで、たまのあれこれが、これ一冊にぎゅっと凝縮されている」「内田百閒や芥川龍之介なんて大物の名前がばんばん出てくるのも、晩年、森田サロンと云われるほど多くの人が集まる場所を作った、たまの人付き合いのよさを物語っているようだ」と記されています。

札幌で生まれ育ったたまさんは、17歳の時に文学で身を立てることを目指して上京、大阪出身の夫と結婚します。

結婚後は、一時的に文筆業から遠ざかるものの、兵庫県西宮市に住んでいた38歳のとき、随筆「着物・好色」が「中央公論」に掲載され、一躍人気随筆家となったそうです。

そのため、「もめん随筆」には、関西で暮らしていた頃に書かれたものと、東京に戻ってから書かれたものとが混在しています。

目次///東京の女・大阪の女/夙川雑筆/借家の庭/大阪言葉小片/男の魅力・女の魅力/あぶら蝋燭/あひ状/芥川さんのこと/七月廿四日/東京の涼/人妻/秋の匂ひ/冬を迎へるころ/芝居の雪/ポオの遺産/日暦/我儘散題/花の色/もろきう/あやめ草/桃花扇/猫を飼ふ/面影/家庭日記/萩の楊枝/奈若/夏の話/故郷をさがす/絹もすりん/屋島の狸/女の紋章/大阪の雨/ねずみの年/柳は風の吹くままに/木の芽/よまき/露/横顔/十三夜/木綿のきもの/伊勢の春/楊柳詩抄(夏 虫/昔をいまに/一本の草/晩春恋慕/雨/孔雀の羽根/女ぎころ/ひとり寝/楊柳歌/おなじく秋となりて)/着物・好色/ブロンズの脚/姉と妹との縺れを許して/愛情について/ふるさとの若き女性へ///解説(市川慎子)

なれそめ

ひとつの文学として、僕が随筆に関心を持つきっかけとなった作家が、森田たまさんです。

たまさんは、僕が暮らす札幌出身の女流作家で、小説にも「石狩少女」という代表的な作品がありますが、小説家として以上に随筆家として世に名前を馳せた方で、実に多くの随筆集を発表しています。

郷土の作家ということで読み始めたたまさんの随筆は、とても文学的で、今でいう「エッセイ」とは似て非なるものだということに気が付きました。

それ以来、僕は、随筆文学というジャンルに着目をして、多くの随筆を読むことを趣味とするようになりました。

その一番最初のきっかけとなった作品が、森田たまさんの「もめん随筆」です。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

昼のうたた寝に芥川さんの夢を見た。

さうだ、あれは初めて芥川さんのお宅へ伺つてから三日目の、四月六日のふしぎな夢の中で芥川さんと御一緒に歩いた道であった。明るい朝陽がさしてくるまで、私はものにしばられたやうに机の前から動けなかつた。手をふれると自分のからだがせともののように冷えてゐる。ほんの偶然にすぎぬのであらう。幾度となくさう思つたが、しかしその日は一日ぢゅう私は無暗に寒かった。(七月廿四日)

芥川龍之介が服毒自殺したのは、1927年(昭和2年)7月24日のこと。

田端にある芥川さんの家までの道のりを、たまさんは、いつかどこかで見た風景だと思いながら、弔問に向かいます。

そして、その道を実際に歩いたのは今日が初めてであったこと、かつて芥川さんと歩いたことがあると記憶していたものは、実は春に見た夢であったことなどに気が付きます。

それは、果たして芥川さんのほんのいたずらであったかどうか、それは誰にも分からないこと……

アカシヤの花やリラの匂ひを身に吸ひとつて香り高い女性となってほしいと思ふ。

まっすぐな道路とおなじやうにあなた方もまつすぐな心をもち、その清らかな澄んだ瞳をいつもはつきりとみひらいて、怖れずたじろがず真理をもとめてほしいと思ふ。アカシヤの花やリラの匂ひを身に吸ひとつて香り高い女性となってほしいと思ふ。(ふるさとの若い女性へ)

たまさんは、札幌を離れて、大阪や東京で暮らしながらも、生涯、故郷である札幌の街を愛した人でした。

「南一条東四丁目、―さういふところに私は生れた。西は円山公園の方へ十何丁目といくらでものびてゐるけれど、東はわづか五丁目六丁目で豊平川に区切られ、川の向うは豊平村となつてゐた」と綴るたまさんの生地には、現在もそこが森田たまさんの生誕地であることを示す説明板が設置されています。

たまさんは「札幌だけに住んでゐるあなた方にもまだ自分自身の眼の美しさはほんたうにわかつてゐないかもしれない」「私はむかし雪の夜半に赤煉瓦の道庁の焼けるのを見た事があつたが、氷に燃えるあの火華の美しさはそのままあなた方の情熱ではないかと思ふ」と、札幌で生きる若い女性に向かって語りかけます。

「いつか三角山のスロープを夢に見て、さめてからしばらく涙がとまらなかつたが、ふるさとの町はそんなにもなつかしくいつも心に生きてゐるらしい」と綴るほどに、札幌を愛してやまなかったたまさん。

「女は郷土食が強ければ強いほど女として勝れてゐる」という言葉は、実は、たまさん自身に向けられた激励であったのかもしれませんね。

エリセエフさんは上流社会の貴婦人令嬢のあひだに人気があった

芝居がはねてから銀座へ出て、マツダランプの階上のヴヤンナといふカフエをエリセエフさんがおごつた。ヴヤンナの紅茶は一杯十五銭で大変高かつたかはりに、おいしい生クリイムがついてゐた。生クリイムといふものを初めてたべた心地がする。(「面影」)

これは、エリセエフというロシア人女性についての思い出を綴った随筆です。

ドストエフスキーの小説に「エリセエフ製の酒」が登場しますが、「エリセエフさんはその旧家の末子に生れた人だときいたやうである」と、たまさんは記しています。

この日、たまさんは、夏目漱石をはじめとする漱石門下の人たちと一緒に、「菊五郎の狂言座」を観覧に訪れます。

「何心なく振り返つた自分のすぐあとに、あまりにも思ひがけなく夏目先生の半白のお鬚の美しい顔があって驚愕した」という一節からは、たまさんが、いかに漱石を崇拝していたかが伝わってきます。

やがて、エリセフさんは故国へ戻っていくのですが、日本に一瞬の記憶を残して去ったロシア人女性の思い出が、美しく爽やかに描かれた作品です。

読書感想こらむ

森田たまさんの随筆を読むと、文学としての随筆とは何かということが理解できます。

特に、美しい日本語を読んでいるだけで、日本人として生まれて良かったと思えるほどです。

また、たまさんは、当時としてはまだ珍しかった女流作家として、世の女性たちに励ましを送り、勇気を与えました。

今でこそ違和感を感じてしまうような、殊更に女性の美しさ・素晴らしさを強調する場面が見られるのは、昭和初期の随筆だからこそでしょう。

さらに、たまさんは、出身地である札幌の街をこよなく愛していました。

たまさんの随筆には、札幌の街について綴ったものも多く、明治時代の札幌を知る上で、非常に貴重な資料ともなっています。

最近は、名前を聞くことも少なくなってしまいましたが、札幌の人たちにはぜひ読んでいただきたい作品だと思います。

まとめ

「もめん随筆」は、昭和初期に刊行された森田たまさんの随筆集です。

まるで小説のように描かれる随筆群は、まさに森田たまワールド。

札幌出身の方は注目です。

著者紹介

森田たま(随筆家)

1894年(明治27年)、北海道生まれ。

小説家・森田草平に師事。

「もめん随筆」刊行時は42歳だった。

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。