三田誠広さんの「僕って何」を読みました。
学園紛争の中で自分探しを続けている「僕」の物語です。
書名:僕って何
著者:三田誠広
発行:1983/5/25
出版社:角川文庫
作品紹介
「僕って何」は、三田誠広さんの長編小説です。
雑誌「文藝」(昭和52年4月号)に掲載され、単行本は昭和52年(1977年)7月に河出書房新社から刊行されています。
昭和52年(1977年)、芥川賞受賞作品。
「角川文庫版のためのあとがき」の中で、三田さんは「作品のストーリーはフィクションだが、背景になる時代状況は、ぼく自身の体験に基づいている」と綴っています。
母親に連れられて、田舎から東京の大学にやってきた僕。この広い、知っている人もいない東京で、僕はどうやって生きていくんだろう―。大学ではいつの間にかセクトの争いや内ゲバに巻きこまれたり、年上の女性と同棲したりしている。僕って一体なんなのだろう―。あふれるユーモアと鋭い諷刺で現代を描いた青春文学の傑作。芥川賞受賞作。 (カバー文)
あらすじ
舞台は、学園紛争(1960年代末)の時代の東京。
大学入学のために田舎から上京してきた「僕」は、大学生活の中で孤独を感じながら「ここにいる僕とは何だろう―」と考えています。
ひょんなことで、B派の活動家である山田に声をかけられた「僕」は、B派をよく理解することもなく、そのままB派に属する人間となってしまいます。
「僕」は、B派のリーダー的存在の一人である「レイ子」と知り合い、充実した大学生活を送り始めます。
やがて、B派の活動を批判して全共闘への参加を訴える理論家「海老原」が登場したことによって、「僕」は「僕」自身の道を歩き始めようと決断するのですが、、、
なれそめ
初めて読んだ三田さんの小説が、僕にとっては「僕って何」でした。
その頃、自分は高校生でしたが、時代遅れの学園紛争や内ゲバを背景とした「僕」の自分探しの物語は、決して他人事ではないように感じました。
生きている時代が違うとは言え、僕も東京の大学で暮らすことに憧れる田舎の人間であり、僕には自分らしい生き方とか自分だけの信念とか、そういうものは一切持ちあわせていなかったからです。
頼りなくて、優柔不断で、かっこ悪い「僕」の生き方は、ある意味では僕自身の生き方であるようにも思えました。
本の壺
心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。
ここにいる僕とは何だろう―。
ここにいる僕とは何だろう―。日ざしをうけて白く光っているキャンパスの地面の上を、急ぎ足に通りすぎていくおびただしい数の学生たちの流れを眺めながら、僕は自分自身に呟いてみる。(三田誠広「僕って何」)
「僕って何」は、物語の語り手である「僕」が、「僕とは何だろう」と、自分の存在意義を自分自身に問い続ける物語です。
実際、作品の至る場面で、「いったい自分はB派の中で何をしてきたのだろうか―」「僕はここで何をしているのだろう―」「この三か月間の大学生活とはいったい何だったのだろう―」と、自分自身へと問い続けています。
しかし、その答えは見つかりません。
ここでこんなふうに息せき切って逃げまわっている自分とは何ものなのだろう……。
いつかレイ子とともに逃げた同じ経路を、今度はひとりで駆けていく。駆けながら僕は思う。いったい何が起こったのだろう。自分はなんでこんなところを走っているのだろう。何のためにこんなに息せき切って逃げ回らなければならないのだろう。ここでこんなふうに息せき切って逃げまわっている自分とは何ものなのだろう……。(三田誠広「僕って何」)
「僕」は確かに、はっきりしとした自分の意思を持たない、優柔不断な男ですが、そのことを最も悲しく感じているのが「僕」自身であり、「僕」はいつでも自分を変えたいと願っています。
そして、自分の意思で加入したわけではないB派を離れ、一人で新たな道を進み始めることを決意しますが、その道を指し示してくれたのが、B派批判を繰り返すクラスメートの「海老原」でした。
「僕」は「海老原」の提案を受け入れてB派を離脱しますが、しかし、それも結局は「僕」自身の意志による決断ではなかったことに、やがて「僕」は気がつくことになるのですが、、、
レイ子も母親も、ほんとうの”僕”というものを知らないんだ。
僕は思う。レイ子も母親も、ほんとうの”僕”というものを知らないんだ。ふたりともなんにも知らないで、”僕”の話をしながら、”僕”の帰りを待っていてくれた……。(三田誠広「僕って何」)
上京の際に喧嘩別れをした母親、B派離脱とともに別れを決意したはずのレイ子、物語の最後で「僕」を救ってくれるのは、二人の女性たちでした。
B派を離脱した「僕」は、B派の復讐や内ゲバから逃げ回り、行きずりのチンピラにボコボコにされた揚句に有り金を失いながらも、少しずつ自分の居場所を感じ始めます。
やがて、二人の女性に再会した「僕」が感じたものは、「何か身に余る扱いをうけてしまったようなうしろめたさ」でした。
読書感想こらむ
昭和20年代から40年代の小説を読むことが多い最近の僕にとって、久しぶりに読んだ「僕って何」は、「めっちゃ軽い」と感じられる小説でした。
解説の小林広一さんは「この作品は、戦後文学の転換を象徴する作品である」と指摘していますが、戦後の文学作品を時代を追って読んでみることで、この作品の異質さが殊更に理解できるような気がします。
「僕って何」という質問に対する答えは、容易には見つかりません。
それは「僕」自身が、もっと時間をかけて解き明かしていくべきものであり、そして、何より、決して簡単に答えの出るべき問いではないということ。
人は誰もが「自分とは何か」という問いかけと向き合っているものなのですから。
まとめ
三田誠広さんの「僕って何」は、学園紛争の時代を舞台にした青春小説です。
苦しみながら生きる「僕」の青春をユーモアたっぷりに描いています。
著者紹介
三田誠広(小説家)
昭和23年(1948年)、大阪生まれ。
17歳のときに書いた「Mの世界」で文壇デビュー。
「僕って何」発表時は29歳だった。