日本文学の世界

村上菊一郎「マロニエの葉」パリ滞在記と文学仲間たちとの温かい交遊記

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村上菊一郎「マロニエの葉」読了。

本書は、フランス文学者として著名な村上菊一郎の初めての随筆集である。

村上菊一郎という名前を、僕は庄野潤三の作品の中で初めて知った。

それは、井伏鱒二や小沼丹などとともに、居酒屋「くろがね」の古い常連客の一人として紹介されていたり、あるいは、庄野家で宴会になったときには、いつも大きな声で「夏子さーん」と、庄野さんの長女の名前を呼ぶのが癖だったなどのエピソードとともに紹介されていたりする。

阿佐ヶ谷会では井伏さんと古い付き合いであり、早稲田大学では小沼丹と同僚だったりと、庄野さんとの接点が生じるのももっともだろう。

本書の構成としては、第一部にヨーロッパ紀行に関するもの、第二部に「戦後から現在まで折にふれて新聞雑誌に発表した随想」を、第三部には「専攻分野における研究の一つで、愛着の念も深い」という文芸評論が収録されている。

第一部のヨーロッパ紀行では、パリ滞在記が多くを占めるが、「パリのさくらんぼ」では、当時パリに在住していた津島園子が登場している。

「津島園子さんといっては知る人も少ないだろうが、太宰治の長女である。ぼくは御坂峠の文学碑除幕式や桜桃忌の席上で少女時代の彼女に会ったことがあるし、早大の英文科に優秀な成績で入学したことも知っていたが、口をきいたことは一度もなかった」という彼女との出会いは、英文科の助教授である林昭夫君に伴われて、彼女がひょっこり著者宅を訪ねて来たときだった。

パリで結婚式を挙げるという彼女のお相手は、パリ大使館二等書記官のお役人で、著者は日本での約束を果たすために、彼女の新婚家庭をパリに訪ねたわけである。

「あわれベレー帽」は、パリの百貨店「サマリテーヌ」で買い求めた上等のベレー帽を愛用しているといった話だが、この中に、庄野英二・潤三の兄弟が登場している。

十一月四日、庄野英二の野間児童文学賞授賞式のつどいにももちろん着用して出席した。そしてその宵は、受賞の当人と弟の庄野潤三が待っているという新宿のトンカツ料理屋へ、小沼丹(作家)、横田瑞穂(ロシア文学者)、伊馬春部(劇作家)の面々といっしょにはせ参じて、内輪の祝宴をもよおした。(村上菊一郎「あわれベレー帽」)

この夜、著者は伊馬春部にせがまれて、自慢のベレー帽を譲ることになってしまうが、既に泥酔していた伊馬春部にはベレー帽の記憶などまったくなくて、どうやら、あの夜のうちにどこかへ置き忘れてきたらしいというオチが楽しい。

フランス文学者の随筆というから、どれだけ堅苦しいものかと思っていたが、パリと仲間たちとを結びつける楽しいエピソードがたくさん綴られている、実にご機嫌の随筆集だった。

小沼丹へのお土産だったマロニエの葉

表題作「マロニエの葉」に登場するのは、早稲田大学の同僚の小沼丹で、「ぼくは作家の小沼丹君からパリのカフェのジョッキ敷をできるだけたくさん集めてきてくれとたのまれていた」が、パリのビールはまずいので、蒐集は遅々としてはかどらないと、著者は綴っている(それでも十余枚ほどは集まっていたが)。

ところで小沼君は無料の土産ものばかりねだる癖があると見えて、次の手紙では「ドイツ留学の友人から菩提樹(リンデンバウム)の葉を貰いました。大兄はパリのマロニエの葉を持ってきて下さい」といってよこした。街路樹や公園の並木の葉をむしりとるのは公衆道徳に反することだとわかっていても、遠い故国の友人の願望とあってはいたしかたない。ぼくはリュクサンブール公園に出かけ、ひと気のない片隅で手頃な緑の葉を物色したが、下枝に手が届かないので当惑した。(村上菊一郎「マロニエの葉」)

結局、著者は通りがかりの小学生に協力してもらって、貴重なマロニエを葉を手に帰国するのだが、フィガロ紙に貼りつけられたマロニエの葉は、その後、額装されて、小沼家の書斎の壁に飾られていたという。

著者と小沼丹との友情を語るエピソードとして、非常に良い随筆だと思った。

書名:マロニエの葉
著者:村上菊一郎
発行:1967/9/30
出版社:現文社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。