村上春樹の世界

村上春樹「風の歌を聴け」青春もあの夏も二度と戻っては来ない

夏が近づくたびに読み返したくなる小説ってありますよね。

村上春樹さんの「風の歌を聴け」は、思わずビールを飲みたくなるような、クールでドライな夏の青春小説です。

書名:風の歌を聴け
著者:村上春樹
発行年月日:1979/7/1
出版社:講談社

作品紹介

「風の歌を聴け」は村上春樹さんのデビュー作品です。

1979年に「群像新人文学賞」を受賞したときのタイトルは「Happy Birthday and White Christmas」でした(表紙イラスト上部に書いてある)。

選考委員の一人だった佐多稲子さんは「若い日の一夏を定着させたこの作は、知的な抒情歌、というものだろう」と述べています。

そして「作中の鼠は作者の分身だ」ということも。

ちなみに「風の歌を聴け」は、トルーマン・カポーティの短編小説「Shut a Final Door(最後のドアを閉じろ)」の最後の一行に由来。

1980年2月発行の「POPEYE」では、「グリーニッシュ・イエローのビールを思わせる軽快な文体」で「新鮮なビールの感覚」があり、「クリーンでマイルドな良質のビールの味わいがある」と紹介されています。

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なれそめ

僕が初めて読んだ村上作品は大ベストセラー小説「ノルウェイの森」でした。

その後、村上さんの作品を最初から順番に読んでみようと思い、最初に手に取ったのが、この「風の歌を聴け」です。

「ノルウェイの森」を読んだとき、それほど「新しい」とは感じませんでしたが、次に読んだ「風の歌を聴け」は、率直に「新しい小説」だと感じました。

「風の歌を聴け」を読み終えた瞬間から、僕は村上春樹さんのファンになっていたような気がします。

それまで、コッテコテの日本の純文学小説ばかり読んできた自分には「軽くて読みやすい」「クールでかっこいい」「都会的で新しい」みたいな印象を受けた感じ。

正直に言って「薄っぺらいな」という感覚もありましたが、何度読み返しても飽きないという、不思議な小説でもあります。

あらすじ

時は1970年8月。

物語の語り手である「僕」は、夏休みを利用して東京の大学から故郷の港町へと帰省してきています。

どうしようもなく退屈な夏休みを、僕は親友の「鼠」とともに、馴染みの「ジェイズ・バー」でビールを飲んで過ごします。

ある晩「僕」は、酔い潰れているところを介抱したことから、一人の女の子と付き合い始めます。

一方「鼠」も何やら女性関係のことで苦しんでいる様子。

女の子との複雑な関係を軸に、大人の階段を上り始めている「僕」と「鼠」の短い夏の日々は過ぎていきますが、、、

舞台の港町は「神戸市」だと言われています。

大森一樹監督によって映画化された際も神戸市内で撮影が行われました。

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本の壺

固有名詞を楽しむ

村上春樹さんの作品には、たくさんの固有名詞が登場します。

「風の歌を聴け」の中にも、「ビーチボーイズのカリフォルニア・ガールズ」「ベートーベンのピアノ・コンチェルト3番」「グレン・グールドとバックハウス」「ギャル・イン・キャリコの入ったマイルス・デイビス」「時代遅れなピーター・ポール&マリー」「髪はジーン・セバーグ風」「エルヴィス・プレスリーの主演映画」「M・J・Q」「ボブ・ディランのナッシュビル・スカイライン」などなど。

正直に言って、村上さんの小説で初めて覚えたカルチャーというものは少なくないし、村上作品がきっかけで好きになったカルチャーも少なくありません。

ビーチボーイズなんて、まさしく「風の歌を聴け」をきっかけにして聴き始めたようなものですから。

「風の歌を聴け」を読むときには、固有名詞に着目して読んでいくと教養も広がっていくと思いますよ。

「もっともらしい嘘」にだまされない

これも、村上春樹さんの小説あるあるなんですが、作品中に登場するエピソードや固有名詞には「嘘」というか「虚構」が多いです。

デビュー作の時点からして、もっともらしいエピソードが、あたかも真実であるかのように織り込まれているので注意しましょう。

まともに信じて人前で披露すると恥ずかしいことになります。

まあ、村上作品に慣れてくると「これも嘘かもしれない」みたいに疑いながら読み進める習慣が付くわけなんですが(笑)

ということで、「風の歌を聴け」を読むときは、ぜひもっともらしい「虚構」の世界を味わってみてくださいね。

すごく大きな罠が仕掛けてありますから。

センチメンタルに浸る

「風の歌を聴け」は「乾いた文面」と評されるくらいにクールでドライタッチな小説ですが、一方で、その後の村上作品には珍しいほどセンチメンタルな場面も登場します。

物語の前半は、「僕」と「鼠」のひたすらにクールな部分が殊更に強調されているのですが、物語の後半(つまり夏の終わり)に近付くにつれて、「僕」も「鼠」もどんどん感傷的になっていきます。

夏の香りを感じたのは久し振りだった。潮の香り、遠い汽笛、女の子の肌の手ざわり、ヘヤー・リンスのレモンの匂い、夕暮れの風、淡い希望、そして夏の夢・・・しかしそれはまるでずれてしまったトレーシング・ペーパーのように、何もかもが少しずつ、しかしとり返しのつかぬくらいに昔とは違っていた。(村上春樹「風の歌を聴け」より引用)

それから、こんな場面も。

僕は5分ばかりそれを眺めてから車に戻り、シートを倒して目を閉じ、しばらく波の音に混じったそのボールを打ち合う音をぼんやりと聞き続けた。微かな南風の運んでくる海の香りと焼けたアスファルトの匂いが、僕に昔の夏を想い出させた。

女の子の肌のぬくもり、古いロックン・ロール、洗濯したばかりのボタン・ダウン・シャツ、プールの更衣室で喫った煙草の匂い、微かな予感、みんないつ果てるともない甘い夏の夜の夢だった。そしてある年の夏(いつだったろう?)夢は二度と戻っては来なかった。(村上春樹「風の歌を聴け」より)

村上さんのこういうセンメンタルな文章は意外とレアだと思うので、「風の歌を聴け」を読むときは、センチメンタルな村上春樹さんを探してみると楽しいですよ。

お、若い頃の村上さんって意外と感傷的なんだな、とか(笑)

「今夜バスで帰るよ」ジェイはフライド・ポテトにするため芋を剥きながら何度か肯いた。「あんたがいなくなると寂しいよ。コンビも解消だね」ジェイはカウンター上にかかった版画を指さしてそう言った。「鼠もきっと寂しがる」「うん」「東京は楽しいかね」「どこだって同じさ」「だろうね。あたしは東京オリンピック年以来一度もこ街を出たことがないんだ」街は好き?」「あんたも言ったよ。どこでも同じってさ」(村上春樹「風の歌を聴け」より)

読書感想

いろいろと書いてきましたが、「風の歌を聴け」は、村上春樹さんの作品の中でも非常に読みやすく、難解な設定もないので、村上春樹入門者にはお勧めの作品です。

長編とは言え、ボリューム感も少ないので、読書に慣れていない人でも何とかいけるのではないでしょうか。

そういう意味で、初めて村上春樹作品を読みたいという方には、僕はいつでも「風の歌を聴け」を推薦することにしています。

あと、夏の小説なので、夏に読む小説としてお勧め。

まとめ

「風の歌を聴け」は夏に読みたい小説。

読み終えた後には、きっと懐かしい気持ちになるだろう。

傷つきやすい青春の瑞々しさが溢れているから。

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じゅん
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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。