庄野潤三の世界

河上徹太郎「都築ケ岡から」青春の頃、私は自分の青春を嫌悪していた

河上徹太郎さんのエッセイ集「都築ケ岡から」を読みました。

読書欲を満たしてくれる、知性に溢れた随筆がいっぱいです。

書名:都築ケ岡から
著者:河上徹太郎
発行:1990/12/10
出版社:講談社文芸文庫

作品紹介

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「都築ケ岡から」は、河上徹太郎さんの随筆集です。

雑誌や新聞などに掲載された、多彩で短いエッセイが、たくさん収録されています。

単行本は、1975年(昭和50年)4月、毎日新聞社から刊行されています。

あらすじ

「都築ケ岡から」は、様々な媒体で発表済みの作品を収録した随筆集です。

それぞれの随筆は、「閑林通信」「わが旅わがふる里」「猟・酒日記」「音楽と文化」「読書と人生」「わが詩友・わが酒友」「自画像」という大きな項目ごとに分類されています。

【目次】///「閑林通信」野鳥の色と味/書出し/わが球歴/現代の「からごころ」/ギプス記/犬と鳩/文学者と手紙///「わが旅わがふる里」加賀の三日間/京都の宿/揚州の旅/二十世紀の旅愁/金沢から岩国へ/都築ケ岡の風物///「猟・酒日記」初猟/犬とジャーナリズム/大島の猟/犬がいない時/吉田松陰とハンター/新酒の味///「音楽と文化」モーツァルトへの接近/私のピアノ修業///「読書と人生」乱世の英雄たち/象徴派的人生/羽左衛門の死と変貌についての対話///「わが詩友・わが酒友」中原中也の手紙/井伏鱒二/横光利一///「自画像」私の修学時代/青春への思い/わが戦後/私の批評家的生い立ち/私の人間修業/私の翻訳歴/はじめての本『自然と純粋』/挨拶///人と作品(勝又浩)/年譜(大平和登・寺田博)/著者目録(大平和登)

なれそめ

河上徹太郎さんの随筆を読んでみようと思ったのは、庄野潤三さんの古い随筆を読んだときだと思います。

「丘の上の家」で暮らす庄野さんは、「岡の上の家」で暮らす河上さんと家族ぐるみのお付き合いをされていて、そのときの様子が、とても印象的に描かれていました。

もしかすると、随筆ではなくて小説だったかもしれません(庄野さんの作品を随筆とか小説とかいうジャンルで分類することは難しい)。

庄野さんの本を読んで、新たに読み始めた作家の一人、それが河上徹太郎さんです。

河上さんの随筆は、予想どおり、知的で楽しくて読書欲を満たしてくれる、そんなお話でいっぱいでした。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、僕の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

そういえばイギリスは自然の気候も風土も軽井沢によく似ている

滞英四十日、あとつけたりにパリで一週間、約五十日ばかりのヨーロッパの旅であったが、丁度暑い盛りを向うで過し、九月二十一日帰って見ると、軽井沢あたりへ避暑して東京を留守にしていたのと余り気持が変らない。そういえばイギリスは自然の気候も風土も軽井沢によく似ている。(二十世紀の旅愁)

この随筆集で一番おもしろかったのは、旅行記(紀行文)の類です。

「二十世紀の旅愁」では、イギリス旅行を回想しながら、島崎藤村や横光利一、永井荷風といった、渡欧歴のある作家たちの作品に思いを馳せます。

特に、横光利一の「旅愁」に対する河上さんの思いは強く、「私達は、横光氏の『旅愁』を通して、パリの街を築く石材の古さや堅さを、実際以上に強く自分で描いているのである」と、小説を通して得られるパリの街並みの美しさに触れています。

その上で「『旅愁』という小説では、パリの美しさに憧れ、これをつきつめればつめる程、作者の心の中には日本への回帰が強く募っているのである」と、外国旅行体験が祖国日本への理解を一層深める契機となり得ることを指摘しています。

外国の街に飲み込まれるのではなく、外国の街を知ることで、日本の街の魅力や素晴らしさを再発見する。

海外旅行の旅の本当の魅力は、そんなところにあるのかもしれませんね。

小林は黙って煙草を吸い、新聞を読み、中原はひとりで両手を振りながらその日の発見と冒険を独白体で得々と語る

その頃二人の人物が私の殆んど閉された門を繁々訪れた。小林秀雄と中原中也である。要するにこの二人の街の放浪者は、私の書斎が一番うるさいもののない憩い場だったのだろう。彼等は特に私に何を期待していたのでもない。小林は黙って煙草を吸い、新聞を読み、中原はひとりで両手を振りながらその日の発見と冒険を独白体で得々と語る。彼等の要求するものは、小林はたまにピアノを弾いてくれといい、中原は一本のビールと、帰り際に五十銭玉一つが関の山だった。(「私の修学時代」)

「自画像」は、河上さんが若き日を振り返る回顧録ですが、小林秀雄と中原中也の二人が、親しい友だちとして登場しています。

中原中也とは、特に付き合いが深かったようで、他の随筆の中にもたびたび登場しています。

若き修行時代に、良き文学仲間に恵まれるほど、素晴らしいことはありませんよね。

「私は青春の頃、自分の青春、或いは青春そのものを嫌悪していた」という河上さんの青春が始まったのは、まさしく、文学仲間との出逢いからだったのです。

「やがて或る事情で小林はしばらく東京から姿を消し、その間に私は中原に誘われて初めて同人誌の仲間入りを」します

昭和4年、河上さんが27歳のときで、雑誌の名前は「白痴群」でした。

胡桃といえば何故だか私は室生犀星を思い出す

金沢名物といえば、もっと外に有名なものが色々ある。ごり料理、鴨のじぶ煮、蟹等。然しそれはもう世に喧伝されている。それから胡桃。胡桃といえば何故だか私は室生犀星を思い出す。顔が似ているなど失礼をいってるのではない。『告ぐるうた』の中の胡桃林でのあいびきの場面は、室生さんの文学の味の典型的なものだ。いって見れば、あくまで木の実の味でいて、しかもほのかに西欧臭い所である。(「金沢から岩国へ」)

河上さんの旅行記は、文学を通じて語られています。

吉田健一さんたちと訪れた金沢の街の記憶は、金沢出身の小説家・室生犀星の文学へと繋がっていきます。

読んでいくと、金沢の話なんだか室生犀星の話なんだか分からなくなってきますが、旅行と文学とが絶妙な取り合わせで語られているところが、この随筆の醍醐味と言えるでしょう。

文学的な知識があることで、旅は一層楽しいものになるということを、河上さんの随筆を通して、改めて感じることができました。

河上さんの旅行記、もっと読んでみたいなあ。

読書感想こらむ

カバー文に「独創的、多彩なエッセイ」とありますが、本当にそのとおりだと思います。

太宰治や中原中也や横光利一、井伏鱒二の話があったと思ったら、趣味のハンティングの話があって、敬愛するモーツァルトの話がある。

どの随筆も知性に溢れていて、そして、あくまでも自分のスタンスからはみ出すことがない。

批評家であり、ディレッタントであり続けた河上さんの生き方が、そのまま随筆にも反映されているのだろうと思いました。

読書欲とか知識欲とか、そういう向上心を刺激してくれる随筆集です。

もっともっと本を読みたくなって、もっともっと勉強したくなりますよ。

まとめ

「都築ケ岡から」は、河上徹太郎さんの随筆集です。

幅広いジャンルの話題が、批評家精神を失うことなく紹介されています。

趣味に生きる大人、ディレッタントの物語。

著者紹介

河上徹太郎(文芸評論家)

1902年(明治35年)、長崎市生まれ。

日本の近代批評の先駆者。

「都築ケ岡から」刊行時は73歳だった。

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。