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津島美知子「回想の太宰治」嫁が綴った太宰治のライフスタイル

津島美知子「回想の太宰治」嫁が綴った太宰治のライフスタイル

太宰治唯一の正妻だった津島美知子が綴った太宰治の回想記。

1938年(昭和13年)のお見合い以降、戦前戦後の太宰治の素顔を描く、渾身の回想記。

太宰と交流を持った多くの文人たちも登場して、昭和初期の文壇史をたどる。

書名:回想の太宰治
著者:津島美知子
発行:2008/3/10
出版社:講談社文芸文庫

作品紹介

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講談社
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『回想の太宰治』は、太宰治の正妻・津島美知子が綴った、太宰治の回想記です。

太宰治の最初の嫁・小山初代は、太宰の実家の許可を得ることができなかったために入籍をしていない、いわゆる「内縁の妻」でした。

初代はおよそ6年間、太宰と暮らしをともにしましたが、太宰が薬物中毒で入院している間に、太宰の義弟と不倫行為をしていたことが発覚後、太宰と離婚しました。

太宰が初めて正式に結婚したのは、昭和14年、太宰治30歳のときで、師匠である井伏鱒二の紹介による見合い結婚でした。

山梨県立都留高等女学校(現在の山梨県立都留高校)の教師だった石原美知子は、このとき26歳で、昭和14年から太宰が亡くなる昭和23年までの戦前戦後にかけて、津島美知子は、太宰治の生涯を通してたった一人の嫁として、太宰の文筆活動を支え続けました。

この回想記は、昭和58年に刊行された『回想の太宰治』(講談社文庫)を底本としながら「アヤの懐旧談」を削除し、『増補改訂版 回想の太宰治』(平成9年、人文書院)から「蔵の前の渡り廊下」「南台寺」「父のこと、兄のこと」「『水中の友』」の四篇を収録したものです。

(目次)Ⅰ~御坂峠/寿館/御崎町/三鷹/甲府から津軽へ///Ⅱ~書斎/初めて金木に行ったとき/白湯と梅干/千代田村ほか(千代田村/深浦/吉良市/嘉瀬)津軽言葉/税金/アヤメの帯―タケさんのこと/点描(正月/筆名/揮毫/蔵の中/「聖書知識」/自画像/郭公の思い出/)書簡雑感/遺品(時計/兵隊靴)/紋付きとふだん着/三月二十日///Ⅲ~「女生徒」のこと/「右大臣実朝」と「鶴岡」/「新釈諸国噺」の原典/「惜別」と仙台行/「パンドラの匣」が生まれるまで///Ⅳ~「奥の奥」/旧稿/「秋風記」のこと/「創作年表」のこと///Ⅴ~蔵の前の渡り廊下/南台寺/父のこと、兄のこと/『水中の友』///初版本あとがき/講談社文庫版あとがき/増補改訂版あとがき/解説(伊藤比呂美)/津島美知子略年譜/太宰治年譜

なれそめ

多くの文学青年がそうであるのと同じように、高校生時代の僕も思い切り太宰治にハマりました。

そして、多くの太宰治マニアがそうであるように、高校生時代の僕も太宰治になりたくてなりきれない、妙に中途半端な文学青年ではありました。

とにかく、太宰治の書くものすべてが格好良くて、それは小説とか随筆のような文学作品ばかりではなく、文学仲間に宛てた手紙の中でさえ、太宰治は太宰治を演じきっているように見えたのです。

太宰の主要な作品は高校時代にほぼ読み終えてしまい、大学生になった頃には、僕はもういっぱしの太宰治フリークになっていて、太宰の文学作品だけではなく、その私生活まで含めて太宰治の虜になっていました。

僕が戦前戦後の文壇史をきちんと勉強するようになったのも、太宰治の心中事件をきっかけとして始まり、太宰治の交友関係を中心として、文学者たちの糸をたどり始めたことは言うまでもありません。

本書は、遺された太宰の妻・津島美知子が綴った、日常生活の中の太宰治です。

太平洋戦争が始まり、日本各地の主要都市が空襲を受ける中、太宰治はどのように生きていたのか、敗戦後の混乱の中で、太宰治は何をしようとしていたのか。

貴重な証言が、この一冊の中には込められているのです。

あらすじ

太宰治は、文字通り文学のために生まれ、文学のために育ち、文学のために生きた「文学の寵児」だった。彼から文学を取り除くと、そこには嬰児のようなおとなが途方に暮れて立ちつくす姿があった―。戦中戦後の十年間、妻であった著者が、共に暮らした日々のさま、友人知人との交流、疎開した青森の思い出など、豊富なエピソードで綴る回想記。淡々とした文にも人間太宰の赤裸な姿が躍如とする好著。 (「背表紙の紹介文」)

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

ささやかな婚約披露の宴が私の実家で催された

床の間に朱塗りの角樽が一対並んでいた。結納は太宰から二十円受けて半金返した。太宰はこれが結納の慣例ということを知らず、十円返してもらえることを知って大変喜んだ。(『御坂峠』)

『回想の太宰治』は、高校教師の石原美知子さんが、井伏鱒二の縁談により、太宰治とお見合いをするところから始まります。

回想によると、そのとき美知子さんは「三か月ほど前までは太宰治の名も作品も知らなかった」ような状態で、「当時、太宰は、愛読者と、支持者をすでに持っていたが、知名度ともなればいたって低いものであった」そうです。

太宰の結婚相手を探す井伏鱒二から縁談を持ち込まれた美知子さんは、昭和13年9月、太宰とお見合いをして、翌14年1月、二人は無事に結婚することとなりました。

縁談を持ち込むにあたって、井伏鱒二が持ってきた太宰に関する情報は「仕事に関することだけで、私生活については全く触れてなかった」と、美知子さんは綴っています。

このとき、太宰治には、内縁の妻・小山初代と離婚した経歴がありました。

さらに、女給の田部シメ子と心中事件を起こすほか、何度も自殺未遂を繰り返しており、太宰が、いわゆる「事故物件」であることも知らずに、美知子さんは太宰と結婚してしまったということになるようです。

井伏先生、うまくハメましたね(笑)

「女生徒」は若い女性の愛読者の日記に拠っている

「女生徒」は若い女性の愛読者の日記に拠っている。(略)S子さんの日記は走り書きで大変読み辛いが、太宰は一読のもとに、「可憐で、魅力的で、高貴でもある」(川端康成氏の「女生徒」評から)魂をさっとつかみとって八十枚の中編小説に仕立て、傍にあった岩波文庫のフラビエ著「女生徒」から題名を借用して「文学界」の十四年四月号に発表した。(『「女生徒」のこと』)

中編『女生徒』は、現在でも若い読者から支持を得ている人気作品です。

「S子さんの日記は春から夏までありますが、太宰の『女生徒』は初夏の一日の朝から夜までで、書き出しと終わりの部分は全くS子さんの日記には無い」そうです。

その頃、太宰の家に出入りしていた友人・塩月赳のリクエストで、太宰は二人のお見合いをセッティングしますが、自分より背の高いS子さんに気遅れをして、塩月赳は即座に断りの意思を表明しています(自己中かよ)。

ちなみに「S子さんはその後太宰とも文学とも全く無縁の人と結婚した」そうです。

銀座ルパンで太宰治が履いていた兵隊靴

終戦後、また着流しに戻り、外出にはお下がりの背広を着たが、背広はともかく足はひと回り兄より大きいので、嫂から貰った繻子足袋は踵がはみ出るし、借りた靴で外出すると、足が痛くて困っていた。そんなとき兵隊靴の配給があった。(『遺品―兵隊靴』)

この日以来、太宰はこの兵隊靴を愛用しており、美知子さんの知る限り、太宰の履いた靴らしい靴は、この兵隊靴だけだったそうです。

実は、その後、歴史に残されることになる写真の中でも、太宰治はこの兵隊靴を履いています。

それは「銀座の『ルパン』で、林忠彦さんの撮影された写真」で、「この靴が重要な役割を果たしている」と、美知子さんは綴っています。

「太宰は脚の高い椅子を二つ並べた上にうまく安座して、上着を脱いだチョッキ姿で、ワイシャツの袖口をめくり上げ、めずらしく颯爽として、登山家か何かのような大変活動的な印象を与えるが、こういうポーズをとれるのも兵隊靴なればこそである」という美知子さんの回想に描かれた、この兵隊靴は、やがて知人へと譲られることになります。

それにしても、こういうささいなエピソードに、マニアっていうのは弱いんですよね。

読書感想こらむ

太宰治くらいのビッグネームになると、いろいろな伝説が出回る一方で、ある固定化されたイメージが定着してしまうことは、ある意味で仕方のないことだと思います。

だけど、世間で面白おかしく語り継がれるほど、太宰治というのは人格の破たんした人間だったのでしょうか。

『回想の太宰治』で綴られる素顔の太宰は、生活能力はまるっきりないくせにプライドだけは高くて見栄っ張りな小説家としてのキャラクターを、とてもよく表現しています。

女性関係についての記述がないのは、美知子さんの立場を考えれば仕方のないことであって、それよりも「太宰はずっと和服で通してきたので、ズボン一つ持ち合わせが無く、いわゆる防空服装を整えるのに苦心した」こととか「太宰の酒は一言で言うと、よい酒で、酒癖の悪い人、酒で乱れることをきらった」こととか「酒屋、煙草屋、豆腐屋、この三つの、彼に不可欠の店が近くに揃っていてお誂え向きだと、私の実家の人たちにひやかされた」ことなど、太宰治のライフスタイルに、もっと注目しても良いのではないかと思います。

まあ、自殺とか心中事件とか不倫とか下世話な話にばかり、世間がうるさすぎるんですよね、はっきり言って。

僕は酒の肴に豆腐が欠かせなかった」という太宰治が好きです(笑)

まとめ

太宰治の嫁が綴った戦前前後にかけての太宰治の素顔。

太宰治のライフスタイルを知ることができる貴重な随筆集です。

すべての太宰治マニアは読んでください。

著者紹介

津島美知子(太宰治の妻)

1912年(明治45年)、島根県生まれ。

27歳のときに太宰治と結婚、36歳のときに死別した。

本書刊行時は71歳だった。

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じゅん
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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。