庄野潤三の世界

庄野潤三「情熱」生きることの素晴らしさを教えてくれた曽祖父の記憶

庄野潤三「情熱」読了。

本作「情熱」は、長篇随筆「エイヴォン記」の連載第五回目の作品であり、「群像」1988年(昭和63年)12月号に発表された。

単行本では『エイヴォン記』(1989、講談社)に収録されている。

現在は、小学館 P+D BOOKS から刊行されているものを入手することが可能。

私の好きなハックスリーの「半休日」が入っているではないか

『エイヴォン記』は、庄野さんの好きな文学作品を紹介する連載エッセイである。

本作「情熱」では、『アメリカ短篇集』(西川正身編、市民文庫)という一冊の文庫本に収録されている作品である。

市民文庫は河出書房から出ていたもので、「世界短篇集」ではアメリカのほかに、ロシヤ、フランス、ドイツ、イギリスがあったらしいが、庄野さんが持っているのは『アメリカ短篇集』だけである。

いま、この広告の目次内容を見ると、どうしてほかの国のも買っておかなかったんだろうと悔まれる。せめて福原(麟太郎)さんの編集による『イギリス短篇集』くらいは、買っておくべきであった。目次のなかに私の好きなハックスリーの「半休日」が入っているではないか。(庄野潤三「情熱」)

『アメリカ短篇集』は、昭和24年の初版発行だった。

西川正身編『アメリカ短篇集』市民文庫西川正身編『アメリカ短篇集』市民文庫

ヘミングウェイ「殺人者」、フォークナー「乾いた九月」、コールドウェル「昇る太陽に跪け」など八篇が収められている。

この中から庄野さんが取り上げたのは、集中ただ一人の女流作家であるドロシー・キャンフィールドの「情熱」(西川正身訳)だった。

『エイヴォン記』では、文学作品のほかに、清水さんの薔薇と孫娘フーちゃんのエピソードが交じえて語られる構成となっている。

今回、清水さんは、畑から切り取ってきたばかりの花を、たくさんくれた。

紫苑、秋明菊、ほととぎす(小豆色と白)、孔雀草

次の日、妻は半分を「山の下」の長男と次男のところへお裾分けしてあげた。

孔雀草と白のほととぎすは、書斎のピアノの上の花生けに活けてある。

「命ある間に生き、悔いなくして死ね」

フーちゃんは、その日、夏のはじめに妻が縫って上げた赤と白の格子縞の服を着てきた。

籐の「お馬」を手で動かす。母親のミサヲちゃんに乗れという。つぶれるわといいながらミサヲちゃんは何とか「お馬」に乗る。すると、そこへ自分も乗せろという。物をいわない子だから、身ぶりで示す。だが、これは無理だ。(庄野潤三「情熱」)

それからフーちゃんは、南足柄山から長女が末の男の子を連れてきたときに忘れていった「ジャイアンツのバット」を振り回して遊んだ。

祖父母の家で楽しく遊ぶフーちゃんのスケッチもいいが、本作では、ドロシー・キャンフィールドの「情熱」が、じっくりと紹介されている。

それは、まだ幼かった<僕>が、89歳の祖父と一緒に、村の祭りを見物に出かけたときの思い出話であった

高齢の曽祖父は、遠い祭りへ出かけることを医者から禁じられていたが、幼い<僕>を連れて、家族に内緒でこっそりと出かけてしまう。

曽祖父と<僕>は、全財産を散在するまで全力で祭りを楽しんだ。

ようやく家に辿り着いた瞬間、曽祖父は身体への負担から意識を失ってしまったほどだ。

おい、ジョー、わしはな、長い間生きて来た。それで人間というものについていろいろなことを学んだ。この人生をうまく渡って行くにはな、どんどん元気よくやって行って、あとは運を天に任せるのが一番だ。ジェロボーアム・ウォーナーの奴がよくいったようにな。(ドロシー・キャンフィールド「情熱」西川正身訳)

そんな曽祖父のモットーは、「命ある間に生き、悔いなくして死ね」だった。

この作品は、古い『アメリカ短篇集』を探してきて、読む価値のある小説だと思う。

書名:エイヴォン記
著者:庄野潤三
発行:2020/2/18
出版社:小学館 P+D BOOKS

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。