庄野潤三の世界

庄野潤三「自分の羽根」短い文章で綴る暮らしと文学と友情の随筆集

庄野潤三「自分の羽根」短い文章で綴る暮らしと文学と友情の随筆集

庄野潤三さんの随筆集「自分の羽根」を読み終えました。

ひとつひとつが短いエッセイなのに、読後の充実感には凄まじいものがあります。

これぞ文学、これぞエッセイ!

書名:自分の羽根
著者:庄野潤三
発行:2006/5/10
出版社:講談社文芸文庫

作品紹介

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「自分の羽根」は、庄野潤三さんの初めての随筆集で、単行本は、1968年(昭和43年)2月に、講談社から刊行されています。

単行本あとがきの中で、庄野さんが「私は短い文章を読むのが好きで、短ければ短いほど気に入るという性質がある。それで、この本にも出来るだけ枚数の短いものを拾いあげるようにした。おが屑みたいなのもまじっているが、お許しいただきたい」と書いているように、全体に1編が数ページ程度の短いエッセイが多数含まれています。

高橋英夫さんの解説の言葉を借りると、「この本は三部で構成され、第一には普通の意味の随筆と短文、次には文学論的なものが並び、三番目に詩人、作家たちの印象や回想」で、「昭和30年から42年の間に執筆された90篇」が「ほぼ年代順の配列」によって収録されています。

 

(目次)Ⅰ/宿題/憂しと見し世ぞ/道のそばの家/危険な事業/息子の好物/たつたの川/子供の盗賊/弟の手紙/会話/幸福な家庭と不幸な家庭/兄の手紙/延長戦/ガンビアの正月/病気見舞い/豆腐屋/散髪屋ジム/青柳邸訪問記/豆腐屋のお父さん/フクロウの声/志摩の安乗/石神井公園/熊谷守一の回顧展/今年のムカデ/老人/黄色い帽子/わたしの母校/苦労性/昔も今も/わたしの酒歴/無精な旅人/大食い/多摩の横山/待合せ/林の中で/道/道ばた/苦手/夕暮れ/お裾分け/虫・ドラム罐乗り/好きな花/石売り/永遠に生きる/言葉/竹の籠/梅の花/あわれときびしさ///Ⅱ/自分の羽根/今年の仕事/忘れ得ぬ断章/わが小説/文学を志す人々へ/方法としての私小説/「チャールズ・ラム伝」/私の小説作法/古い、美しい校舎/烏瓜/生牡蠣/漫画友達/はじめての本/絶版/「毛虫の舞踏会」/チェーホフのこと/ゴーゴリ/マンスフィールド/シェイクスピア/自由自在な人/「火鉢」/胃腸病院の漱石/「家」のお種/「町の踊り場」///Ⅲ/伊東先生/日記から/藤沢さんのこと/「お前のうちじゃがな」/子供と佐藤先生/中山義秀氏/檀さんの印象/井上さんの印象/「玉突屋」/梶井基次郎/「交尾」/「猫」・「交尾」/三好さん/ランサムさんの思い出/地震・雷・風/秋元松代さんのこと/名瀬だより/梅崎さんの字/小島の手紙/安岡の着想/著者から読者へ「ラムとのご縁」///解説(高橋英夫)/年譜(助川徳是)/著書目録(助川徳是)

なれそめ

僕はだいたい3冊の本を同時進行で読むことが多いです。

1冊は1週間程度かけて少しずつ読み進める長編小説、もう1冊は早朝の出勤までの時間に読む短編小説、そして、最後の1冊は日常生活の隙間時間に読む随筆や俳句などのごく短いもの。

いちばん大切なものは、実は隙間時間に読む随筆とかコラムの類で、長い小説を読んでいるときのちょっとした息抜きにも、随筆はとてもよい気分転換になってくれます。

そういう意味で、随筆はできるだけ短いものが好きですが、かと言って読んでつまらないものは読みたくないし、貴重な時間の無駄遣いもしたくない。

短いけれど、文学的にちゃんと価値のあるものを読みたい。

そんなわがままにしっかりと答えてくれるのが、庄野潤三さんの随筆です。

ボリューム的には超絶小品ではありますが、小説と比べても遜色ない出来栄えの名随筆を読んでいると、読書の楽しみというものをしみじみと感じさせてくれます。

生きてて良かったと思える、そんな随筆集です。

あらすじ

小学生の娘と羽根つきをした微笑ましいエピソードに続けて、「私の羽根でないものは、打たない」、私の感情に切実にふれることだけを書いていく、と瑞々しい文学への初心を明かす表題作を始め、暮らしと文学をテーマに綴られた90篇。

多摩丘陵の“山の上”に移り住んだ40歳を挟んだ数年、充実期の作家が深い洞察力と温雅なユーモアをもって醸す人生の喜び。

名作『夕べの雲』と表裏をなす第一随筆集。

(紹介文より)

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

私は自分の経験したことだけを書きたいと思う。

私は自分の経験したことだけを書きたいと思う。徹底的にそうしたいと考える。但し、この経験は直接私がしたことだけを指すのではなく、人から聞いたことでも、何かで読んだことでも、それが私の生活感情に強くふれ、自分にとって痛切に感じられることは、私の経験に含める。(「自分の羽根」)

娘と羽根付きをしながら、著者は「自分が打ち返す時に、落ちて来る羽根を最後まで見ること」が大切だということを発見します。

そして、文学においても、著者は「自分の前に飛んでくる羽根だけを打ち返したい」「私の羽根でないものは、打たない」という結論に行きあたります。

「私にとって何でもないものは、他の人にとって大事であろうと、世間で重要視されることであろうと、私にはどうでもいいことである」「しかし、自分の前へ飛んで来た羽根だけは、何とかして羽子板の真中で打ち返したい」と言い切る言葉には、著者の非常に強い信念を感じさせます。

産経新聞に掲載された「自分の羽根」というタイトルの、この短い随筆は、しかし、著者の文学に対する思いを堂々と宣言しているものであり、第一随筆集の表題としてふさわしい、素晴らしい作品に仕上がっていると思いました。

本作90編の作品群の中で、最高の作品だと言いたい、そんな作品です。

自分の仕事について何か考える時は、三年くらいをひと続きのものとして考えたい。

自分の仕事について何か考える時は、一年で区切りをつけず、三年くらいをひと続きのものとして考えることにしたい。若い人ならともかく、私たちの年齢になると、二年や三年の間に考えていることがそんなに変わるものではない。(「今年の仕事」)

1961年(昭和36年)1月の「朝日新聞」に掲載された短いコラムですが、年頭所感として、庄野さんは「自分の仕事について何か考える時は、一年で区切りをつけず、三年くらいをひと続きのものとして考えることにしたい」と述べています。

自分の中にしっかりとした考えが根付き始める年齢になったら、やりたいことが毎年のようにあれこれと変わるわけではないのだから、一年と言わず三年計画くらいでしっかりと取り組もうという話が書かれていますが、すごく良い話だなあと思いました。

年齢とともに、やらなければいけない仕事は少しずつ大きくなっていくことを考えたとき、年頭の抱負というのは、確かに毎年のようにコロコロ変わるというものではなく、むしろ、三年かけなければ達成できないような大きな夢に挑戦するということこそが、大人にとって大切なことであるような気がします。

年を取ったら「長期計画」ということも自分の中で持たなければいけない。

そんなことを、これからは意識していきたいと思います。

静かに生きることは、それほどやさしいことではないからだ。

何よりも私が惹かれたのは、それらのエッセイストがみなラムのようにしっかりと自分の生活を持っていて、自然と人間を見ていることであった。狂瀾の中に身を投じて美を求めないからと云って、これらのエッセイストを咎めることは誰にも出来ない。静かに生きることは、それほどやさしいことではないからだ。(「方法としての私小説」)

昭和37年の「群像」に掲載された短い文学論。

イギリス随筆文学の良き理解者であった庄野さんは「私は最初に学校の教科書でイギリスのエッセイストを学び、すぐれた伝統を持つ小品文学の世界があることを知った」「それらの或るものは、短篇小説として読んでも十分に面白く、味わいの深いものであった」と、イギリスの随筆作品に触れたばかりの頃を回想します。

そして、フィリップやチャールズ・ラムといった著名なエッセイストの功績を引用しながら、彼らが文学者として決して華々しく活躍したのではないことを指摘しています。

パリの市役所に勤務しながら、夜、下宿でこつこつと小説を書いていたフィリップや、姉と二人暮らしの恩給生活者であったラムは、しっかりと自分の生活を持ちながら、人間という存在を観察し、随筆という作品の中で記録しました。

「破天荒な文士の暮らしの中だけに文学があるのではない、静かな生活の中にも文学があるのだ」ということを、庄野さんは言いたかったのではないでしょうか。

庄野さんの作品を理解する上で重要な鍵が、こうした短い随筆の中にも隠れているような気がします。

なお、本書の「あとがき」に相当する「著者から読者へ『ラムとのご縁』」の中でも、庄野さんはチャールズ・ラムに触れており、「一生独身で姉のメアリーと二人で暮らしたラムには若いころ、好きな少女がいた」「この少女、アリスというのだが、アリスともし結婚していたら、生まれていたかも知れない子供に向かって話しかけるという随筆」を紹介しながら、「ラムの話を聞いていた二人の子が、だんだんうしろに遠のいてゆくという結びのところがすばらしかった」と締めくくっています。

また、随筆「チャールズ・ラム伝」では、「姉のメアリーにいつ狂気の発作が起るかわからなくて、発作が起るたびに二人は近所の目を怖れながら、泣き泣き、手を取り合って病院へ出かけて行く」「ことに定年で会社を退職してからのラムの生活は、身辺荒涼として、痛ましい」「名作『エリア随筆集』のうしろにこんな一生があった」と、チャールズ・ラムに対する深い愛情を綴っています。

庄野さんの文学的な随筆の背景には、こうしたイギリス随筆文学による影響があったということなんでしょうね。

読書感想こらむ

「自分の羽根」に収録された庄野潤三さんの随筆の特徴は、一篇一篇が非常に短いことと、随筆のテーマが非常に多岐に渡っていることです。

それは一見「広く浅く」の随筆にも思えますが、短い中で一つ一つの作品には非常に深みがあって、実際には「広く深い」知識がごく短い随筆作品として凝縮されて書かれているのです。

高橋英夫さんの「今日の感覚でいうエッセイ集より、質量ともかなり多くて重くて、充実した感じだ。楽に読めはするが、実は手ごわい一冊である」という解説文の意味が、読み終わった者には、はっきりと理解できることでしょう。

わずか数ページの小品エッセイなのに文学的充足感が得られる秘密は、その内容の濃さにあります。

薄っぺらの知識を数ページに広げたような名ばかりの随筆が多い中で、文学作品としての誇りを随筆から決して奪うことはない、庄野さんの随筆作品は、本当にすごいなあと思います。

随筆が文学作品であるとしたら、それは庄野さんの書く随筆を言うのだろうと、僕は今でも信じています。

まとめ

庄野潤三さんの「自分の羽根」は文学的価値の高い随筆集です。

といって、全然難しい内容ではなく、読みやすくて心温まる話がたくさん収録されているので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。

庄野さんの小説を読んだことがない人にもお勧めですよ。

著者紹介

庄野潤三(小説家)

1921年(大正10年)、大阪生まれ。

「第三の新人」を代表する作家として活躍。

「自分の羽根」刊行時は47歳だった。

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じゅん
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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。