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板坂元「紳士の小道具」知識と教養に裏打ちされた大人のオシャレ

板坂元「紳士の小道具」知識と教養に裏打ちされた大人のオシャレ
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世の男性は、人生とか生き方とかに関する教科書が大好きらしい。

その証拠に、巷に溢れている「~の流儀」といった題名の付いた書籍のほとんどが、大人の男性向けの内容となっている。

男性は「流儀」が好きだと言い換えても良いかもしれない。

板坂元の「紳士の小道具」は、雑誌「サライ」誌上で「紳士の流儀」として連載されていたものを書籍化したものだが、なるほど、すべてのページで紳士の流儀とはいかなるものかが詳細に説かれている。

本来、「流儀」とは、「生き方(ライフスタイル)」そのものを問うものであるような気もするが、本書は「紳士の小道具」という書名どおりに、男性の暮らしを彩る小道具のあれこれについて書かれたエッセイだ。

ここに収録されたテーマは、背広、ワイシャツ、ネクタイ、靴、鞄、靴下、ハンカチ、時計、レインコートなど、一般のビジネスマンのビジネスライフを語るうえで欠かせないものが、一通り揃っている。

チノクロス・パンツやTシャツ、セーターなど、オフの日に役立つテーマも入っているから、大人の男性(つまり紳士)に必要となるベーシックな情報は、この一冊だけで間に合いそうな気がする。

もっとも、この本は、いわゆる服装術の本ではないので、世の中のトレンドだとか、コーディネート術だとかに関する情報を提供するものではない(一部に含まれているのだが)。

むしろ、本書は男性のライフスタイルを充実させるに十分な知識欲を満たしてくれるという意味で、時代を超えた普遍性があるのではないかと思う。

例えば、「傘」では滝沢敬一の随筆集「ベッドでのむ牛乳入り珈琲」からの引用があるし、「靴」でも池田潔の随筆集「靴のかかと」からの引用があるなど、定番とは言えないけれども、しっかりとした味のある書籍からの引用が非常に多い。

「~の流儀」なる書籍には、著者の経験だけに裏打ちされた薄っぺらなものも少なくないが、板坂さんのエッセイは我田引水に陥ることなく、多くの出典を明らかにしながら、大人に必要なマナーとは何か、エチケットとは何かということを論理的に解説していく。

本の好きな人であれば、こういうエッセイ集を一冊読むだけで、次に読むべき本がいくつも見つかるから、お勧めである。

夏目漱石の「三四郎」を「ハンカチ」で引用しているのも、実にセンスが良い。

三四郎と里見美禰子の淡い恋の幕切れの場面だ。かつて三四郎が何気なくすすめたヘリオトロープをしみ込ませたハンカチーフを美禰子が三四郎の鼻先に差し出す場面は、今ならいささか少女小説的趣味になるだろう。が、『三四郎』を初めて読んだ中学生の頃、胸にじーんと共感するものがあった。「ハンカチ」

「三四郎」を読んだことのある人であれば、誰しも共感できる部分ではないだろうか。

もっとも、「紳士の流儀」は、インテリジェンスのライフスタイルを支えるものだから、こうした教養・文化に関心のない人には、少々苦痛となるかもしれない。

逆に言うと、紳士(大人の男性)に必要なものは教養や知識であって、トラディショナルなブランドが提供するスーツや靴は、その後から付いてくるものだということである。

ブルックスブラザーズのスーツを愛用している人が、夏目漱石の「三四郎」さえ読んだことがないということになると、少々バランスが悪いような気がする。

さて、ネクタイ以外に、さりげなくお洒落をするならカフ・リンクスだけだろう。これも、オーバーにならないように、19世紀のアンティークか、金か銀のシンプルなものが望ましい。(略)今、若い人が夢中になっているティファニーの、模様も何もないカフ・リンクスが私の好みで、これなら五、六個持っている。(「アンダーステートメント」)

アメリカ生活の長かった板坂さんはニューヨークのブランドが好きで、特に、ティファニーとコーチを愛用していた。

知識と教養を身に着けた紳士だからこそ、おかしくないお洒落だったのだろう。

書名:紳士の小道具
著者:板坂元
発行:1993/12/20
出版社:小学館

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じゅん
じゅん
札幌在住の文化系社会人。文学散歩とカフェ読書を楽しんでいます。札幌中央図書館の2階辺りに棲息中。