日本文学の世界

伊井直行「会社員とは何者か?」~庄野潤三「プールサイド小景」の不気味な場景

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伊井直行「会社員とは何者か?」読了。

この本の中で、庄野潤三『プールサイド小景』が論じられているので、書きとめておきたい。

何を目指して会社員小説を論じるのか?

まえがきの中で著者(伊井直行)は「この本には、会社員小説、『サラリーマン』という言葉、また会社や会社員についても、他ではほとんど語られたことのない知見が記されている」「日本の小説ばかりでなく、カフカ『変身』、メルヴィル『バートルビー』も会社員小説として検討した」と綴っている。

何を目指して会社員小説を論じるのか?

「会社とは何か、会社員とは何か、という『謎』について考えるためである」と、著者は続ける。

「普通のサラリーマン」とは、現代日本における凡庸な人生の代名詞であり、およそ世の中で、会社、会社員ほど明々白々の存在もないように思われるが、その会社の中に驚くべき謎が隠されていると、著者は考えているのだ。

それは「一見謎には見えない謎」であり、「ここに謎があり、またこの謎が存在しないことになっているのは、つまり社会を認識する上で大事な部分が空白になっているということだ」と、著者は指摘する。

自分自身もまた、かつて会社員だった経験を有する著者だからこそ、見えてきた「謎」もあるのかもしれない。

一切の意味付けを剝奪された存在そのものの姿

『プールサイド小景』は、1954年(昭和29年)に、庄野潤三が芥川賞を受賞した作品である。

著者はここに会社員小説を論じようとするが、業務や社員どうしの交流がほとんど描かれていない『プールサイド小景』を会社員小説と呼び得るのは、小説の中心人物が会社員でなくては成り立たないように書かれているからである。

『プールサイド小景』は、初期の庄野文学が得意としていた、夫婦間の不安をあぶり出すように描いた、いわゆる夫婦小説のひとつだが、本書中では『プールサイド小景 他八篇』(角川文庫)解説に書かれた、安岡章太郎の興味深い文章が引用されている。

ある暑い日に、彼の勤先の朝日放送の応接室で、僕は彼から次に書く小説のプランを聞かされた。—先日、大阪へかえったとき、家の附近のプールで一人の体格のよい男が、子供を二人つれて泳ぎにきているのをみた。親子三人の遊泳ぶりにホホエマシサをおぼえ、家に帰ってその話をすると、実はそれが会社の金を使いこんでクビになった男で、近々家を売り払って立ち退くだろうと、近所中でウワサになっている一家であった、と。「どうだ、スゴイ話だろう。おれはこの話をきいて身の毛がよだつようだった」彼は僕に同意をもとめるようにそう言った。(安岡章太郎『プールサイド小景 他八篇』解説)

そのとき、安岡章太郎は「話はどこにでもころがっているようなもので、一体どこに絲目をつけるのだろう」「彼が何でそんなに興奮しているのかわからなかった」と思ったそうである。

このエピソードについて、著者は、会社勤めをしたことのある庄野潤三と、したことのない安岡章太郎、あるいは、自らの生活の中で辛酸を味わった安岡章太郎と、そうではない庄野潤三との間に亀裂が生じているようだと指摘する。

若いときから長く病床について働くどころではなく、文学だけが唯一の生きる道となっていた安岡章太郎にとってすれば、金を使いこんで会社をクビになったくらいのことで、主人公の男性がさらされる危機は、生死にかかわるほど切迫したものとは思えなかったのだろう。

しかし、実際に群像の発表された『プールサイド小景』を読んだとき、安岡章太郎は「魔術にかけられたように驚」き、「まさに『身の毛がよだつ』ような何かが、そこにはあった」と、率直な感想を述べた。

「身の毛のよだつような何か」を象徴しているものは、平穏な家族連れも賑やかな女子学生もいなくなった静かなプールに、たったひとつだけ男の頭が浮かんでいるという、あの有名なラストシーンである。

「このわけもなしに不気味な場景は何だというのだろう?」という安岡章太郎の疑問に対するひとつの答えが、柄谷行人が「夢の世界—島尾敏雄と庄野潤三」の中で書いたものだった。

『プールサイド小景』の最後の場面では、一切の意味付けを剝奪された存在そのものの姿が露呈しており、その場面は、庄野潤三が不気味な何かを描いたから不気味なのではなく、一切の意味付けが不可能な存在がそこにあるからこそ不気味なのだ、というのが、その結論である。

柄谷の主張を引用した後で著者は「私は、小説の最後の『不気味な場景』が、会社員という存在の本質に向けて書かれた(と読むことが可能な)この小説の、『作品全体に呼応して』生まれたものであると考えたい」と、この論考を締めくくっている。

最後に「蛇足」と言いながら「私の勝手な想像では、コーチの先生の足の指先は、プールの底で冷たくなった死体をつまんでしまうのである」とあるのは、『プールサイド小景』の持つ不気味な可能性を示唆しているものだろう。

書名:会社員とは何者か? 会社員小説をめぐって
著者:伊井直行
発行:2012/4/26
出版社:講談社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。