日本文学の世界

小沼丹「井伏さんの将棋」井伏鱒二や太宰治、庄野潤三らの思い出

小沼丹「井伏さんの将棋」あらすじと感想と考察
created by Rinker
¥4,400
(2024/03/28 17:40:18時点 Amazon調べ-詳細)

小沼丹「井伏さんの将棋」読了。

本書は、未知谷刊『小沼丹全集』全五冊に未収録の作品のうち、特に随筆を中心として収録したものである。

帯には「生誕百年記念刊行(初版1000部限定)」と記されている。

書名が『井伏さんの将棋』となっていることから分かるように、小沼さんが師匠と仰いだ井伏鱒二に関する随筆がたくさんある。

「井伏さんと云ふ人」では、井伏鱒二という作家はどんな人かと聞かれたときには、「井伏さんは酒を愛し、よく飲まれます。それも横町の飲屋とかおでん屋のような所がお好きで、高級酒場には行かれない」などと答えることが紹介されている。

昔は明け方まで飲んでおられて、一緒に飲んでいる連中が先に帰り始めると、井伏さんは憮然として、「一人去り、二人去り、近藤勇はただ一人」などと云っていたという。

井伏鱒二の「還暦の鯉」という随筆は、東北へ釣りに出かけた話を書いたものだが、この東北旅行に随行していたメンバーの中に、小沼さんもいた。

「東北の旅」は、このときの旅行を懐かしく思い出して書かれた紀行随筆である。

「祝賀会」は、また別の機会に、伊馬春部や庄野潤三などと東北へ旅行したときの紀行文で、酔った勢いで東北旅行に参加することになってしまった経緯が、面白おかしく綴られている。

小原温泉のホテル鎌倉の横を流れる川岸を散歩しているときの描写で、「庄野は「裸の大将」みたいな恰好をしていた」とあるのは楽しい。

公私ともに仲の良かった小沼さんの書く随筆だからこそ、等身大の庄野さんが浮かび上がってくるのだろう。

もちろん、本書には井伏鱒二に関する以外の話もたくさん収められている。

「『晩年』の作者」は太宰治の思い出を綴ったもので、小沼さんの師匠の井伏鱒二は太宰の師匠でもあったから、二人の出会いは必然的なものであったと言えるだろう。

太宰の家を訪ねた小沼さんを誘って二人は飲みに出かけるが、吉祥寺へ出る途中で、乳母車を押してくる太宰の奥さんと会って、太宰と奥さんは短い会話を交わした。

再び歩き出したとき、太宰は「女房なんて亭主がこんな恰好をしていても平気なんだ」と云った。

このとき、太宰はハイネックの灰色をセエタアにスキイズボンを穿き、下駄をつっかけていたという。

「庄野潤三」は、小沼さんの盟友・庄野潤三について書かれた随筆である。

小沼さんと庄野さんとは酒を飲んでいるときに顔を合わせることが多いが、酒を飲むときも、庄野さんは落ち着き払っている。

しかし、突如として手を叩いて大声で「マドロスの恋」なんかを唄い出すから面食らってしまうと、小沼さんは言う。

庄野さんや吉行淳之介など数人で飲んでいた夜、店を出たところで、庄野さんと吉行さんの姿が見えなくなったと思ったら、店の門の傍にある大きな樹の上から、オホホオイとかいう妙な声がした。

見上げると、庄野さんと吉行さんが樹の上にいて、庄野さんが「タアザンだよ。オホホオイ」と叫んでいたらしい

庄野さんの作品からは、ちょっと想像がつかない暴れん坊ぶりである。

後半には、小沼さんの書いた書評も多数入っていて、小山清『小さな町』や庄野潤三『ザボンの花』など、馴染み深い作品も多い。

「これは善意の人びとのささやかながら美しい生活の讃歌と云ってよい」とは、庄野さんの『ザボンの花』に寄せた小沼さんの賛辞である。

作品集全体を通して、多くの文学者たちが登場する。

愛弟子の三浦哲郎をはじめ、早稲田大の英文学者であった谷崎精二、中村真一郎、火野葦平、、、

ほとんどの文章が昭和中期に書かれた古い文章であるが、時代を超えて楽しめる文章ばかりが並んでいるのはうれしい。

昭和時代の随筆の豊かさがここにある。

書名:井伏さんの将棋
著者:小沼丹
発行:2018/12/9
出版社:幻戯書房・銀河叢書

ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。