いろいろの世界

野尻抱彰「星まんだら」深夜にこっそりと読みたい星空の不思議な話

野尻抱彰「星まんだら」深夜にこっそりと読みたい星空の不思議な話

夏の終わりの夜、なんとなく夜空を眺めたい気持ちになって、久しぶりに野尻抱彰の「星まんだら」を読んでみました。

季節の変わり目に読みたくなる、夜空にまつわる物語です。

書名:星まんだら
著者:野尻抱彰
発行:1991/7/15
出版社:徳間文庫

作品紹介

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「星まんだら」は野尻抱彰の随筆集です。

宮下啓三の解説を引用すると、「『星まんだら』は、抱彰の生活と考え方をさまざまな話題と語り口で綴った文章を集めたもの」で、「「星の人」となってからの抱彰が初めて編んだ随筆集」だということです。

なお、「抱彰には二冊の『星まんだら』があります」が、「本書は、抱彰最初の随筆集として価値の高い京都印書版(1949年・昭和24年)によっています」。

ちなみに、もう一冊の『星まんだら』は、1956年(昭和31年)に鱒書房から出版されたもの。

また、本書では、「あとがき」の後ろに「第二部 浜に生まれて」が収録されていますが、「これらの文章は抱彰が生前に編んだ最後の随筆集である『鶴の舞』(1972年・昭和47年)に収められたもの」です。

(目次)/扉裏の解説(宮下啓三)///第一部/星まんだら/悪星退散/初対面/竜涎香記/逢魔が時/むじな話/土星を笑う/信西入道/望遠鏡受難/浜芝居/「天鼓」と星/「ナロー・エスケープ」/銀紙の星/美談/星光・月光/星を食った話/愛宕山/白蔵山/入定星採訪/金銀の鼻/伊丹万作君(映画人以前)/ぼろ市・嫁市/たづぬる方/梅花明似星/月がふえる話/俳諧武/玉川の星///あとがき///第二部/浜に生まれて/浜っ子/旅順開城/千里眼実験/桜新町/隣人/ある亡友/汁粉の殿様/星占い/懺悔/バガブー/飛鳥仏炎上/鶴の舞/多摩今昔///解説(宮下啓三)

あらすじ

教鞭をとるかたわら、季節の星座の移ろいを書きつづった“星の人”野尻抱影。

その夢あふれる文章に、夜空の楽しみを知った人のなんと多いことか。

永年の星空観察の間に体験した奇怪な出来事、珍妙なエピソード、気宇壮大にして融通無碍な交友をまじえてつづる本書は、数多い“星ばなし”中の逸品。

抱影研究の第一人者宮下啓三氏の人間味豊かな解題を全篇につけて、名著、待望の復刻。

(背表紙の紹介文より)

なれそめ

天体観測に興味を持ち始めた頃、最初に読んだ本が野尻抱彰の著作でした。

それが何という本だったのか、残念ながら定かではないのですが、以来、僕にとって野尻抱彰は「星の人」であり、星と言えば野尻抱彰という相関関係が刷りこまれることになりました。

「星まんだら」は古本屋さんで偶然に見つけた野尻抱彰の随筆集です。

最近は、天体望遠鏡を抱えてどこか遠くまで星を見に行ったりするというような、生活上の余裕はなかなか作れませんが、ふと星を眺めたくなったような時には、天体観測に関する本を読んで自分を慰めたりしています。

そして、そんなときに野尻抱彰の『星まんだら』は、僕の心を満たしてくれる、かけがえのない「星の本」です。

生活に必要な情報ではないけれど、こういう教養を得てこそ、人間というのは生きる価値があるのではないかと、僕はそんなふうに感じています。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

志賀さんは「なるほど、これはきれいだ」と呟かれた。

志賀さんが先ず床几(しょうぎ)にかけ、長身をかがめて覗いて、「なるほど、これはきれいだ」と呟かれた。(「初対面」)

昭和15年の秋のこと、近所の中村白葉に会ったときに「今夜、望遠鏡を出しますから」と声をかけると、やがて中村白葉と一緒に数人の人たちが野尻抱彰宅の庭へやってきました。

「志賀さんです。星を見たいとおっしゃるので…ほかはお子さんたちです」と白葉が紹介したとき、これが野尻抱彰にとって志賀直哉との初対面となりました。

半年ほど前、志賀直哉が近所に越してきたことは知っていながら、純文学の大家である志賀直哉は、当時の野尻抱彰にとっては、やはり遠い存在だったようです。

志賀直哉の突然の来訪に狼狽しながら、望遠鏡を覗いた志賀直哉が「これはきれいだ」と呟いた瞬間を、抱彰は聞き逃しませんでした。

「形容詞に潔癖なこの作家はペンの上ではよくよくでないと「美しい」と書かれることはない」ということを知っていたからです。

後年、志賀直哉は抱彰の著作『星の美と神秘』に序文を寄せていますが、そんな繋がりの発端が、こんな天体観測にあったのだと思うと、すごく楽しい気持ちになることができました。

そうやって死んだ人たちが、火の玉になって出ますよ。

そうやって死んだ人たちが、火の玉になって出ますよ。この九十九里の沖へ出ると、ちょうど、こんな南の風が吹いて、雨がボロボロする晩には、こんな大きな火の玉がいくつでも出て海上をプカプカ転がります。(「入定星探訪」)

『星まんだら』は星にまつわる随筆集ですが、各地に伝わる星の伝説に関するものが、話題の多くの部分を占めています。

だから、どちらかというと本書は、天文学よりも民俗学に類するものと言っていいような気がします。

もちろん、天文学の知識という裏付けがある野尻抱彰だからこそ、こうした伝説の面白さというものを、僕たちのような素人にも伝わるように分かりやすく解説してくれているのですが。

このお話は、俗に「入定星」と呼ばれる星に関する伝説を拾い集めたエピソードで構成されていますが、地域ごとに異なる星の呼び名が、地域のささやかな歴史や文化と密接に関係していることを、鮮やかに描き出しています。

ちなみに「入定星」は、日本では「幻の星」とも呼ばれる「カノープス」のことで、抱彰は関東大震災の翌年2月に、この「カノープス」を見つけて大喜びしたそうです。

身幅の狭い、安物の錦紗か何かで胸やお尻を盛り上がらせた娘である。

帰るつもりで外へ出ると、そこには目を驚かせる光景が現出していた。どこから降って湧いたのか、一人のモダン・ガールが衆目を集めて、女王然と練り歩いていたのである。耳隠しに大きなピンを植え、下まぶたにもくまを入れて、身幅の狭い、安物の錦紗か何かで胸やお尻を盛り上がらせた娘である。(「ぼろ市・嫁市」)

『星まんだら』には、星とは関わりのないエピソードも盛り込まれています。

『ぼろ市・嫁市』は「大正半ば頃の世田谷風物の思い出の記と呼んでよい随想」で、世田谷名物の「ぼろ市」について描かれたものです。

「私は初めて見たぼろ市の印象を忘れない」とあるとおり、野尻抱彰にとって「ぼろ市」は相当に強い印象を与えた東京の風物詩だったようです。

抱彰が訪れた「ぼろ市」の様子が、非常に詳細に描写されていて、民俗学的にも有意義な史料になるのではないかと思えるほど。

ここで綴られている観察力や表現力が「星の人」野尻抱彰を創り上げていく力になっていたんだろうなあと思いました。

読書感想こらむ

野尻抱彰は「星の名前」に強い関心を持った人でした。

ひとつの星に付けられた名前が地域によって異なることに着目し、地域に伝わる星の名前を採取することによって、日本における星と人との関わりを探ろうとしたのです。

こうした研究者としての視点は、民俗学者に通じるものがあると、本書を読みながら、僕は最初から最後まで感じていました。

「あとがき」の中で、著者の抱彰は「この本は、わたしの著述の中でも思いきり人間臭く、北斎的で、読物の色彩を多分に有している」「永年星を談っている間に、いろいろ奇抜な出来事にぶつかったり、おかしな話を耳にしたりしたのを、星を通ずる未知の友人たちに楽な気持ちで聞いていただくつもりで書いてみた」と綴っています。

本書に含まれる昔話の多くは、未来の日本へと語り継いでいきたい、貴重なお話ばかりなのではないでしょうか。

日本の歴史に遺さなければならない随筆集のひとつだと思います。

まとめ

『星まんだら』は野尻抱彰最初の随筆集で、各地に伝わる星の伝説をはじめ、抱彰自身が体験した、かつての日本の情景が、非常に色鮮やかに綴られています。

天文学というよりは民俗学のジャンルに近い、いわば「文系の人向けの星の本」です。

科学的な知識よりも文学的に夜空を楽しみたい方にお勧め。

著者紹介

野尻抱彰(天文学者)

1885年(明治18年)、横浜生まれ。

1930年(昭和5年)に発見された「冥王星」(日本名)の名付け親としても知られる。

本書刊行時は64歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。