わたせせいぞうさんの「ハートカクテル ルネサンス」を買ってきました。
時代は変わっても、爽やかな青春ストーリーは、あの頃のままでした。
書名:ハートカクテル ルネサンス
著者:わたせせいぞう
発行:2020/4/28
出版社:小学館クリエイティブ
作品紹介
「ハートカクテル ルネサンス」は、わたせせいぞうさんが描くカラーコミックの短編集です。
かつて、1983年(昭和58年)から1989年(昭和64年)まで、雑誌「モーニング」(講談社)に連載された人気マンガ『ハートカクテル』の現代版。
全編が単行本初収録作品で、2004年から2018年まで、様々な媒体に掲載された作品を書籍化しています。
収録作品
ハートカクテル ルネサンス
「バラホテル」「思い出ワンクッション」の2作品で、旧ハートカクテルの作品を、新たに書き直ししたもの。
「第69回特別企画展わたせせいぞうの世界展」展示用の書き下ろし作品だった(2018/4/21-7/21)。
単行本表題作。
ハートカクテル in 石巻(春・夏・秋・冬)
初出は「マンガッタン」vol.7(2015-2016年)。
「マンガッタン」は、石ノ森萬画館がある宮城県石巻市で発行されている情報誌で、当時の被災の様子や復興に向かう人々の姿をマンガで紹介している。
ドルフィンピープル「始まりは1/2」
初出は、別冊「モーニング(増刊)」(2004/11/5)に掲載。
Sometimes Happy
「Sometimes I’m Blue」「ドライマティーニの憂鬱」「ドルフィン」「21cmのキョリ」「もうひとつのブーケ」の6作品。
初出は「REAL NIKKEI Style」(日本経済新聞出版社)(2008-2009)。
TWINKLE STORY
前篇「トゥインクル・トライアングル」後編「ブーケトス」は、「週刊モーニング」(2010年)に掲載された作品。
「真珠星(スピカ)の第二章」「カノジョが賭けたウマ」「ミルキーウェイ」「星のある馬」「トゥインクルピアス」の6作品は「TCK ドラママガジン」に掲載された作品(2009年)
なお、「TCK」は「東京シティ競馬」の略称。
TOMORROWの色
第1話から第3話までの3作品。
日本赤十字社、ふくしまシード(第3話のみ)に、被災地への応援として協力した作品(2011年)。
46000日の恋
初出は「漫画サンデー」(2012/6/19)。
なお、「漫画サンデー」は2013年に休刊。
ハートカクテル ~2016 Summer~
「ふたりの空」「ふぞろいのパール」「Ms.Boss」「めぐり会い」の4作品。
「サントリー自動販売機 完全描き下ろし 働く人の名作デジタル漫画」が当たるキャンペーン用の作品だった(2016/6/1-)
ポーチュガル
柳屋書店「4711ポーチュガル」販促冊子用の描き下ろし作品だった(2918/9)。
ちなみに「4711ポーチュガル」は、ドイツ・ケルン生まれのオーデコロンの元祖。
巻末にラフスケッチのおまけ付き。
あとがき
著者による「あとがき」収録。
なれそめ
僕はわたせせいぞうさんのコミックが大好きで、特に『ハートカクテル』は、モーニング・オールカラー・コミックブック全11巻を所有しています。
1980年代の都会的で洗練された雰囲気で綴られるショートストーリーは、今読んでもオシャレで感動的。
僕はリアルタイムな読者ではないのですが、日常から逃避したいときの息抜きに、『ハートカクテル』は今も僕の愛読書です。
そんな『ハートカクテル』の21世紀版が出版されると聞いては、もう買わないわけにはいきません。
他にも買わなければいけない本があって、つい夏になってしまいましたが、『ハートカクテル』には夏が似合う!
ということで、この夏は『ハートカクテル ルネサンス』を繰り返し読んで過ごしたいと思います。
本の壺
心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。
今のボクならカノジョとうまくやっていけそうなんだけどナ
「今のボクならカノジョとうまくやっていけそうなんだけどナ」と旅する雲に言った。雲は黙って西に流れていった。(「Sometimes Happy vol.4 | 21cmのキョリ」)
『ハートカクテル』は大人の青春ストーリー。
結婚適齢期の男女の複雑な恋愛模様を描いている作品が多いと思いますが、本作品は離婚した元ヨメと娘との物語。
「シアン80%の冬空の下、別れた娘とデートをしていた」ボクは、かつて元ヨメと2人で出かけたレストランへ「おいしいピッツア」を食べに出かけます。
店内の「壁には、娘のユリが生まれる前の、仲の良い時代のボクとカノジョの写真」が貼られており、幼い娘とのデートを記念して、新たにボクと娘との写真が、その写真の横に貼られます。
娘を送り届けるとき、「ドアのすき間越し」に、ボクはカノジョと「不幸な21cmのスキ間の会話」を交わしますが、「カノジョは再婚のうわさがあった」「ますます美しく、そしてクールになって」いきます。
「今のボクならカノジョとうまくやっていけそうなんだけどナ…」
ボクはカノジョにピッツアの箱を渡して、「さっきのピッツア、ユリの食べかけなんだ」と言いますが、カノジョが箱を開けると、それは食べかけではない、新しいピッツアでした。
やがて数か月後、ピッツアのレストランへ出かけると「来たんだよ、カノジョが、ユリちゃん連れて」「5年ぶりかナ、カノジョますますきれいになったネ」というマスターの言葉。
そして、カメラ好きの常連客は「私、写真とったよ、カノジョとユリちゃん。やっぱしユリちゃんはママ似だナ。君に似なくてよかったナ、ハハハ」と笑います。
ふと、壁を見ると「カノジョが並べて貼ったという写真―。」、それは「ボクとカノジョの距離―少し幸せな21cmだった」と、ボクは感じます。
そこには、彼の忘れたツバメ柄のシャツが揺れていた
「今から搭乗するよ。いつもなら君の家へ行く日だ」「そうネ。あなたは季節の花を持ってあの坂道を上ってくる」「汐風に背を押され、やがて汐風は一足お先にあなたの香りを運んでくるワ」「汐風は私の頬をなで、部屋の中へ、部屋を探検して、やがて外へ、空へ」そこには、彼の忘れたツバメ柄のシャツが揺れていた。(「ポーチュガル | 4711 Portugal」)
季節の花を持って、海を見下ろす彼女の部屋を訪れた「彼」。
やがて「彼の花が51本を数えた時、彼に転勤の辞令が出た」。
彼は「一緒に行かないか」と求婚しますが、彼女は「私はここでガラス工芸を続けていかなければならないの。何度も言ったけど」と、彼のプロポーズを退けます。
大人(ビジネスマン)が主人公である『ハートカクテル』では、彼の「人事異動(転勤)」が2人の大きな転機となることが多いようです。
一緒に行くか、別れるか…
そして、自立した女性がパートナーであることが多い『ハートカクテル』では、そんな2人が結ばれることも、また難しい展開となってしまうのです。
この辺の甘酸っぱい切なさが『ハートカクテル』の魅力なんですよね。
あなたはそのままの25歳―背伸びせず、あるがままの25歳
「次の階でボクは10歳年取って35歳になります。あなたはそのままの30歳。ボクはもっと頼れる、大人の男になります」「次の階、あなたはそのままの25歳―背伸びせず、あるがままの25歳。でも、私は24歳になっちゃうの」(「ハートカクテル~2016 Summer~ | めぐり会い」)
5歳年上の女性と真剣な恋をする25歳のボク。
仕事のできるキャリアウーマンのカノジョは、後輩の女性社員たちから「社内モテ男、42歳独身課長」と「お似合いですよ」と促されますが、カノジョが好きなのは、5歳年下の彼だけ。
頼れる大人の男になりたいと頑張るボクに、カノジョは「あなたはそのままの25歳―背伸びせず、あるがままの25歳」と優しい言葉をかけます。
ハートウォーミングな物語と言われる『ハートカクテル』の魅力は、こういうちょっとした会話の中に含まれているんですよね。
2人の恋が成就するのかどうか、それは誰にも分からないけど、2人の真剣な恋愛は、2人の人生をきっと豊かなものとしてくれることでしょう。
読書感想こらむ
『ハートカクテル』は、やっぱり『ハートカクテル』のままだった。
それが『ハートカクテル ルネサンス』を読み終えたときの感想です。
コマの隙間に書かれていたBGMのジャズはなくなったけれど、時に温かく、時に切ない、大人の青春ストーリーは、今もあの頃のまま。
別れた彼女を思い出す「ハートカクテル~2016 Summer~ | ふたりの空」で、ボクは、カノジョとの思い出を振り返りながら、「さようなら」という言葉を「あの頃のように、あの頃のキミに言った」とあります。
別れは悲しく切ないものだけれど、思い出は美しく輝いている。
本当に真剣な恋だったからこそ、『ハートカクテル』の登場人物たちは、過去の自分と正面から向き合い、そして、次に訪れるだろう新しい未来へと歩き出そうとしているのかもしれません。
『ハートカクテル ルネサンス』は、過去の美しい思い出と向き合いながら、新しい未来へと僕たちを導いてくれる―そんな本だと思います。
あの頃を振り返ることで前に進めるのであれば、僕たちはもっともっとあの頃を振り返ろうではありませんか。
まとめ
『ハートカクテル ルネサンス』は、単行本未収録作品を書籍化した短編集。
オールカラーなコミックはあの頃のままで。
21世紀に復活した、ちょっと切ない大人の青春ストーリー。
著者紹介
わたせせいぞう(イラストレーター)
1945年(昭和20年)、兵庫県神戸市生まれ。
代表作『ハートカクテル』の連載開始時は、同和火災海上保険(現・あいおいニッセイ同和損害保険)に勤めるビジネスマンだった。
『ハートカクテル ルネサンス』刊行時は75歳だった。