日本文学の世界

内藤好之「みんな俳句が好きだった」松本清張から渥美清まで

内藤好之「みんな俳句が好きだった」松本清張から渥美清まで
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俳句は敷居の低い文学である。

奥は深いが、入門の入り口は広い。

短時間で創作者となれる手軽さもあって、プロ以外にも、多くの著名人が俳句を愛した。

本書「みんな俳句が好きだった」は「各界100人 句のある人生」のとおり、俳句を愛した各界の著名人100人の人生を、その俳句とともに振り返っている。

「各界」というので、プロの俳人は含まないのかと思ったら、正岡子規や村上鬼城、河東碧梧桐、種田山頭火、前田普羅、尾崎放哉、飯田蛇笏、杉田久女、水原秋櫻子、中村汀女、芝不器男、松本たかし、鈴木真砂女、石田波郷、飯田龍太、高浜虚子と日本俳壇の大御所の名前がずらりと並ぶ。

だが、本書の魅力は、そうした俳人ではない、あるいは著名な俳人ではない者の句を多く紹介しているところだろう。

例えば、文学者としては、俳句でも有名な夏目漱石や芥川龍之介をはじめ、森鴎外や幸田露伴、島崎藤村、谷崎潤一郎、吉川英治、横光利一、大佛次郎、川端康成、梶井基次郎、吉屋信子、永井龍男、太宰治、松本清張、新美南吉、林芙美子、三島由紀夫、藤沢周平と、いずれも名高い文豪の俳句が登場する。

「この先を考へてゐる豆のつる(吉川英治)」「浮浪児の嘗めて離さず甘茶杓(吉屋信子」)「桐の花踏み葬列が通るなり(藤沢周平)」など、さすがに鋭い佳作が多い。

歌人・詩人では、伊藤左千夫や与謝野晶子、高村光太郎、北原白秋、石川啄木、萩原朔太郎、室生犀星、若山牧水、宮沢賢治、三好達治、寺山修司などの名前があり、文学以外の芸術家としては、浅井忠や和田英作、青木繁、小絲源太郞、岸田劉生、棟方志功など、画家の名前が目に付く。

「温泉(でめ)の香や落葉一村三十戸(青木繁)」は画家らしいスケッチ風の作品で、「飯うつすにほひに秋を好みけり(岸田劉生)」は伝統的な俳諧味に溢れた作品である。

とりわけ楽しいのは文学者や芸術家ではない者の俳句で、堺利彦や平塚らいてうの如き思想家や、映画監督の小津安二郎、サントリーの佐治敬三、漫画家の清水崑、俳優の岸田今日子や渥美清、夏目雅子、落語家の三遊亭円朝、指揮者の岩城宏之など、実に多彩な顔触れが揃っている。

俳句を極めることは難しいけれど、俳句を嗜むことは難しいものではない。

そういう基本的なことを、本書は思い出させてくれた。

俳句には人生がある

文壇と交わろうとせず、孤高の作家といわれた。”純文学”だけを文学とし、仲間ぼめする風潮が許せなかったからだ。また、国の賞とは無縁だった。常に庶民的な感覚で、弱い者の味方になり、権力の闇を暴こうとした作者にとって、無冠こそ最高の勲章ともいえるのではないか。(「障子洗ふ上を人声通りけり」)

俳句には人生がある。

たった十七文字の簡単な文芸だからこそ、多くの人々が俳句に託して人生を詠んだ。

俳句を読み解くことは、その人の人生を読み解くことにも繋がる。

だからこそ、俳句は楽しいものであり、怖いものでもある。

推理作家の松本清張には、俳句雑誌を舞台とした「巻頭句の女」や、同郷の俳人・杉田久女の伝記小説「菊枕」、久女の弟子・橋本多佳子をモデルにした「月光」など、俳句と関わりの深い作品も多かった。

「障子洗ふ上を人声通りけり」の句は、川で障子を洗っていると、その堤の上を歩く人々の話し声が聞こえてくる情景を詠んだものだが、川と密接な関りを持っていた、昭和時代の庶民の暮らしをスケッチしている。

俳句のある人生を読み解くことの楽しさ

「アエラ」句会では寡黙。皆がビールを飲みながらわいわいやっている隣室で一人壁に向かい、句を案じることもあった。句会後の飲み会にも加わらず、風のように姿を消したという。(「赤とんぼじっとしたまま明日どうする 渥美清」)

芸能人には俳句を嗜む人が多く、優れた作品もまた少なくない。

孤高の俳優として知られる「寅さん」こと渥美清も俳句を愛した。

行乞漂泊の自由律俳人・尾崎放哉や種田山頭火に自らを重ね、NHKドラマで放哉役を演じるための取材旅行に出かけるがボツとなり、山頭火役はロケ直前になって「寅さんやってる俺が坊主姿になったら、ひとが笑いはしないか」と断ってきたという。

俳号は「フーテンの寅」から「風天」。

「赤とんぼじっとしたまま明日どうする」は、渥美清らしい名作だ。

本書「みんな俳句が好きだった」を俳句の鑑賞本として読むか、手軽な伝記本として読むか、それは読者の自由だろう。

確かなことは、俳句のある人生を読み解くことの楽しさである。

書名:みんな俳句が好きだった
著者:内藤好之
発行:2009/7/15
出版社:東京堂出版

ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。