外国文学の世界

アーウィン・ショー「夏服を着た女たち」ニューヨークを描く都会小説

アーウィン・ショー「夏服を着た女たち」あらすじと感想と考察

アーウィン・ショーの「夏服を着た女たち」を読みました。

雑誌「POPEYE」のSUMMER READING 2020で紹介されているのを見て、久しぶりに読んでみようと思ったからです。

爽やかな都会の短編集です。

書名:夏服を着た女たち
著者:アーウィン・ショウ、訳/常盤新平
発行:1979/5/18
出版社:講談社

作品紹介

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講談社
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「夏服を着た女たち」は、アーウィン・ショーの短編小説集です。

訳者あとがきには「この短篇集は、ショーの短篇集から私が任意に選んだ作品を集めた」「処女作と思われる『夏服を着た女たち』(1930年代)から1950年代までの短篇小説である」「この短篇集ではショーの都会小説にかぎってみた」とあります。

つまり、1930年代から1950年代にかけて発表されたアーウィン・ショーの作品のうち、都会的で洗練された作品ばかりを収録した日本オリジナル版の短編小説集ということになります。

(目次)80ヤード独走/アメリカ思想の主潮/ストロベリー・アイスクリーム・ソーダ/ニューヨークへようこそ/夏服を着た女たち/カンザス・シティに帰る/原則の問題/死んだ騎手の情報/フランス風に/愁いを含んで、ほのかに甘く///訳者あとがき

なれそめ

ニューヨークを舞台にした都会的な小説を読みたい。

そう思って探していたときに出会ったのが、アーウィン・ショーというニューヨーク生まれの小説家が書いた「夏服を着た女たち」という作品でした。

訳者である常盤新平さんは「アーウィン・ショーは洒落た都会的な洗練された短篇を書く作家」であり、「ニューヨークやパリを舞台にした短篇に関するかぎり、ショーは都会小説の作家である」と、この作家を紹介しています。

以来、ニューヨークを舞台にした都会的な小説を読みたいと考えている人間にとって、アーウィン・ショーの短編小説は、決してリストから外すことのできない作品だと、僕は考えるようになりました。

ただし、1980年代には非常に人気があったらしいこの作家の作品も、最近では読むことが非常に困難な作品になりつつあります。

もしも古本屋さんで見かけることがあったら、迷わずに買ってしまうことをお勧めします。

あらすじ

あの日は戻らない…洒落た男と女の物語

栄光の残像を追い求めるかつての大学アメフトの名選手。

彼を愛した妻は自らの道を歩み始めていた(「80ヤード独走」)。

休日のニューヨーク五番街を散歩する夫婦。

街行く女性に気を取られる夫の様子に、妻は我慢していた言葉を口にした(表題作)。

男と女の洒落た会話が、渇いた生活を潤してくれる爽快短篇集。

人情の機微、男と女のきわどい心理の綾を洗練された筆致で浮き彫りにした名手アーウィン・ショーの短篇からニューヨークを舞台にした秀作十篇を常盤新平が精選。

(紹介文より)

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

僕がニューヨークでいちばん気に入っているものの一つは、女が多勢いることさ

僕は女の顔が大好きなんだ。僕がニューヨークでいちばん気に入っているものの一つは、女が多勢いることさ。オハイオからはじめてニューヨークに出てきたとき、まっさきにそのことに気がついた。街のどこに行っても、素晴らしい女がいくらでもいた。僕は胸をわくわくさせながら、歩いてまわった。(「夏服を着た女たち」)

表題作「夏服を着た女たち」は、ニューヨークの5番街を並んで歩いている夫婦の物語です。

すれ違う女性に目を奪われている夫のマイクルに対して、妻のフランセスは「この女はじつき綺麗だとか、あの女は美人だとか言うのはおよしになって。綺麗な目だとか、すばらしい胸だとか、スタイルがいいだとか、いい声だとか」と強く抗議します。

マイクルは「僕は女を見る。その通りだよ。それが悪いとかいいとかは言わない。僕は見るんだ。僕が女と道ですれ違っても見なかったら、僕は君をだましているんだ、自分をだましているんだ」と釈明します。

マイクルはどうして「午後三時の五番街の、五十丁目から五十七丁目にかけての東側を歩くのが大好き」なのでしょうか。

それは「何もかも全世界からその八ブロックに集中してくるんだ―最上の毛皮、最高の衣装、最高の美女。彼女たちは金を使って、いい気持ちになっている。人とすれちがっても、見ないようなふりをしながら、冷たい眼で人を見る」からです。

「僕はニューヨーク市のことを考えると、女の子がみんな街をねり歩いている光景を想像する」「僕はこの街でピクニックでもしているような気分なんだ」というマイクルの言葉からは、ニューヨークの街が、いかに多くの美しい女性たちで埋め尽くされていたかということが伝わってきますね。

彼女の手がエンダーズを求め、涙と口紅とマスカラが彼のコートについた

「しっかり抱いて」と彼女は泣きながら言った。「私をしっかり抱いて。東75丁目の次の間つきの部屋なんかに住んでいないの。ホテル・チャーマーズにトランクなんかないわ。しっかり抱いて」彼女の手がエンダーズを求め、涙と口紅とマスカラが彼のコートについた。(「ニューヨークへようこそ」)

雑誌「ニューヨーカー」の作家であったアーウィン・ショーの作品について、常盤新平さんは「その素晴らしいニューヨークへの招待である」と言っていますが、この「ニューヨークへようこそ」という作品は、まさしくニューヨークへの招待券のような短編小説です。

「泥棒が夜ふけに煉瓦を投げつけるつもりでティファニー宝石店のショーウィンドゥをじっと見るような」目つきの女性ゼリンカは、「グリーンのコートの下で美しく脚を組み」、男たちに「グレタ・ガルポに似ているね」と言わせます。

ニューヨークに滞在中の主人公エンダーズが、「ニューヨークは彼のために、猫のようにしなやかで、嘘とウィスキーのかたまりで昔のはかない栄光を背負った、素晴らしい美女を生みだしてくれた」ことに感謝するラストシーンは、ニューヨークが多くの可能性に満ちた夢のような街であることを静かに感じさせてくれているかのように感じさせてくれました。

どうすれば女の子に会えるんだろうか、とエディはなんども思ったものである

どうすれば女の子に会えるんだろうか、とエディはなんども思ったものである。いま、それがわかった。急に約束ができてしまった。湖の筏に寝そべっている女の子のところまで行って、青い水着を着た愛くるしいその子を見ると、少女の方も、湖の水をしたたらせる、胸毛のないエディにひたむきな青い瞳をむけてきたので、ふとこう言ってしまった。「明日の夜、きみはひまがないんだろうなあ」(「ストロベリー・アイスクリーム・ソーダ」)

「ストロベリー・アイスクリーム・ソーダ」は、ニューヨークを離れてサマー・バカンスにやってきている男との物語です。

避暑地の湖がどんなに素晴らしくても、そこに女の子がいなければ、少年たちにとっては何の意味もない夏休みとなってしまいます。

遠くニューヨークを離れて、エディは考えます。

「ニューヨークにいたら、いまごろはきっとすばらしいだろう。うだるように暑い、にぎやかな街でどんな途方もない、すてきなことが起こっているやら」。

都会の少年が、都会を離れている間にも、都会のことをずっと考え続けている。

そんな夏休みの物語が、少年にとってニューヨークがいかに素晴らしい街であるかということを教えてくれました。

読書感想こらむ

本書に収録されている作品は、アーウィン・ショーの「洒落た都会的な洗練された短篇小説」で構成されていますが、ショーの作品は、単にヴィジュアルがオシャレで都会的だということだけで説明できるものではありません。

都会を舞台に生きる人々の機微が、小説の中では絶妙なタッチで描き出されています。

それは饒舌すぎるでもなく、また寡黙すぎるでもない、まさに都会的でスマートなタッチで、人々の微妙な心模様が表現されているところに、ショーの作品の醍醐味があるということなのだと思います。

こうしたショーの作品の魅力は、特に都会で生きる女性を描く場面で、その力を発揮していると言えます。

訳者の常盤新平さんは「ショーの女たちは魅力的である。もしかすると、彼は名前こそちがえ、一人の女を書いてきたのではないかとも思う。つまり、都会の女、ニューヨークの女、都会のエッセンスのような女」という解説は、なるほどと納得させられる鋭い指摘だったのではないでしょうか。

アーウィン・ショーの「夏服を着た女たち」は、都会の女性の生きる姿に注目しながら読む小説である。

そんな気がしました。

まとめ

「夏服を着た女たち」は、アーウィン・ショーの都会派短編小説だけを収録した日本オリジナルの短編集です。

ショーの描く「都会の魅力的な女性たち」に注目しながら読んでいくと、一層楽しめると思いますよ。

著者紹介

アーウィン・ショー(小説家)

1913年(大正2年)、ニューヨーク生まれ。

様々な職業を転々とした後、23歳のとき、「死者を葬れ」で劇作家としてデビュー。

戦後はマッカーシー旋風を逃れて、パリやスイスで暮らした。

常盤新平(翻訳家)

1931年(昭和6年)、岩手県生まれ。

1964年(昭和39年)、「ハヤカワ・ノヴェルズ」創刊。

「夏服を着た女たち」刊行時は48歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。