児童文学の世界

深井せつ子「児童文学の中の家」建物や家具をイラストで再現した書評エッセイ

深井せつ子「児童文学の中の家」建物や家具をイラストで再現した書評エッセイ
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深井せつ子「児童文学の中の家」読了。

物語というのはストーリーを読むものである。

多くの読者はストーリー展開に最大の関心を持つものだが、本書の著者(深井せつ子)は「建物や家具に最も興味があるので、物語の中のそれらに焦点を絞り、想像も交えて二十七話を描きあげました」と綴っている。

もとより、ストーリーに注意を引かれなければ、物語の世界へと入っていくことは難しいから、登場人物と舞台とストーリー展開という三拍子が揃ったものだけが、名作と呼ばれる資格を得ているのだろう。

本書は、タイトルのとおり、児童文学に登場する建物やインテリアを柔らかいイラストでビジュアル化しながら作品を紹介するという、新感覚の書評エッセイである。

例えば、アストリッド・リンドグレーン『やかまし村の子どもたち』では、物語の舞台となる「やかまし村」を構成する三軒の住宅(北屋敷・中屋敷・南屋敷)を紹介しながら、「この物語を読んでいて感じるのは、子どもたちと大人との距離の近さです」といったような、繊細な読書感想を交えてみせる。

メアリー・ノートン『床下の小人たち』では「若い娘のアリエッティは好奇心旺盛で外の世界に憧れています」「孤立した、閉鎖的な生活を抜け出して、新しい世界への道を切り開こうとするその姿は、作者メアリー・ノートンがこの物語を執筆した1950年代、イギリスで反体制を叫んだ作家たち「怒れる若者たち」の姿と通じるものがあるのかもしれません」と、物語の背景にまで切り込んでいく。

そして、「逃げること以外に抵抗手段を持たず、滅びゆくしかない弱者の辛さ、生き延びてゆくための決断…」「小人たちの置かれた境遇から、実に多くのことを考えさせられる作品です」と、小人たちの姿に共感を寄せるところなどは、単に児童文学の世界を可視化しただけの作品集ではないということを、改めて思い知らされる場面だ。

いわゆる児童文学のみに留まらず、コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』など、少年少女が親しむことのできる名作も含まれているところもいい。

ロンドンのベーカー街に、ホームズは自宅兼事務所を構えていたが、一階は家主、二階がホームズ、三階にワトソン博士が(結婚するまで)暮らしていた。

ホームズの住まいは、寝室と応接間兼仕事部屋の二部屋で、本書にホームズの部屋の間取り図まで添えられているが、ベーカー街の住宅は横長の長屋で、二十軒くらいがつながる建物だったらしい。

著者は北欧やイギリスを多く旅行しており、本書に収録された作品も、必然的にイギリス文学や北欧文学が多くなったという。

物語の中に登場する建築やインテリアに注目することによって、その国の風土や文化や社会性に対する理解が進むし、それはつまり文学作品に対する理解そのものでもある。

外国の児童文学を読むときには、いつでも参考書として携えておきたい名著だと思った。

本は探すもので、大人から与えられるものではなかった

本書に登場する児童文学は、全部で二十七篇。

「ライオンと魔女(ナルニア国ものがたり)」「ハリー・ポッターと賢者の石」「床下の小人たち」「ピーター・パン」「不思議の国のアリス」「やかまし村の子どもたち」「ニルスのふしぎな旅」「大きな森の小さな家」「メリ・ポピンズ」「秘密の花園」「ハイジ」「赤毛のアン」「若草物語」「雪の女王」「マッチ売りの少女」など、文学少女たちに馴染み深い名作が揃っている。

著者は神奈川出身の画家で、福音館書店の児童向けシリーズ『たくさんのふしぎ』などのほか、北欧ヒーリング紀行『森の贈り物』といったエッセイ集もある。

子どもの頃から本が好きだった様子は、本書からも伝わってきて「本は探すもので、大人から与えられるものではなかった」と、図書館通いをした子ども時代の思い出を綴っている。

イラスト集には違いないが、隅々まで読ませられてしまう、充実のエッセイ集だ。

続編を望む。

書名:児童文学の中の家
著者:深井せつ子
発行:2021/4/6
出版社:エクスナレッジ

ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。