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井伏鱒二「駅前旅館」ベテラン番頭が語るちょっとエッチな宿屋の裏話

井伏鱒二「駅前旅館」ベテラン番頭が語るちょっとエッチな宿屋の裏話

久しぶりに井伏鱒二の「駅前旅館」を読みました。

息抜き感覚で楽しく読むことができる昭和小説です。

クスクス笑いながら、1日で読み終えることができました。

書名:駅前旅館
著者:井伏鱒二
発行:1960/12/15
出版社:新潮文庫

作品紹介

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「駅前旅館」は井伏鱒二のユーモア小説です。

初出は、雑誌「新潮」(昭和31年9月~昭和32年9月)連載で、単行本は1957年(昭和32年)11月に新潮社から刊行されています。

時代は昭和30年前後、とある駅前旅館で働く番頭を主人公として、戦前から続く旅館業界の伝統と変わりゆく時代、そして、その中で生きる人々をコミカルなタッチで爽快に描いた作品です。

解説は河上徹太郎(1960年12月)と池内紀(2007年9月)。

なれそめ

井伏鱒二が書いた一連の庶民派小説は、マニアックな世界を独特のユーモラスな視点で描いたものとして知られています。

「駅前旅館」の舞台は、高度経済成長期が訪れるまで、日本中どこの街の駅前にも普通に見られた駅前旅館。

河上徹太郎が1960年(昭和35年)に書いた解説では「駅前旅館という存在は、近頃大分影が薄くなったが、それでも地方の中小都市へ行けばその面影が遺っている」とありますから、雑誌「新潮」に連載されていた時点で、「駅前旅館」は何やら時代遅れのぼんやりとした存在だったことが分かります。

一方で、令和になった現代でも、かつて栄華を誇った駅前旅館の面影を求めて、全国各地の駅前旅館を訪ね歩くマニアがいるほど、駅前旅館は庶民文化の中で、懐かしく重要な記憶を残し続けています。

昭和時代への追憶に憧れたとき、人は井伏鱒二の小説を恋しく思うのかもしれませんね。

あらすじ

昭和30年代初頭、東京は上野駅前の団体旅館。

子供のころから女中部屋で寝起きし、長じて番頭に納まった主人公が語る宿屋稼業の舞台裏。

業界の符牒に始まり、お国による客の性質の違い、呼込みの手練手管…

美人おかみの飲み屋に集まる番頭仲間の奇妙な生態や、修学旅行の学生らが巻き起こす珍騒動を交えつつ、時代の波に飲み込まれていく老舗旅館の番頭たちの哀歓を描いた傑作ユーモア小説。

(背表紙の紹介文より)

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

自信のある腕っこきの番頭が出稼ぎに集まる場所は江の島でございました

以前、日本全国のうちで、呼込みを盛んにやる旅館があった主要な場所は、長野の善光寺さんの門前町と、日光と、伊勢の古市と、それから京都の四箇所でした。したがって、ここには呼込みの上手な番頭がおりまして、このうちから自信のある腕っこきの番頭が出稼ぎに集まる場所は江の島でございました。(井伏鱒二「駅前旅館」)

「駅前旅館」では、戦前から戦後にかけて、日本の庶民の中で根付いていた駅前旅館の文化をかなり克明に描かれています。

「明治、大正から昭和にかけて、戦前まで、江の島、特にあの江の島へ渡る橋の手前、片背瀬の旅館街は、番頭たちが呼込みの腕くらべをする晴れの場所」であり、「江の島へ出稼ぎに行くのは、毎年三月から八月までの夏稼ぎです」などといった描写からは、昭和の旅館で活躍した番頭さんたちが修行する姿までが想像されてきます。

主人公も、かつて江の島の旅館街で修行したベテラン番頭であり、当時のライバルが、今では良き親友になって一緒に切磋琢磨しているなどといったエピソードが、この小説を深みのあるものへと仕立てあげています。

それにしても、ビジネスホテルでネット予約が当たり前になった現代、旅館街の呼び込みというのも、昭和時代に廃れてしまった懐かしい風習という感じがしますね。

「駅前旅館」では、そんな懐かしい旅行風景が随所に描かれています。

女を売る前に、どこかの宿屋で女を犯してから売るということです

高沢の言うことに、人買いは酌婦屋なんかへ女を売る前に、どこかの宿屋で女を犯してから売るということです。さもなければ女が人買いの言うままに売られてくれないおそれがある。犯してから売りとばす。(井伏鱒二「駅前旅館」)

「駅前旅館」では、旅館業界と密接な関わりを持つ様々な業界についても、詳しく語られています。

「酌婦屋」とか「人買い」とか、何やら恐ろしげな言葉が飛び交いますが、戦後まもない時代、生きるために人々は必死の思いをしていました。

昭和30年頃には、戦争も遠い記憶になりつつありましたが、敗戦の傷跡は庶民の暮らしの中には、まだまだ克明に刻まれていたのです。

「駅前旅館」は「駅前の宿屋風景を知りたい。思い浮かぶままに語ってくれ。くだらないと思ったことでも喋ってくれ。在りのままに話してくれ」との注文に答える形で、主人公の番頭の独白で進められていく小説です。

旅館業界を取り巻く庶民文化にも注目です。

この俺は、色道にかけて何という雑な男だろう

それにしても、生野次平というこの俺は、色道にかけて何という雑な男だろう。於菊にあったときも辰巳屋の前に出たときも、同じ型に嵌ったことしか言えなかった。同じ無器用な真似しかできなかった。生れながらの雑な人間であるにしても、あちらの女こちらの女に同じ真似をしたのがわしは恥ずかしい。(井伏鱒二「駅前旅館」)

物語としての「駅前旅館」の面白さは、主人公である生野次平と関わりを持つ女性たちとの恋愛と、同業者たる宿屋仲間との友情を中心として展開していきます。

またしても、河上徹太郎の解説を引用すれば「この小説は女っけが乏しいかといえば、およそその反対である。しかもそれは結局次平という男の助平ったらしさから出ている」ということになります。

また、辛い修行時代をともに生き抜いた他店のライバルたちと、お互いに助け合い、励ましあいながら生きていく様子は、人情味溢れる庶民派小説としての醍醐味を十分に引き出しています。

深く人間を掘り下げていくというよりも、軽妙に人間をとらえながら、その背景に広がる人生の奥深さをそこはかとなく感じさせてくれる。

井伏鱒二の「駅前旅館」は、そんな小説だったような気がします。

読書感想こらむ

本作を読み終えた後で、河上徹太郎の解説を読むと「なるほど」と思える場面がたくさん出てきます。

「元来井伏氏の小説は、この種の古風な小市民生活の裏にある情実や人情を小憎らしいほど鮮明に描き出す所に無類の味がある」とか「いわば現実の急所を擽ってキャッといってとび上らせるような手口のうまさがある」とか、専門家の解説はさすがだなあと思いました(小説ではなくて解説の読書感想になっていますが)。

駅前旅館で生きる主人公は、さしずめ庶民を表すひとつのモデル的な姿であり、作者は番頭を描くことを目的としているのではなく、駅前旅館の番頭というひとつのモデルを通して、庶民の生きる様子を描こうとしているのだと思います。

逆説的に言えば、庶民文化を表現する切り口として、駅前旅館の番頭が選ばれたのだということかもしれません。

井伏鱒二の「駅前旅館」は、それほど的確に庶民の暮らしぶりを描ききっているし、旅館のベテラン番頭というフィルターを通して語られる、悲しくも滑稽な庶民の生き様は痛々しいほどにリアル。

といって、駅前旅館の番頭という素材は、必要以上に人生を重々しくは見せていないし、むしろ、コミカルなくらいに読者を楽しませてくれます。

こう考えていくと、井伏鱒二という作家は、舞台や素材の選び方が、そもそも素晴らしい人だったんだなあと、しみじみと感心してしまうのです。

まとめ

井伏鱒二の「駅前旅館」は人情味溢れる庶民派小説で、庶民が一生懸命に生きていく様子を、ベテラン番頭の視点を通して、ユーモアたっぷりに描いています。

難しい本に疲れたときの息抜きにお勧め。

決して損はしない「純文学」です。

著者紹介

井伏鱒二(小説家)

1898年(明治31年)、広島県生まれ。

1938年(昭和13年)、「ジョン万次郎漂流記」で直木賞を受賞。

「駅前旅館」刊行時は59歳だった。

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じゅん
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札幌在住の文化系社会人。文学散歩とカフェ読書を楽しんでいます。札幌中央図書館の2階辺りに棲息中。