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ディケンズ「クリスマス・キャロル」神様、僕たちみんなをおめぐみください

ディケンズ「クリスマス・キャロル」神様、僕たちみんなをおめぐみください

12月になったので、ディケンズの「クリスマス・キャロル」を読みました。

クリスマスの季節には読みたくなる、永遠の名作です。

書名:クリスマス・カロル
著者:チャールズ・ディケンズ
訳者:村岡花子
発行:1952/11/5
出版社:新潮文庫

作品紹介

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「クリスマス・キャロル」は、イギリスの作家・ディケンズの長編小説です。

原題は「A Christmas Carolで、本国イギリスでは1843年(天保14年)に出版されました。

日本では複数の邦訳がありますが、村岡花子さんの訳による新潮文庫版が、よく知られているようです。

村岡さんの翻訳による「クリスマス・カロル」は、1952年(昭和27年)に刊行されていますが、2011年(平成23年)以降は、「クリスマス・キャロル」として改訂されています。

村岡美枝・村岡恵理さん(赤毛のアン記念館・村岡花子文庫)の「改訂にあたって」には、「1952年の出版から半世紀以上が経ち、現代の読者の方たちにとっては、その古風な文体が、多少読みづらくなっていることも否めなくなりました」「このたび、私どもは原書を読み直し、作品の雰囲気、花子の語感をこわさないように留意しながら、訳文に訂正を加えました」と、改訂の経緯が記載されています。

改訂にあたって、「花子はイギリス的な発音を表すため、タイトルを『クリスマス・カロル』としておりましたが、今では『クリスマス・キャロル』と表記するのが一般的となっておりますので、タイトルも改めることにいたしました」と、作品名が変更されたことについても説明されています。

僕は、普段から戦後の文学に親しんでいることもあり、むしろ、昭和27年に刊行された「クリスマス・カロル」に愛着を感じているので、今回も旧「クリスマス・カロル」についての感想としています。

ケチで冷酷で人間嫌いのがりがり亡者スクルージ老人は、クリスマス・イブの夜、相棒だった老マーレイの亡霊と対面し、翌日からは彼の予言どおりに第一、第二、第三の幽霊に伴われて知人の家を訪問する。炉辺でクリスマスを祝う、貧しいけれど心暖かい人々や、自分の将来の姿を見せられて、さすがのスクルージも心を入れかえた…。文豪が贈る愛と感動のクリスマス・プレゼント。(カバー文)

あらすじ

「クリスマス・キャロル」は、クリスマスを祝福さえしない、ケチで嫌われ者の男性が、幽霊に導かれた幻影の世界を見て、最後には悔い改めるという物語です。

クリスマス・イブの夜に現れた、かつての仲間の亡霊が、3人の幽霊の出現を予言すると、最初に「過去のクリスマスの幽霊」が、次に「現在のクリスマスの幽霊」、最後に「未来のクリスマスの幽霊」が順番に登場して、嫌われ者のスクルージの心を解きほぐしていく。

予定調和のストーリーの中にも、クリスマスを通して伝えられる「人間らしい生き方」というものが、個性豊かなキャラクターを通して描かれています。

【目次】第一章 マーレイの幽霊/第二章 第一の幽霊/第三章 第二の幽霊/第四章 最後の幽霊/第五章 事の終り///解説(村岡花子)

なれそめ

クリスマス・シーズンになると読みたくなる小説のひとつが、ディケンズの「クリスマス・カロル」です。

映画としても有名な作品ですが、ストーリー展開が分かっていても、毎回のように新しい感動を与えてくれる作品だと思います。

19世紀中ごろのイギリスのクリスマス風景が、非常に丁寧に描写されているところが、個人的には好きなポイント。

ケチで自分勝手の爺さんが改心していく過程には、たくさんの善良なる市民の存在がありますが、一人ひとりの登場人物に注目すると、当時のイギリスという国の成り立ちが、なんとなく伝わって来るような気がします。

特に、貧しい人々の暮らしぶりには、今の自分たちが考え直さなければいけないものも含まれているのではないでしょうか。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、僕の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

世の中は貧乏には実につらく当るんだ

「これが世間の公平なやり口なんだね」とスクルージは言った。「世の中は貧乏には実につらく当るんだ。それでありながら、一方には富を求めることを世間は非常にきびしく攻撃するんだ」(「第二章 第一の幽霊」)

第一の幽霊がスクルージに見せたものは「過去のクリスマス」の風景でした。

それは、一人の若い娘が、過去のスクルージに対して厳しい言葉を投げつけている場面でした。

貧乏だった二人は、純粋な約束を交わしていたものの、スクルージが変わっていく様子を見て、娘はスクルージから離れていってしまいます。

「私はあなたの気高い向上心が一つずつ一つずつ枯れ落ちて、とうとう、お金儲けという、一番大きな欲がすっかりあなたを占領してしまうのを見て来ましたのよ」と、娘はスクルージの心変わりを責め立てます。

「世の中は貧乏には実につらく当るんだ。それでありながら、一方には富を求めることを世間は非常にきびしく攻撃するんだ」

貧乏から這い上がるため、スクルージは貪欲な人間へと生まれ変わっていたのです。

この男の子は『無知』で、この女の子は『欠乏』だ

「これは人間の子だ」と、幽霊は子供たちを見おろしながら、二人とも自分たちの父親を訴えてこうして私にしがみついているのだ。この男の子は『無知』で、この女の子は『欠乏』だ。この二人とこういう仲間たちに用心しなさい。ことにこの男の子に用心するのだ。(「第三章 第二の幽霊」)

貧しい人々が、幸せそうにクリスマスを祝っている幻影を見た最後に、「現在のクリスマスの幽霊」が見せたものは、「みじめな、浅ましい、恐ろしい、ぞっとするような、悲惨な子供たち」でした。

スクルージは「この子供たちに逃れ場所も資力もないのですか?」と幽霊に問いかけますが、幽霊は逆に「監獄はないのかね?」「授産場はないのかね?」と、スクルージに問い返します。

その日の夕方、スクルージが、仕事場を訪れた慈善家が「難渋している貧困者や身寄りのない者たちの生活を、我々がいくぶんなりとも助けることは、平静よりもいっそう必要だ」と訴えたのに対し、「救貧院も監獄も立派に活用されているんですね」と言って、追い返していたことを、幽霊は問い返していたのです。

人の進む道はそれを固守していればどうしてもある定まった結果にたどりつかなくてはならないのでしょう

人の進む道はそれを固守していればどうしてもある定まった結果にたどりつかなくてはならないのでしょう。それは前もってわかることでございましょう。けれども、もしその進路を離れてしまえば結果もかわるのじゃありますまいか。あなたが私にお示しくださったものの場合でもその通りだとおっしゃってくださいませんか?(「第四章 最後の幽霊」)

「未来のクリスマスの幽霊」は、スクルージの悲惨な未来の幻影を、スクルージに見せつけ、スクルージは自分の生き方が、どのような未来を招くかということを理解し、恐れます。

「幽霊さま!」と言って幽霊にしがみつきながら、スクルージは「私は今までの私とはちがいます。このようにお近付きにしていただかなかったら、ああなったにちがいないでしょう。けれどもあんな人間にはもう決してなりません。私に少しも望みがないのなら、どうしてこんなものを私にお見せになるのですか?」と叫びます。

幽霊は手を震わせながら、しかし、何も言わず、やがて姿を消してしまいました。

読書感想こらむ

幻影を見たスクルージは、貪欲で自分勝手な生き方を改め、クリスマスを祝福し、貧しい人々のために自己犠牲の精神で接するようになります。

スクルージの未来が、果たして変わったのかそうか、それは物語の中では描かれていません。

最後にスクルージが叫んだ「私に少しも望みがないのなら、どうしてこんなものを私にお見せになるのですか?」という言葉が、その答えなのかもしれません。

幽霊が見せた幻影は「客観視」です。

自分が周りからどのように思われているのか。

そのことを常に考えながら生きなければならないと、物語は伝えたかったのではないでしょうか。

そして、絶えることなくクリスマスを祝福するように、ということも。

作中のクリスマスシーンは、本当に楽しい場面ばかりで、クリスマスって何て素晴らしいんだろうと、思わずにはいられません。

まとめ

ディケンズの「クリスマス・カロル」は、クリスマスを通して語られる、人間らしい生き方についての物語です。

思いやりの心がどれほど大切かということが描かれています。

19世紀イギリスのクリスマス風景の描写も読みごたえあり。

著者紹介

チャールズ・ディケンズ(小説家)

1812年、イギリス生まれ。

貧しい家で生まれ育ったが、独学で勉強して新聞記者になる。

24歳のとき、「ボズのスケッチ集」で作家デビューした。

村岡花子(翻訳家)

1893年(明治26年)、山梨県生まれ。

モンゴメリの「赤毛のアン」をはじめ、多くの翻訳作品を残した。

2014年、NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」でドラマ化された。

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じゅん
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札幌在住の文化系社会人。文学散歩とカフェ読書を楽しんでいます。札幌中央図書館の2階辺りに棲息中。