村上春樹の世界

グリシャム「『グレート・ギャツビー』を追え」ミステリーで楽しむアメリカ文学の世界

グリシャム「『グレート・ギャツビー』を追え」あらすじと感想と考察

ジョン・グリシャムの「『グレート・ギャツビー』を追え」を読みました。

文学とか本がお好きな方にお勧めの長編ミステリーです。

書名:「グレート・ギャツビー」を追え
著者:ジョン・グリシャム
訳者:村上春樹
発行:2020/10/10
出版社:中央公論新社

作品紹介

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中央公論新社
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「『グレート・ギャツビー』を追え」は、ジョン・グリシャムの長編ミステリー小説です。

原題は「CAMINO ISLAND」(2017年)。

村上春樹さんの翻訳により、日本語タイトルは「『グレート・ギャツビー』を追え」となっています。

タイトルについて、村上さんは「訳者あとがき」の中で「『「グレート・ギャツビー」を追え』というタイトルは、なんだかクライブ・カッスラーの「ダーク・ビット」シリーズのタイトルを借用したみたいで、僕としては少しばかり気恥ずかしいのだが、どのように知恵を絞っても、これ以外のものを思いつけなかった」と綴っています。

プリンストン大学図書館の厳重な警備を破り、フィッツジェラルドの直筆原稿が強奪された。消えた長編小説5作の保険金総額は2500万ドル。その行方を追う捜査線上に浮かんだブルース・ケーブルはフロリダで独立系書店を営む名物店主。「ベイ・ブックス」を情熱的に切り盛りするこの男には、希覯本収集家というもう一つの顔があった。真相を探るべく送り込まれたのは新進小説家のマーサー・マン。女性作家との“交流”にも積極的なブルースに近づき、秘密の核心に迫ろうとするが…。あのグリシャムの新たな魅力を楽しむ本好きのための快作!全米ベストセラー。グリシャムの話題作×村上春樹の翻訳、最強の文芸ミステリー。(カバー文)

あらすじ

日本語タイトルで一目瞭然ですが、「『グレート・ギャツビー』を追え」は、盗まれたスコット・フィッツジェラルドの直筆原稿を、新進女性作家が探すという筋書きの長編ミステリー小説です。

一般的に、ミステリー小説は「犯人を探し求める」という部分がストーリーの柱になりますが、この小説では「盗難品を取り戻す」という部分がストーリーの柱になっています。

訳者の村上春樹さんは「本書の魅力のひとつは、物語の軸になる登場人物、ブルース・ケーブルが全米でも有数の独立系書店のオーナーであり、また同時に稀覯本の蒐集家(専門は現代アメリカ文学)でもあるというところにある。おかげでアメリカにおける書店経営のあれこれや、稀覯本取引の実態が詳しく紹介され、このへんの展開は本好きにとってはたまらないだろう」と述べていますが、文学(特に現代アメリカ文学)が好きな人にはたまらない設定になっていると思います。

盗難にあったフィッツジェラルドの直筆原稿は「楽園のこちら側」「美しく呪われしもの」「夜はやさし」「ラスト・タイクーン」「グレート・ギャツビー」の5作品。

独立系書店オーナーであり、稀覯本コレクターでもあるブルース・ケーブルは、「キャッチ22」(ジョーゼフ・ヘラー)や「裸者と死者」(ノーマン・メイラー)、「走れウサギ」(ジョン・アプダイク)、「映画狂時代」(ウォーカー・パーシー)、「見えない人間」(ラルフ・エリソン)、「さようならコロンバス」(フィリップ・ロス)、「ナット・ターナーの告白」(ウィリアム・スタイロン)、「冷血」(トルーマン・カポーティ)、「武器よさらば」(アーネスト・ヘミングウェイ)、「響きと怒り」(ウィリアム・フォークナー)、「黄金の杯」(スタインベック)、「楽園のこちら側」(スコット・フィッツジェラルド)、「自分だけの部屋」(ヴァージニア・ウルフ)などの著者署名入りの初版本を所有しており、中でも、自分の本に署名することを拒否し続けたと言われるサリンジャーの署名が入った「キャッチャー・イン・ザ・ライ(ライ麦畑でつかまえて)」は、特に貴重で高価なものとして登場しています。

なれそめ

「『グレート・ギャツビー』を追え」は、雑誌か新聞の書評欄で目にしたのが最初でした。

あるいは、村上春樹さんのインタビューで読んだのが最初かもしれません。

「ギャツビー」という言葉に惹かれたものの、「現代ミステリー小説」ということで、あえて積極的に近づく予定はなかったのですが、三省堂書店の海外文学の棚に並んでいるところを見て、結局購入してしまいました。

ジョン・グリシャムの小説を読むのは、これが初めてです(我れながら驚きですが)。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、僕の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

1951年にJ・D・サリンジャーであるというのは、どういうことだったんだろう?

そして想像してみる。1951年にJ・D・サリンジャーであるというのは、どういうことだったんだろうってね。その年にこの本が刊行された。彼にとっての最初の長編小説だ。それまでにいくつかの短編小説が『ニューヨーカー』に掲載されていたが、まだそれほど名を知られてはいない。(「第六章『虚構』」)

重要な登場人物であるブルース・ケーブルは、現代アメリカ文学を専門とする稀覯本コレクターなので、現代アメリカ文学における珍しい本の話が、本書にはたくさん登場しますが、とりわけ、サリンジャーが熱心に語られているというところに、サリンジャーという小説家が持つ存在感のようなようなものが感じられます。

稀覯本コレクターの中にあってさえ、神格化されているというか、サリンジャーはやはり特別のレジェンドなんだなあという意味において。

そして、稀覯本コレクターとか呼ばれる人たちは、きっと、人並み以上にロマンチストなんだろうとも思います。

「そして想像してみる。1951年にJ・D・サリンジャーであるというのは、どういうことだったんだろうってね」というセリフには、文学オタクとしてグッとくるものがありました。

なかなか素晴らしかった。彼がそれを書いたとき、どんな場所にいたかを考えればね。

「何を読んでいるんだい?」「『誰がために鐘は鳴る』よ。ヘミングウェイとF・フィッツジェラルドをかわりばんこに読んでいるの。そうやって全部読もうと思って。昨日『ラスト・タイクーン』を読み終えたところ」「それで?」「なかなか素晴らしかった。彼がそれを書いたとき、どんな場所にいたかを考えればね」(「第七章『週末』」)

本書は盗難にあったフィッツジェラルドの直筆原稿を取り戻すという物語なので、全編を通して、フィッツジェラルドが重要なファクターになっていて、「ヘミングウェイが、フィッツジェラルドの美人妻ゼルダを寝盗った」という伝説は、物語の構成上で、直筆原稿の捜索にも重要な影響をもたらすことになります。

こうした文壇ゴシップが随所に散りばめられているというのも、文学好きの人たちの琴線に触れるような仕掛けで、最後まで退屈せずに読み込むことができると思いました。

僕はどんな本でも百ページは読むことにしている。

僕はどんな本でも百ページは読むことにしている。百ページ読んでも、まだその本に集中できないようなら、そこで放り出す。読まなくてはならない優れた本がいっぱいある。つまらない本にかまけて、時間を無駄にするわけにはいかない。(「第七章『週末』」)

本書に登場するのは独立系書店オーナーであったり、有力出版社の経営者であったり、新進作家であったりと、いずれ劣らぬ読書好きの人ばかり。

必然的に、彼らの会話は文学や読書や出版や執筆に関することが中心になります。

「読まなくてはならない優れた本がいっぱいある。つまらない本にかまけて、時間を無駄にするわけにはいかない」というブルースの言葉は、「ノルウェイの森」に出てくる永沢さんが言いそうなセリフですよね(女性に目がなくて、たくさんの女の子とセックスすることをゲームだと言い切るところも、永沢さんと同じ)。

隅々まで文学が覆い尽くしているという意味で、「『グレート・ギャツビー』を追え」は完ぺきな文芸ミステリーと呼んで良いようです。

読書好きの人であれば共感せずにはいられないフレーズが、きっといくつも見つかると思いますよ。

読書感想こらむ

「『グレート・ギャツビー』を追え」は、村上春樹さんが翻訳した作品の中では、文句なしに一番おもしろくて満足できる作品でした。

古い翻訳が好きなためか、サリンジャーもチャンドラーも、今ひとつだったのですが、「『グレート・ギャツビー』を追え」はしっかりと村上さんの作品として仕上がっています。

ほとんど、村上さんが書いてるんじゃないの?と思われるくらいに、村上春樹という作家に原作がマッチしていたのだと思います。

ストーリーこそミステリーですが、作品を肉付けするマテリアルは現代アメリカ文学の世界なので、ストーリーをすっ飛ばして読んでも、アメリカ文学好きの人には受け入れられると思います(筋書きとしては感心できなかったので)。

「文アル(文豪とアルケミスト)」みたいに、マテリアルそのものを楽しむくらいに割り切った方が良いのかもしれませんね。

逆に言うと、こういうミステリー小説を読んだ後で、アメリカ文学の世界に入るのもあり。

初心者にお勧めのアメリカ文学作品がたくさん登場しているので、全部読みたくなってしまいますよ。

まとめ

グリシャムの「『グレート・ギャツビー』を追え」は、アメリカ文学を巡る長編ミステリー小説。

ミステリー愛好家だけではなく、読書が好きな方へ漏れなくお勧めしたい。

アメリカ文学が好きな方は、設定だけで楽しめます。

著者紹介

ジョン・グリシャム(小説家)

1955年(昭和30年)、アメリカ生まれ。

弁護士や州下院議員として活躍、弁護士もののミステリーで人気作家となる。

「CAMINO ISLAND」刊行時は62歳だった。

村上春樹(小説家)

1949年(昭和24年)、京都生まれ。

小説のほかに、翻訳の仕事も多数あり。

「『グレート・ギャツビー』を追え」刊行時は71歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。