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年末恒例「ブルータス」の本特集、今年のテーマは「百読本」で、庄野潤三生誕100周年の紹介もあり

年末恒例「ブルータス」の本特集、今年のテーマは「百読本」で、庄野潤三生誕100周年の紹介もあり

年末恒例「ブルータス」の本特集、今年のテーマは「百読本」。

本好きというと「今月は●冊読んだ」のように冊数の話になることが多いけれど、「この本100回も読んだ」のように、真の意味での愛読書があるというのは素敵なことだと思う。

自分の場合、季節ごとに読み返したくなる「三四郎」(夏目漱石)や「羊をめぐる冒険」(村上春樹)、「長いお別れ」(レイモンド・チャンドラー)なんかが百読本と言えるかもしれない。

それよりも、今回の特集には「2021年の副読本」という企画があって、その中で「庄野潤三生誕100周年」というコーナーがあってびっくり。

夏葉社の島田潤一郎さんが、庄野さんの本を三冊紹介しているのだけれど、意外なところで庄野さんに会えたような気がしてうれしかった。

ブルータス「百読本」から「庄野潤三生誕100周年」ブルータス「百読本」から「庄野潤三生誕100周年」

島田さんが紹介しているのは、「プールサイド小景・静物」「夕べの雲」「鉛筆印のトレーナー」の三冊。

「プールサイド小景・静物」と「夕べの雲」は、庄野さんの、いわゆる代表作というやつなので、まあ、いつものメンバーという感じだけど、問題は三冊目だろう。

「鉛筆印のトレーナー」は、孫のフーちゃんを中心に据えた「フーちゃん三部作」の一冊で、「エイヴォン記」「さくらんぼジャム」に挟まれた二作目の作品である。

後期の庄野文学を代表する「夫婦の晩年シリーズ」の先駆けとも言えるシリーズだけど、島田さんは、どうして、この「鉛筆印のトレーナー」をチョイスしたのか。

本来であれば、老夫婦の日常を描いた最初の作品ということで、「エイヴォン記」を選んでも良いところだが、厳密な意味で言うと、「エイヴォン記」は老夫婦の日常を描いた作品ではない。

「エイヴォン記」のテーマは、庄野さんの若き日の読書体験の追想であって、そこに幼い孫娘フーちゃんと近所に住む清水さんのバラとを組み合わせることで、立体的な構造を作り上げた随筆作品である。

このうち、フーちゃんと清水さんのバラを大きく展開する形で、庄野さんは老夫婦の日常を描く晩年のシリーズを手にするのだが、その最初の作品となったのが「鉛筆印のトレーナー」だった。

「鉛筆印のトレーナー」から始まる老夫婦の物語は、「さくらんぼジャム」のあと、「貝がらと海の音」「ピアノの音」というふうに、穏やかな日常を紡ぎ続けていくことになる。

だから、夫婦の晩年を描いた長いシリーズへの入口として「鉛筆印のトレーナー」を推薦するのは適切であって、その意味で、島田さんは「鉛筆印のトレーナー」を「プールサイド小景・静物」「夕べの雲」に続く三冊目の作品として紹介しているのだろうと、勝手ながら推測した。

このときに思うのは、フーちゃんシリーズの最初の作品である「エイヴォン記」の取り扱いの難しさと、後期庄野文学を代表する夫婦の晩年シリーズを象徴する作品が定まっていないということである。

特に、「静かなブーム」とまで呼ばれる夫婦の晩年シリーズは、シリーズ全体として人気が高いものであるから、とりわけどの作品が代表作だと指摘することは難しい。

夫婦の晩年シリーズの難しさは、長く続いた作品群ゆえに「語り継がれる一冊」が定まらないということにあるのかもしれない。

まあ、庄野潤三マニアとしては、シリーズ全部読んでください、ということになるんだけれど、その最初の一冊として「鉛筆印のトレーナー」は確かにお勧め。

そこから連綿と続いてゆく夫婦の日常は、子どもたちの家族や近所の人々を巻き込んで、ささやかながらも壮大な物語である。

書名:ブルータス No.953「百読本」
発行:2021/12/15
出版社:マガジンハウス

 

ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。