「伝説の[カフェ・ブレッド&バター]」は、2020年に50周年を迎えた兄弟デュオ、ブレッド&バター初の自叙伝である。
岩澤幸矢と岩澤二弓の二人が、それぞれ一冊の本を書いて、二冊の本が合冊になったような形で、この自叙伝は完成されている。
本までまさしく”ブレッド&バター”という感じだ。
本の帯を松任谷由実が書いているところに、音楽業界関係者の熱い支持を感じる。
二人の自叙伝は、それぞれ異なった視点でまとめられていて、兄・幸矢の方のは、幼少期から青春期の思い出、音楽活動を始めた頃のことやスティービー・ワンダーとの深い繋がりなど、まさしく自叙伝風に半生が綴られている。
先代から医者の家系だったが、幸矢の父は映画の世界に飛び込み、脚本家として手掛けた「そよかぜ」のヒット後、映画監督の道を進む。
ちなみに、「そよかぜ」の劇中歌「りんごの唄」は、並木路子が歌って戦後初のヒット曲となった。
映画監督を父として育った幸矢は、岩倉具視の孫にあたる人が経営していた「パシフィック・ホテル」でアルバイトをした後、アメリカで放浪生活を始めるが、シカゴで通いつめたシカゴブルースのライブハウスには、小澤征爾が常連客として来ていたとか、当時らしいエピソードも披露されている。
帰国後、幸矢は小室等などと一緒にフォークバンド「六文銭」を結成、一年後には脱退して、弟の弓矢との兄弟デュオ「ブレッド&バター」としてデビューする。
デビュー曲「傷だらけの軽井沢」の作詞作曲は、当時「ブルー・ライト・ヨコハマ」で大ヒット中の筒美京平・橋本淳のコンビだったというから、レコード会社の期待の大きさが伝わってくる。
事務所としては「日本のサイモン&ガーファンクル」として売り出しを図っていたらしい。
2曲目のシングル「マリエ」は、ブレッド&バターのオリジナル曲で、現在まで歌い続けられる人気定番曲となった。
ちなみに、デュオ名の「ブレッド&バター」はバターつきパンの意味であり、パンとバターではないので、兄弟のどちらがパンで、どちらがバターということではないらしい。
一時期、ザ・タイガース解散後の岸部シローと「シローとブレッド&バター」を結成し、名曲「野生の馬」を残すが、岸部シローが俳優業に専念することになったため、わずか1年で解散している。
1973年、ブレッド&バターは、当時としてはかなり珍しいロンドン録音を敢行、スティービー・ワンダーとの親交は、この時から始まった。
その後、スティービー・ワンダーはブレッド&バターのために「I just called to say I love you」を楽曲提供するが、松任谷由実が日本語の詩を付け、YMOが演奏を担当した、この曲は、リリース直前になってスティービー・ワンダー側からストップがかかって、結果的に未発表となってしまう。
「I just called to say I love you」は、スティービー・ワンダーの録音で発表され、世界中で大ヒットすることになるからだ。
もっとも、スティービー・ワンダーは、日本公演で来日した際に、新たに「REMEMBER MY LOVE」を提供するほか、アレンジや演奏、ガイドボーカルまで担当したというから、申し訳ないことをしたという気持ちはあったのかもしれない。
幸矢の回想は、主に音楽活動を中心として綴られているが、ブレッド&バターとしての活動のすべてを網羅するものとは言い難い。
限られた文字数の中で、印象に残るエピソードを披露したものという感じだろうか。
一方で、弟・二弓の方では、かって彼らが関わっていた「カフェ ブレッド&バター」についての回想を中心として進んでいく。
二弓にとって青春そのものであった「カフェ ブレッド&バター」について語ることが、つまり、二弓の青春を語ることでもあったのだろう。
「カフェ・ブレッド&バター」の物語は、二弓が恋に落ちて青春を謳歌し、やがて恋に破れてカフェを去るまでの物語である。
1970年代の湘南を生きた若者たちの確かな青春が、そこには描かれている。
松任谷由実、南義孝、小田和正、桑田佳祐…
多くの青春群像が登場し、その時代にしかできないだろう青春を生きた。
そうだ、これはやっぱり青春の物語だったのだと、最後に僕は気付く。
青春としての物語に、時代を超えた共感があり、世代を超えた共感がある。
50周年を迎えた今も青春の中を生き続けている、ブレッド&バターの音楽を聴きながら、僕はそんなことを考えていた。
書名:伝説の[カフェ・ブレッド&バター]
著者:岩澤幸矢、岩澤二弓
発行:2011/7/5
出版社:ワニブックス