庄野潤三の世界

庄野潤三「ベージンの野」孫娘フーちゃん(満二歳になったばかり)が初登場

庄野潤三「エイヴォン記」

庄野潤三「ベージンの野」読了。

本作「ベージンの野」は、長篇随筆「エイヴォン記」の連載第二回目の作品であり、「群像」1988年(昭和63年)9月号に発表された。

単行本では『エイヴォン記』(1989、講談社)に収録されている。

現在は、小学館 P+D BOOKS から刊行されているものを入手することが可能。

私と妻の夫婦が二人きりで暮しているところへ、ときどき現れる小さな女の子

本作「ベージンの野」最大の特徴は、以降の作品で重要な登場人物となる孫娘「フーちゃん」の初登場だろう。

ちなみに、「ベージンの野」というのはツルゲーネフの短篇小説で、『猟人日記(上)』(岩波文庫)に入っている。

長編随筆『エイヴォン記』では、庄野さんのお気に入りの文学作品を、毎回ひとつずつ紹介する内容となっている。

連載二回目に取り上げられた文学作品が「ベージンの野」である。

しかし、連載一回目の「ブッチの子守唄」と違って、「ベージンの野」では作品紹介の前に、庄野さんの幼い孫娘の紹介から始まっている。

こんなふうにして私は「エイヴォン記」の二回目に「猟人日記」より「ベージンの野」を取り上げて一しょに読んでみようという心づもりが出来たのだが、「ベージンの野」に登場するロシアの田舎の子供たち(略)の話をするより前に、私と妻の夫婦が二人きりで暮しているところへ、ときどき現れる小さな女の子(それは私どもの孫娘なのだが)のことを紹介しておきたい。(庄野潤三「ベージンの野」)

孫娘の文子(フーちゃん)は、「エイヴォン記」の二回目が雑誌に載る少し前に、満二歳の誕生日を迎えたばかりだった。

庄野夫妻の家から歩いて五分くらいのところの大家さんの家作に住んでいる次男の長女で、孫のなかでただ一人の女の子である。

この孫娘フーちゃんの登場によって、庄野さんの作品は、再び「家族小説」を大きなテーマとしていくことになる。

かつて五人家族の物語を綴っていた庄野さんが、今度は孫娘を中心とする老夫婦の暮らしを描くようになったのだ。

図書室とは、長男と次男が結婚するまで寝起きしていた部屋である

「ベージンの野」では、フーちゃんがどんな女の子なのかということが、非常に詳しく描写されている。

その中には、庄野さんの昔の小説で読んだことがあるようなものも、折々に登場している。

或る日、夕方、図書室のベッドで本を読んでいたら、文子が買物帰りの母親と一緒に来た。図書室とは、長男と次男が結婚するまで寝起きしていた部屋で、新しく壁際に本棚を作って、書斎から本を移したので、図書室と呼ぶようになった。(庄野潤三「ベージンの野」)

かつての家族小説では「明夫」と「良二」の兄弟が暮らしていた部屋だ。

『エイヴォン記』以降の作品では、「庄野家の図書室」としておなじみになる。

同じく、かつて「和子」と呼ばれていた長女の部屋も出てくる。

廊下へ行くと、「フーちゃんが来ました」と妻が呼ぶ。たちまち文子は廊下を走って妻の部屋へ駆け込む。いまは小田原に近い南足柄市にいる長女が、昔、勉強部屋と寝室にしていた小さな部屋だ。(庄野潤三「ベージンの野」)

まるで「明夫と良二」シリーズが、現代に甦ってきたかのような楽しさがある。

妻は、「おうま」の台を押してゆさぶりながら、「お馬の親子は仲良し小よし」と歌い出す。そばに突立って見ている私も、それに合せて、はやし立てるように歌う。「いつでもいっしょに、ポックリポックリ歩く」妻の話では、この「お馬の親子」は、長女が小さいとき、最初に妻が歌って聞かせた歌だという。(庄野潤三「ベージンの野」)

長女は、庄野さんがまだ「夫婦小説」を書いていた頃から、幼い(例えば三歳の)女の子として登場していた。

孫娘のフーちゃんが動き始めたことで、庄野さんの家族小説に再びエンジンがかかった。

だから「ベージンの野」は、晩年の庄野文学にとって、非常に重要な作品だという気がする。

書名:エイヴォン記
著者:庄野潤三
発行:2020/2/18
出版社:小学館 P+D BOOKS

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。