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庄野潤三「エイヴォン記」懐かしの文学案内と孫物語で綴る連作エッセイ

庄野潤三「エイヴォン記」懐かしの文学案内と孫物語で綴る連作エッセイ

庄野潤三さんの「エイヴォン記」を読みました。

初めての小学館「P+D BOOKSの感想も書いておきます。

書名:エイヴォン記
著者:庄野潤三
発行:2020/2/13
出版社:小学館「P+D BOOKS」

作品紹介

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小学館
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「エイヴォン記」は、庄野潤三さんの長編エッセイです。

庄野さんの孫娘「フーちゃん」にスポットを当てた「フーちゃん3部作」の最初の作品。

1988年8月から1988年7月にかけての1年間「群像」に連載され、単行本は1989年に講談社から刊行されました。

あとがきの中で、著者の庄野さんは「この孫娘が私たちの家へどんなふうにやって来て、どんなことをして遊んで、帰って行ったかを私はよろこびをもって書きとめた」と綴っています。

(目次)ブッチの子守唄/ベージンの野/エイヴォンの川岸/クラシーヴァヤ・メーチのカシヤン/情熱/少年たち/精進祭前夜/卵/蛇使い/ふたりのおじいさん/少年/パタシュ/ふるさと/あとがき

ちなみに、庄野さんの「フーちゃん3部作」シリーズは「エイヴォン記」の後、「鉛筆印のトレーナー」「さくらんぼジャム」と続いています。

フーちゃん3部作
①エイヴォン記(1989/講談社)
②鉛筆印のトレーナー(1992年/福武書店)

③さくらんぼジャム(1994年/文藝春秋

あらすじ

「エイヴォン記」の大きな特徴は、二重構造のエッセイであるということです。

大きな柱のひとつは、庄野さんが昔に親しんだ文学作品の紹介で、もうひとつの柱が、庄野さんの日常風景

庄野さんの日常風景は、さらに、ご近所仲間の清水さんがくれるバラの花と、孫娘フーちゃんの成長ぶりという2本の柱から組み立てられています。

全部で12編の連作エッセイですが、毎回のテーマは、古い文学作品と清水さんのバラ、そして孫娘フーちゃんの日常という3つの要素で構成されます。

ひとつの随筆の中に、若かりし庄野さんが親しんだ文学と、現在の庄野さんの日常生活という2つのテーマを楽しむことができるように工夫されているんですね。

ちなみに、本書で取り上げられている12篇の文学作品は、次のとおり。

デイモン・ラニアン「ブッチの子守唄」
ツルゲーネフ「ベージンの野」
トマス・ヒューズ「トム・ブラウンの学校生活」
ツルゲーネフ「クラシーヴァヤ・メーチのカシヤン」
ドロシー・キャンフィールド「情熱」
チェーホフ「少年たち」
チェーホフ「精進祭前夜」
シャーウッド・アンダスン「卵」
蒲松齢「蛇使い」
トルストイ「ふたりのおじいさん」
トリスタン・ドレエム「少年パタシュ」
魯迅「ふるさと」

なれそめ

三省堂書店で日本文学の棚を眺めていたら、最近ハマっている庄野潤三さんの著作を発見しました。

あまり見たことのない装幀のシリーズで、小学館の「P+D BOOKSとあります。

手に取ってみると、まるでコンビニ専用コミックのように簡素な装

だけど、現在ではほとんど入手困難な庄野さんの作品なのと、金額が非常にお手頃だということもあって、「フーちゃん3部作」を一揃い買って帰りました。

ちなみに「P+D BOOKS」は「ペーパーバック&デジタル」の略称。

現在では入手困難になっている昭和の名作を、「ペーパーバック」と「電子書籍」の2形式で安価に提供しようという企画で、庄野潤三さんの作品も、現時点で5作品が刊行されています。

こういう企画は応援したいなあと思いました。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

孫のなかでただ一人の女の子である

「ベージンの野」の少年たちのように大きくない。「エイヴォン記」の二回目が雑誌に載る少し前に、満二歳の誕生日を迎えたばかりなのだ。私たちの家から歩いて五分くらいのところの大家さんの家作に住んでいる次男の長女で、孫のなかでただ一人の女の子である。(庄野潤三「エイヴォン記」)

この長編随筆の主人公は、紛れもなく満二歳になったばかりの孫娘、愛称「フーちゃん」です。

祖父母から見た孫娘「フーちゃん」の様子が、丁寧な観察眼をもって、温かく描かれていて、「フーちゃん」に幸せを感じている作者の幸福な気持ちが、読者にも伝わってくるかのよう。

突飛なドラマではないからこそのリアリティが、庄野さんの物語の中には流れています。

連載の最終回で、フーちゃんは満三歳の誕生日を迎えました。

ちなみに、フーちゃんは、その後の庄野文学の中でも、重要な位置をもって描かれていくことになります。

エイヴォンといえばイギリスの田舎を流れている川の名前だ。

エイヴォンといえばイギリスの田舎を流れている川の名前だ。ほら、『トム・ブラウンの学校生活』のなかで、トムが学校の規則を破って釣りをする川が出て来るが、あの川の名がエイヴォンだよ。(庄野潤三「エイヴォン記」)

本書「エイヴォン記」の「エイヴォン」とはバラの花の名前です。

本作品の重要な登場人物の一人である、近所の清水さんは自分の畑でバラを育てていて、いつも庄野さんのところへ美しいバラを届けてくれます。

連載第一回目に登場した清水さんが届けてくれたバラの名前が「エイヴォン」で、この名前を聞いたとき、庄野さんは『トム・ブラウンの学校生活』というイギリスの小説を思い出します。

この連載随筆が、フーちゃんや清水さんといった登場人物の他に、庄野さんが昔に読んだ懐かしい文学作品との二重構造で構成されている理由は、清水さんにもらったバラの名前から、偶然にも古い小説を思い出したというところからきているのかもしれませんね。

トマス・ヒューズの『トム・ブラウンの学校生活』という物語、いつか読んでみたいと思いました。

店員のおばあさんが「クィーンの好きな色です」といった

八年ほど前に「エリア随筆」の作者チャールズ・ラムのことを書くためにロンドンを訪れたとき、ハロッズ百貨店で南足柄の長女とあつ子ちゃんのためにカーディガンを買った。選んだのはライラックがかった、くすんだローズの色であったが、店員のおばあさんが、「クィーンの好きな色です」といったというのである。(庄野潤三「エイヴォン記」)

机の上のライラックの花から、作者はイギリスで買ったライラック色のカーディガンのことを思い出します。

「チャールズ・ラムのことを書くためにロンドンを訪れたとき」のことの様子は、『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』という作品になっています。

ハロッズ百貨店の記憶から「ライラックがかったローズは、エリザベス女王のお好きな色です」と、妻が説明する場面は、いかにもイギリスらしい感じがして、とても好きなエピソードです。

チャールズ・ラムについて触れるとき、庄野さんの鉛筆はいつにも増して冴えわたっているような気がしますね。

読書感想こらむ

本作の構成上、文学作品の紹介と清水さんのバラ、孫娘フーちゃんの話が、行ったり来たりするので、頭を切り替えるのが、なかなか大変な作品でした。

古い文学作品の紹介は、あらすじを追いかけるものが多く、興に乗ってきたところで、突然、フーちゃんの話になったりするので、正直に言って、集中力が散漫になる場面が何度もありました。

ひとつひとつの作品は面白そうなので、いずれ古本屋で探してきて読んでみたいと思います(なにしろ、古いものが多いので)。

ひとつひとつのエピソードはおもしろいだけに、それぞれの話を集中して読みたいというのが、最初の感想です。

構成上の指摘を除けば、文学作品の紹介も、清水さんのバラやフーちゃんの愛らしい生活ぶりも、楽しいものばかりで、あっという間に読了してしまいました。

3部作の続きを読むのが楽しみです。

「P+D BOOKS」は初めてですが、本を読むという作業に関していうと軽くて字が大きいので非常に読みやすかったです。

一方で、本を集めるという醍醐味とは、方向性が異なっているのであくまでも「本を読む」ためだけに用いるべきものだという気がしました。

そういう意味では、ペーパーバック版もデジタル版も同じようなものなのかもしれませんね。

まとめ

庄野潤三の「エイヴォン記」は、文学作品と清水さんのバラと孫娘フーちゃんの3要素を柱にした連作エッセイ集です。

ふんわりと優しい庄野ワールド。

文学案内としてもお勧めです。

著者紹介

庄野潤三(小説家)

1921年(大正10年)、大阪生まれ。

1955年(昭和30年)、「プールサイド小景」で芥川賞受賞。

「エイヴォン記」刊行時は68歳だった。

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じゅん
じゅん
札幌在住の文化系社会人。文学散歩とカフェ読書を楽しんでいます。札幌中央図書館の2階辺りに棲息中。